第60話 宴の終りは説教にて
その後、リアと共に午後の散策をし、日も暮れ始めた頃。
「そろそろ宿に戻る」
「ああ、今日は楽しかった。ありがとう」
「明日は本格的に狩りですね。楽しみにしています」
俺と奏はその日を十二分に堪能し、リアと別れを告げていた。
一応屋敷に来ないかと招待したのだが、宿に一度戻らないといけないし、これ以上迷惑はかけられないと断られてしまった。
迷惑というのは、一緒に歩いている時にかけられた不快な視線の事だろうと思う。
貴族街でも同じ視線を向けられているから俺達は気にしないのだが、リアにとっては気になってしまうらしい。
今日はこちらもリアに詰め寄り過ぎた感もあるし、日も暮れるから丁度いい別れ際といえるだろう。
「狩りっていても二人は初心者。絶対に危ない真似はさせないから」
「もちろんだ。俺達も初めての魔物に不安はあるし、リアの指示に従うよ」
強い意志の伝わるリアの言葉に、俺は当然と言葉を返す。
明日は初めてパーティーとして任務(クエスト)を受け、魔物の討伐をしに行く事になっている。
リアとしては不安もあるだろうが、パーティーを組んだ以上、何かしたいという気持ちは同じらしい。
なので、弱い魔物を対象とした討伐任務を受け、徐々にパーティーとして馴らしていこうというリアからの提案だった。
俺達が魔物と接敵した事が無いという事はリアも知っている。
なので本当に初めから、スライムレベルからのスタートになるだろう。
「本当にお願い。じゃあまた明日」
「また明日」
「また明日です」
そうして俺達は別れを告げ、それぞれ帰路に着いた。
この大陸にも冬が近づいてきており、少しずつ冷え込みも強くなってきている。
「リアを無事にパーティーに加入出来てよかったですね。リアも喜んでくれていましたし、少しは恩返しになるでしょうか」
笑顔でその事を喜びながら、奏は隣を歩いている。
元はリアへの恩返しとして考えたこの決闘。
リアが独りだからと考えてパーティーに無理やり入れる方法を取ったが、結果的に正解だったのだと安堵している。
本気で独りが良いと考えていたら、これは恩ではなく仇になっていたからな。
「リアが俺達の事を仲間だとか親友だと思ってくれないと恩返しにはならないだろう。これから少しずつ恩を返していく事になるだろうな。まぁ、恩返し関係なくリアとは仲良くなりたいけども」
「同感です。あまり意識しすぎると駄目かもしれませんね。リアと仲良くしたいから、リアの為に動く。これでいいのかもしれません」
「だな」
意識して動くと碌な事にならない事もある。
向かいから歩いて来た人を避けようとしたら、相手も同じように避けて鉢合わせになってしまうのと同じだ。
パーティーを組んでいれば、自然と仲も深まるだろう。
恩返しとかその辺りはあまり意識せず、普通に仲良くなっていく方が良さそうだ。
そんな雑談をしながら屋敷に帰ると、ミアが玄関で待ち伏せていた。
その瞳は非常に鋭く、何故か俺達を睨みつけている。
「た、ただいま。どうしたミア、何かあったのか?」
俺はなぜ睨みつけられているか分からず、その理由をミアに問いかける。
帰りは遅くなるとは伝えたはずだし、夕食の時間には間に合っているはずだ。
やましい事は何もないはず。
奏はというとミアの鋭い視線を受け、そそくさと俺の背後に隠れていた。
俺を盾にする気マンマンだなこいつ。
「おかえりなさいませ、渉様、奏様。リア様を無事にパーティーに加えられたそうですね。まさか一級冒険者から勝利をもぎ取るとは思ってもいませんでしたが、渉様の実力あっての事でしょう。おめでとうございます」
「もう知っているのか」
誰かが使いに来たのだろう。
恐らくデリックがミアに使いを出したのだろうが、その事とミアが俺を睨んでいる事の関連性が見えてこない。
「ですが、死の直前まで戦っていたと話を聞いた時には肝が冷えました。聞くところによると、どうなっても戦闘を止めるなとお達しを出したようですね。渉様の命は随分とお軽いようです。そこまでして戦わなくても、他のやり方があった事でしょう。私がどんな想いで帰りを待っていたか分かりますか?無事だという話は聞いておりましたが、本当に大丈夫なのかとずっと心配していたのですよ?」
「わ、分かった。分かったから落ち着いてくれ」
決闘終了後の奏と同じような事を言うミアに、俺は苦笑しながら宥めにかかる。
