第57話 心配掛けさせないでください!

「勝者、西条渉殿!」


 デリックの宣言に、会場中から歓声が上がった。

 そのほとんどは感嘆、驚嘆の声であり、まさか俺が勝つなんて思ってもいなかったようだ。

 リアはこのギルドで一、二を争う実力だというから、俺が勝ってしまったのは大番狂わせだっただろう。


『マイマスター。作戦の完遂をご報告します。それと同時、マスターにお預かりした一切の思考権を返却させていただきます。マスターからの全面的信頼、恐悦至極にございました』


 多重思考からそのような言葉が飛んできた。

 それと同時に夢のような感覚は一気に消え去り、身体の感覚が戻ってくる。


 戻ってきた痛みに顔をしかめながら、俺は多重思考とやり取りをかわす。


『いや、こっちこそお前を信じきれていなくて悪かった。まさかお前がそんなに俺の事を考えてくれていたなんて思っていなかったんだ。だが、お前に任せたおかげで勝つ事が出来た、ありがとう』

『マスターの御心配は当然の事。マスターがお気にかけるところではございません。マスターからの感謝の御言葉。それだけで私は天上天下に昇る思いです』

『そ、そうか』


 感謝するだけでそこまで喜んでもらえるのか。

 あの感情の流入を考えるに、本気でそう思っていそうだ。


『それよりマスター。早く奏様の治療をお受け下さい。決闘が終わった以上、マスターのお痛ましい姿を見続ける事はできません』

『そうだな。俺ももうそろそろ限界だ』

「兄さん!」


 俺は銃をホルスターにしまうと、すぐに奏が駆け寄ってくる。


 奏には見守ってくれと言ったが、俺もここまで怪我を負うとは思ってもいなかった。

 かなり心配をかけてしまった事だろう。


「奏、リアを治療してやってくれ。俺はその後でいい」

「分かっています。すぐに終わらせますので、兄さんは絶対に動かないでください」

「もう動く気力もない」


 さすが我が妹、優先順位は言わずとも分かっていたようだ。


 奏がリアに触れ、単独回復ヒールを唱えてその傷を癒していく。

 奏いわく、単独回復はわざわざ触れずとも効果はあるが、触れていた方が効果は高いらしい。


「素晴らしいですな。回復魔法を完璧に使いこなしていらっしゃる」


 いつの間にか隣に立っていたデリックが、奏の回復魔法を見てそう褒め称えていた。


「ギルドマスターの目から見ても優秀なのか」


 俺はデリックの言葉にそう感想を漏らす。


 デリックは冒険者だったらしく、最もSに近いAランク冒険者として名を馳せていたという。

 そんな人がそう言うのだから、奏の魔法は完璧なのだろう。


「兄妹揃って末恐ろしい事です。お若くしてあの精度の魔法を操るなど、聞いた事がありません。もちろん、渉様の魔法に関してもです」

「俺自身が使える魔法なんて知れてるよ。奏と違って組み合わせないと使えない魔法ばかりだし、今回も最終的に俺は何もやってない」


 こちらの世界に来て、俺がした事なんて一つもなかった。


 奏を助けてくれたのはリアで、今回勝利に導いたのは多重思考だ。

 俺は重要な所で何もできず、ただただ見ている事しかしていない。


 思い返してみると、俺は本当に何もやってないな……。

 俺は奏も助けられないし、リアを倒す事も出来なかった。


 奏の魔法は人の役に立ち、リアも一級冒険者として活躍しているのに対し、俺には何のビジョンも浮かばない。

 あれ、俺もしかして無能なのか……?


「兄さん!」

「っ!どうした奏?」


 リアの治療が終わったのか、奏が俺の目の前で呼びかけていた。


 いつの間にか俺の身体の傷も癒えており、俺の治療も終わっていたらしい。

 どうやら少しぼーっとしすぎていたようだ。


 奏は俺を涙目で睨みつけながら、責めるように捲し立てる。


「何が死ぬ事は無いですか!確認しながら強く言わなかった私も悪いですが、次からはちゃんと装備を整えて戦ってください!死にかけながら戦っているのを見て、どれだけ私が心配したか分かっているんですか!?もう少し自分の身体をいたわってください!大体この決闘はそんな大怪我を負ってまでしなければいけない事ではなかったはずです!死ぬかもしれないのに、わざわざ必要のない大怪我まで負って、心配しないわけ」

「ごめんな」


 俺は捲し立てる奏を抱き寄せて、落ち着かせるようにその頭を撫でる。


 見守っていてくれとは言ったが、死にかけの人間を見守るなんて相当気に病んだ事だろう。

 俺が奏の立場だったら、確実に途中で戦闘を停止させていた。


 それを抑え、信じて奏は見守ってくれていたんだ。

 とてもありがたいことだと思う。


 頭を撫でていると、少しずつ奏の感情の高ぶりが収まってくる。


「……もう二度とあんな事しないでください。次にやったらもう二度と口を利きませんからね」


 気を落ち着かせた奏がそんなことを言ってきた。

 俺としても死ぬ思いなんてしたくないし、奏と口が聞けなくなるのはもっと辛い。


「わかったよ。もう二度とあんな事やらない。もしやりそうになった時は、奏が止めてくれ」

「……分かりました。私も注意します」


 そう言うと、奏はゆっくりと俺から離れていった。


 少し顔が赤いように見えるが、あれは人前で撫でられて恥ずかしくなっているのだろう。

 愛い奴だ。


「あの……」


 俺達がそんなやり取りをしていると、リアがどうすればいいか分からずにその場で立ち尽くしていた。

 俺達から仲間になれとか言っておいて、本人を放置とか我ながら酷いな。


「ああ、放置してすまない。一度場所を移そう。ここじゃ落ち着いて話す事も出来そうに無いからな」

「分かったけど……三人目?」


 リアからそんな疑問の声が上がる。

 最後に戦っていたのが俺ではない事には気付いていたようだが、敬語丁寧語を止めただけで三人目を疑われるとは思わなかった。


「その辺りも後で説明する。とりあえず移動しよう」


 リアの疑問をどう解消しようか考えつつ、俺達は闘技場を後にした。


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