第61話 既視感
「兄さん、朝ですよ。起きてください」
遠くから奏の声が聞こえてくる。
起こしに来たという事は、もう朝なのだろう。
しかし、俺の瞼は開くことを面倒がり、起きるという意思に反してずっと瞑ったままだ。
それに、今日は何故か全然寝た気がしない。
まるで、ついさっき眠ったような感覚が残っているのは気のせいだろうか―――
「っ!」
「きゃっ!」
突然飛び起きた俺に奏が驚き、そのままのけぞって尻餅をつく。
どれだけ驚いているんだと思う間もなく、俺の思考はあの空間での出来事に向けられた。
初めて遭遇した神という存在。
あの時の事を思い出そうとするとふわふわとした感覚に陥り、まともに思い出す事が出来ない。
アテナに対してあったはずの恐怖心は完全に消え去っており、今では何に恐怖していたのかすら曖昧だ。
アトランティスに隠された世界の秘密を探れ。
そのフレーズだけが脳裏にこびりついている。
だが、完璧に思い出せるのはそれだけだ。
あの時のやり取りは夢などではなく、本当にあったのだろうか……。
「兄さんがそんな勢いよく目覚めるなんて珍しいですね。何かいい夢でも見ましたか?」
強打した尻をさすりながら、奏がゆっくりと立ち上がる。
良い夢だったらよかったのだが、俺にとってはもやもやが残るばかりで、何一ついい目覚めではない。
「いや、どうにも変な夢を見てな。そのせいか頭がかなりぼーっとしてる」
俺は寝ぼける頭をがりがりと掻き毟る。
「兄さん。その手の甲にある模様みたいなもの、一体なんですか?」
「ん?」
頭をかく俺の手の甲を指しながら、奏がそんなことを口にした。
俺は奏の指す手の甲を見てみると、どこかで見た事あるような鳥と葉っぱの紋章が刺青のように走っている。
「なんだこれ……」
俺は軽く爪で引っ掻いてみるが、滲んだり消えたりする気配は無い。
焼き付いているのか染み付いているのか分からないが、この紋章はそう簡単には消えないのだろう。
「兄さん、厨二病が祟ってとうとう刺青まで入れるようになったのですか……魔法があるとはいえ、そのような直接的なものはちょっと……」
「違う!少し前の俺ならいざい知らず、今の俺がこんなことするわけないだろう!」
そう俺が否定すると、奏は顔に手を当てながらハードボイルドに呟く。
「『空が白群に染まっている。今日は一波乱ありそうだ』……兄さん、白群ってなんですか?空は青色ですよ?」
「いい加減にしろよ奏!いくら妹といえど、もう容赦はしないぞ!」
「きゃー♪」
兄をからかってくる妹に制裁を加えようとその手を掴み、正座をさせようと力を加える。
しかし、奏も抵抗もさることながら、なかなか正座をさせることが出来ない。
ここ最近こいつはかなり調子に乗っている気がする。
ここらで一度締めあげとかないと、俺の精神が持たなくなってしまいそうだ。
「あ、もしかしてそれアテナ教の紋章じゃないですか?私、教会で同じような紋章を見た気がします」
正座に抵抗する奏が、俺の手を見ながら思い出したとばかりに口にする。
言われてみると、この紋章は梟とオリーブを模しているように見える。
アテナ教のシンボルマークなんて覚えていなかったが、あの事と照らし合わせると、あながち間違いではないのかもしれない。
「お二人共……朝から何をなさっているのですか……」
扉の方から声が聞こえたのでそちらを見てみると、ミアが呆れた様子で扉の前に立っていた。
主二人が朝から取っ組み合っているのだ。
呆れるのも無理は無いだろう。
「ミアも手伝え。俺は奏に制裁を加えなければいけないんだ」
「兄さんの言う事を聞いてはいけません。ミアはか弱い私の味方なんです」
「私はどちらの味方も致しません……」
俺達の救援要請を、ミアはばっさりと切り捨てる。
前までのミアなら悩んでいたと思うのだが、この二週間で随分と慣れてしまったようだ。
おたおたするミアも可愛かったんだがな。
「それよりお二人共、リビングの方に足をお運びください。武雄様がお待ちです」
「親父が?」
普段なら数ヵ月は家を開けるというのに、父が家を出てまだ二週間しか経っていない。
これほどまでに早く帰って来るなど稀で、何かあったのではと心配になる。
「はい。お話したい事があるとの事です」
「分かった。すぐに行く」
俺は奏の手を放し、二人が部屋を出たのを確認して着替えに入る。
そして着替え終わると、すぐに父がいるというリビングへと向かった。
「おお、渉くんおはよう。どうだい、ここでの生活にはもう慣れたかい?」
リビングに入ると、朝から威勢のいい父の声が耳に届く。
テーブルには神奈以外の全員が集まっており、それぞれが席に座って朝食を食べていた。
こんなに早く帰って来るとは何事かと思ったが、何事もない様子に少しほっとする。
「久しぶりだな親父。四苦八苦してはいるが何とかなってるよ。親父がもう少しこの大陸の事を教えてくれてれば、もっと楽に馴染めたんだがな」
「ははは。教えられて来ても面白くないだろう。何も知らずに来るから、何かを発見した時の楽しみが増えるんじゃないか」
「まあそれは否定しない」
この二週間、楽しかったのは事実だ。
魔法を使えるようになったり、ミアに体術を教えて貰ったり、神奈に銃の扱いを教えて貰ったり、リアとパーティーを組む事になったり。
色々な事がこの二週間で起こり、俺達はその出来事のたびに一喜一憂してきた。
知らなかったから楽しむ事が出来たというのも事実で、知っていたらその感動も薄れていただろう。
「じゃあそんな渉君達に、さらなる体験をさせてあげよう」
「は?」
笑顔の父に、俺は何か嫌な予感が脳裏をよぎる。
この不安はどこかで感じた事がある。
そう、あれはまだ俺達が日本にいたあの頃。
アトランティスに移住すると言われた時に感じたものと同じだ。
「じゃあ早速で悪いけど、今から国王様と面会するために王宮に向かうよ!ささ、準備して!」
「「「……え?」」」
俺と奏、そしてミアの声が重なり、ミアの食器を落とす音が、リビングに響き渡った。
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