確かに安直に命を落としかけたかもしれないが、あれは裏に奏がいたからこそ戦えたのだ。
奏がいなかったらあんな戦い方は選択していない。
一応それも説明したが、ミアの納得がいくものではなかった無かったようで、怒りの矛先は変えられない。
「渉様には一度、自らの命の尊さを知ってもらう必要があるようです。夕食を食べ終わったら覚悟してください」
「マジか……」
ミアの説教が確定してしまい、奏が俺の肩をポンポンと叩く。
「頑張ってください兄さん。私はのんびりとその光景を眺めている事にします」
「何をおっしゃっているんですか?当然、奏様も一緒です。命の危機だというのに止めに入らなかった奏様にも責任はありますから」
「……」
「仲間が出来て良かったよ。奏、一緒に頑張ろうな」
絶句する奏に、俺はその肩をポンポンと叩く。
奏だけ逃れるなんて許されないという事だ。
俺達は兄妹、説教も一蓮托生である。
この日の夜のリビングでは、ミアが満足するまで延々と説教が続いた。
『多重思考(A・I)、起きてるか』
『私が眠る事はありません。いかがなさいましたか?』
説教が終わった後の事。
ベッドに横たわりながら、俺は多重思考に話しかけていた。
『今日はありがとな。お前がいなかったら俺は死んでいたかもしれない。それがさっきの説教で身に染みてな……改めて感謝したかったんだ』
ミアの説教は正論をズバズバと差し込んでくるため、一つ一つが心に響いた。
かなり危ない橋を渡っていたと再認識されられ、俺の肝もかなり冷え込んだものだ。
『私はマスターの意思に添い、目的を達成しただけです。感謝されるほどの事ではございません』
機械的に振る舞ってはいるが、内心うっきうきなのだろうと考えると非常に微笑ましい。
ここは少しからかってみよう。
『そうか。毎回多重思考って言うのは呼び辛いから名前を与えようかと思ったんだが、必要ないみたいだな』
『!私に名前を下さるのですか!?』
『そう思ったんだがいらないんだろう?』
『欲しいです!私に名前、欲しいです!』
ずずいっ!と実体があれば迫ってきているのだろう、そんなイメージをすると少し可愛らしく思えてくる。
ちょっとからかっただけでこれだ。
思っていた以上に多重思考は可愛い奴かもしれない。
『分かったよ。俺も多重思考って呼ぶにも抵抗が出てきたからな。どんな名前でも文句は言うなよ?』
『マスターから与えられるものに文句などありようはずがありません。どのような名前であろうと喜んで受け取らせていただきます』
そこまで言われると不安になってくるが、俺も変な名前を付ける気は無い。
俺がこれから呼ぶ名前なのだ。
やはりしっかりしたものが良い。
『じゃあ名付ける。これからお前の名前は「ヴェーラ」だ』
『ヴェーラ……』
まるで噛み締めるように自分の名前を呟くヴェーラ。
ヴェーラはロシア語で「信頼」を意味する名前である。
俺は今まで、ヴェーラを信頼する事が出来ていなかった。
だが、ヴェーラは俺の事を常に考え、俺の事を第一に置いてくれていたのだ。
その事に対して、俺は申し訳ないと思っている。
だから、俺は信頼を与えるという事で『ヴェーラ』という名前をこいつに名付けた。
言葉で表すのもいいが、名前で与えた方がより深く信頼している事を伝えられると思ったのだ。
『ありがとうございます……信頼の名を……とても……とても嬉しいです……』
脳に響き渡る声が震えている。
どうやら喜んでもらえているらしい。
意味も分かってくれているようで、ヴェーラを信頼しているという事が伝わったみたいだ
『申し訳ありませんマスター……嬉しすぎて会話の継続が出来そうにありません……』
ヴェーラからそんな声が漏れる。
会話の継続が出来なくなるほどなんて、どれだけ嬉しかったのだろうか。
『それだけ喜んでもらえたら嬉しいよ。じゃあ、俺は寝る事にしよう。おやすみ、ヴェーラ』
『おやすみなさいませ、愛しきマイマスター……』
そんな声を聞き、俺の意識はゆっくりと沈んでいった。
喜んでもらえて良かった。
これからよろしくな、ヴェーラ。
『全テノ条件ヲクリアシマシタ。次元ノ狭間ヘノ接続確認。神ノ扉ノ使用申請……許可。当該魂ヲ御許ヘ転送シマス』
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