第7話 確執

「お父様。私、獣人は城に入れないでくれと常日頃から言っていましたわよね?なぜここに獣人がいるのか説明してくださるかしら」


 フェルティナが責めるように国王に詰め寄った。


 その顔は嫌悪感と怒りに滲んでおり、心の底から獣人を嫌っているのだと分かってしまう。


「彼女は私の客人だ。獣人も人間も関係ない。お前はどうしてそう獣人を毛嫌いするんだ。王族としてあるまじきことだぞ」

「外交の場ならば私もその感情は抑えましょう。ですが今はプライベート。プライベートでなんと言おうと私の勝手じゃありません事?」

「だがそれで傷つく者がおるのだぞ」

「獣人がいくら傷つこうと私の知るところではありませんわ。喋るといっても獣は獣。人と獣は相容れる存在ではありません」


 フェルティナの言動は、獣人を拒絶するものだった。


 ここでも出てくるのはやはり獣。

 フェルティナは獣人と相容れないなんて言っているが、俺からすれば彼女のような思考だから相容れないのだと思う。


 獣といえど人は人。


 そこまで神経質になる理由が、俺には分からない。

 分からないどころか、俺はその物言いにかなりの怒りを覚えている。


 無意味に、本人を見る事無く、ただの上辺うわべだけで彼女は獣人を批判している。

 本質を無視してリアを批判され、俺はだんだんとその怒りを抑えられなくなってきていた。


「フェルティナ様。フェルティナ様が獣人嫌いと知りつつ、獣人の往訪を申し出たのは私です。不快な思いをさせてしまい、申し訳ありませんでした。私共々、すぐに退城しますので、どうか気をお鎮めください」


 父が頭を下げながら、すぐに城を出る旨を伝える。


 それに対し、フェルティナは不快そうな顔を隠そうともせず、吐き捨てるように言った。


「武雄、もう二度とこんな汚らわしい物を城に入れないで頂戴。同じ国に生活しているというだけでも不快なのに、同じ空間にいるだなんて吐き気がしてくるわ。もう二度と私に近づかないでくれるかしら、不浄な獣風情が」


 その言葉を聞き、俺は張り詰めていた糸が切れたような気がした。


 この女、何様のつもりでリアを侮辱しているんだ。


「おい自己中差別主義者フリーク。今の言葉を撤回しろ」

「……誰に向かって物を言っていますの?」

「お前以外いないだろう人間のゴミニィガが!」

「渉君!」


 父が止めようと声を張り上げる。


 しかし、俺はこの女に言ってやらないと気が済まないところまできていた。


「リアがお前に何をした?リアがお前に何か言ったか?何もしてない、何も言ってない、それなのにお前がリアを侮辱する権利があると思ってんのか!?」

「獣人に生まれ落ちたという時点で侮辱するに値しますわ。獣人なんて言う穢れた存在は、この世に生まれ落ちた時点で害悪なのです!」

「人も獣人もそう変わらないだろ!頭から耳が生えているか、ちょっと人より毛深いかだけの違いじゃないか。それをお前は見た目だけで判断して否定する。たったそれだけの事を何で許容できない!?どれだけ心が狭いんだお前は!」

「許容出来ないのではなく許容しないのです!獣人は人にも獣にもなりきれない中途半端な存在。そんな半端者を庇う貴方達の神経が分かりませんわ!」

「だからどうした。半端だから侮辱していいのか?国民に養われている分際で、その国民を侮辱するのが王族のする事なのか?国民がいなければ生活する事も出来ない寄生虫がその国民を馬鹿にしてんじゃねえよ!」

「貴方!王族を寄生虫扱いするだなんて分かっていますの!?国家反逆と取られても文句は言えません事よ!?」

「俺はこの国に忠誠を誓った訳でも思い入れがある訳でもない。不当に獣人が扱われている国なんかに尽くす礼もない。王族批判でも何でも言ってやる!」

「~!今すぐこの者を捕らえなさい!王族を侮辱した罪、万死に値します!」

「フェルティナ!」

「兄さん!」


 国王が声を張り上げ、奏が俺を羽交い絞めにしながら口元を抑え込んできた。


 それと同時に兵士たちが俺達を取り囲み、槍を構えて逃げ場を塞ぐ。


「兄さん、言いすぎです!それでは差別と何も変わりません!黙ってください!一度落ち着いてください!」


 羽交い絞めに抵抗していたが、奏の必死な訴えに俺は我を取り戻した。

 周りを見渡すとかなり剣呑な雰囲気に包まれており、非常にまずい状況である事をようやく把握する。


 リアを侮辱されて、俺は相当頭にきていたらしい。


 怒鳴り散らすのは、交渉のテーブルにもつかない最悪の行為。

 こんなことでは、フェルティナが獣人に好意を持つはずがない。

 我を忘れて怒りにまかせるなんて、かなりの大失態だ。


 フェルティナの方を見てみると、国王が彼女の前に立ち、鋭い目線を送っている。


「フェルティナ。お前には後で話がある。後で王室に来るように。それと、今すぐこの場から立ち去りなさい」

「ですがお父様。あいつは」

「二度言わせる気か?」


 国王の放つ威圧感に圧倒され、フェルティナは言葉を止める。

 そしてフェルティナは俺を睨み、舌打ちをしながらその場から立ち去っていった。


 完全に俺を目の敵にしている。

 あれは多分、獣人嫌いが一層深まってしまっているだろう。

 やはり、怒鳴ってもなにも良い事は無い。


「お前達は下がれ」


 国王がそう言うと、兵士たちが一斉に退いていく。

 それで緊張が緩んだのか、奏は俺の羽交い絞めを解いた。


 それと同時に俺は、国王に向かって深く頭を下げる。


「申し訳ありません。頭に血が上り、言葉が過ぎました。王族批判に関しては、深くお詫び申し上げます」


 フェルティナとの言い合いでヒートアップし、王族批判まで及んだのはまずかった。


 本気でそう思っていた訳ではないが、口にしてはいけない事はある。

 それを今回言ってしまった事は事実だ。


 しかし、それに関しては謝るが、リアに関する事だけは謝る気は無い。

 それだけはリアの友達として、絶対に許すわけにはいかなかった。


「お主にはしばらくの間、登城を禁ずる。王宮内であったからよかったものの、これが王宮外だった場合、お主を処刑台に送らなければいけなくなる案件だ。次からは発言に気をつけよ」

「寛大な処置、感謝します」


 国王からの処罰に、俺は一つ胸をなでおろした。

 やはり、あそこまで言うと処罰はかなり重いらしい。


 なんとなく想像はしていたが、批判をするだけで死刑の対象になってしまうのか。

 いくら熱くなったとはいえ、王族批判だけは絶対にしないようにしなければ。


「ただ、娘が言い過ぎたのもまた事実。これだから娘を同席させたくなかったのだ……娘にはきつく言っておく。どうか気を悪くしないでもらいたい」

「別にいい」


 国王の言葉にリアがそう返す。


 言われた本人がこれだけ冷静なのに、俺は勝手に暴走してしまった。

 俺ももう少しリアを見習うべきか?


 だが、仲間を侮辱されて黙ってはいられないだろう。


 これはジレンマだな……。


「今日のところはお暇させていただきましょう。兄さん、行きますよ」

「あ、ああ」


 色々と確執を生み出しながら、俺達は城を後にした。

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