第56話 決着

 リアは咳き込み、ろくに喋られる状態じゃない。

 そんなリアを、多重思考は冷たい目でじっと睨み続けている。


 俺を傷つけた事によほど腹を立てていたのだろう。

 まさか多重思考が、投降しろなんていう強い言葉を使うなんて思わなかった。

 思っていた以上に、多重思考は感情豊かに育っているようだ。


 そんな冷たい視線を受けながらも、リアは未だに闘志を失っていなかった。

 掠れた声を絞り出しながら、リアは多重思考を睨み返す。


「私はパーティーには加わらない。私はこれからも独りで居続ける」


 闘志は失っていない、その瞳にその意思も見える。

 しかし、俺の目にはあの時と同じく、悲しんでいるようにも、助けを求めているようにも見えてしまう。

 孤独でいいと、独りでいいと自分を言い聞かせているように見えてしまう。


「……貴方は馬鹿だ」


 多重思考はそう言いながら、リアの腹を思いっきり蹴りあげた。

 リアはその衝撃にだらしなく涎を垂らし、苦悶しながら腹を抑える。


「貴方はマスターを傷つけるに飽き足らず、その優しさまでも無下にする。どこまで愚かで、どこまで自分本位なのですか」

「私は……皆を傷つけないように……」

「まさか三度も貴方がパーティーを壊滅させたと?馬鹿を言わないでください。貴方のような獣人に、そんな事が出来るわけがありません。誇大妄想も大概にしてください」

「がぁっ……!」


 多重思考は思いっきり肩を踏みつけ、リアをひれ伏せさせる。


「貴方が反省するべき点は三つ。マスターを傷つけた事、その差し伸べた手を払いのけた事、そして、無駄な過去を自ら背負った事です」

「無駄……な……?」

「そうです。貴方はただでさえ必要のない重荷に余計な物を引っ付け、さらに重くして背負っています。それが無駄以外のなんだと言えるんですか?」

「無駄なんて事は……」


 多重思考の言葉に、リアの言葉はだんだんと弱まっていく。

 思い当たる節があるのか、思い当たる節を探しているのか、多重思考はそんなの関係ないと話しを続ける。


「第一のパーティーが壊滅して、貴方は重荷を背負いました。でもそれは、冒険者なら誰もが背負いうる重荷です。第二のパーティーが壊滅して、貴方はさらなる重荷を背負いました。それは貴方が優しいが故に第一の重荷に統合されなかった、無駄に大きな重荷です。第三のパーティーが壊滅して、貴方はさらに大きな重荷を背負いました。過去の重荷を丸ごと上乗せした、背負う価値もない重荷です」


 多重思考は、リアの過去をそう分析した。


 第一のパーティーでリア達は、難易度の高い任務クエストを受けて壊滅している。

 強力な魔物と遭遇してしまったというのだから、不慮の事故以外の何でもないはずの事だ。

 しかし、リアは任務の受諾をした事に関して、自分を責めている。

 あの時こうしていればと責める気持ちは分かるが、こればかりは割り切るしかないだろう。


 第二のパーティーでは、一人のメンバーが勝手に暴走したのが原因だ。

 魔物行進(デモンマーチ)が起こった事も不幸が重なっただけであり、リアもその時、最善の選択をしたはずだ。

 しかし、リアはそれを自分の責任として背負いこんでしまっている。


 第三のパーティーに至っては論外と言わざるをえない。

 酷い扱いを受けていたのにも関わらず、それでも縋るような価値が、そのパーティーにあったのかと俺は疑問に思ってしまう。

 だが、その時のリアはそれほどまでに、人との関わりを求めていたのだろう。


 そして、第一、第二の壊滅と重なって、リアはここで人との関わりを諦めてしまった。


 こうしてリアの過去を振り返ると、リアは必要のない重荷まで背負い込んでしまっていると分かる。

 それは言い換えると、その重荷を背負ってしまうほどに、リアにとっては人との関わりが重要だったのだろう。


 だが、リアはその重荷に耐えきれず、人との関わりを断つことを選択した。

 そうすれば、それ以上重荷を背負う事は無くなるから。


「過去を捨てろなんて言うつもりはありません。ですが、必要のないものを背負い込む必要もありません。人は必ず死ぬ運命なのです。貴方と関わった人たちは、単にそれが早かっただけの話であり、貴方が悩む必要なんてありません。貴方は重荷に目を向け続けるが故、過去を見過ぎている。だから、マスターの差し出した優しさに気がつかないのです」

「……」


 多重思考の言葉に、リアは何も答えない。

 だがその目にを見ると、先ほどまでの闘志は失われている。


「マスターは、貴方が人との関わりに飢えている事を知っています。マスターは、貴方が背負う重荷に耐えきれず、孤独を選んだ事に気付いています。マスターは、貴方がその孤独にすら耐えきれていない事も気付いています。それらを全て知った上で、マスターは貴方を独りにさせたくないと、パーティーに加入させようとしているのです」

「分かって……」


 リアの身体から少しずつ力が抜けていっている。

 だんだんと戦意が無くなってきているのだろうか。

 もう少し、多重思考に任せてみよう。


「マスターは貴方に手を差し伸べています。貴方はその手を掴むだけで孤独から解放されるのです」

「でも、私は災厄の黒猫ブラックディザスターなんて呼ばれてる。貴方達に、絶対に迷惑をかける……」

「私のマスターはそんな色眼鏡で貴方の価値を見失ったりなどしません。それに、貴方になら迷惑をかけられてもいいとマスターは考えられている事でしょう。そうでなければ、このような姿になってまで貴方と戦ったりなどしません」


 多重思考が俺の身体を見ながらそう言った。

 俺の感情を常に見てきたからか、多重思考は俺が思っていた事をリアに伝えてくれている。


「どうして私の事をそこまで」

「マスターにとって妹様は絶対の存在です。妹様を助けていただいた事を、マスターは大変感謝をしておりました。そして、その妹様を助けてくださった恩人が孤独に泣いているのです。貴方を孤独から救うため、この程度の怪我など苦ではなかったのでしょう」

「たったそれだけの事で……」

「貴方にとってはそれだけの事でも、マスターにとってはとても大きなことだったのです。マスターにとって、貴方を孤独から救い出す事にはそれだけの価値があるのです」


 多重思考はそう言うとしゃがみこみ、リアの目を見つめながら問いかける。


「意固地になるのはやめなさい。それは貴方を苦しめるただの鎖です。素直になって心の声に耳を傾けるのです。貴方は今、孤独から救われたいのでしょう?」

「……うん」

「貴方は人との関わりを求めているのでしょう?」

「……うん」

「貴方はただ、誰かと笑い合いたいだけなのでしょう?」

「…………うん」


 弱弱しい肯定に、多重思考はリアの頭を撫でながら語りかける。


「ならばマスターのパーティーに入ってください。マスターは貴方を歓迎してくれるでしょう、貴方はよきおパーティーメンバーとなり、マスターは貴方のよき理解者となるでしょう。貴方はこれから、独りではなくなるのです」

「独りじゃなくなる……」

「そうです」


 独りじゃなくなる。

 その単語に反応したリアは、一体今までどんな気持ちで孤独で居続けたのだろうか。


 周りにたくさん人はいるのに、その輪の中に入る事は決してない。

 きっと、リアには周りの世界が輝いて見えた事だろう。

 そんな世界を見続けながら孤独を選択するという事が、どれだけ辛いか俺には分からない。


 だが、リアはずっと辛い思いをし続けてきたのだ。

 もう報われてもいいじゃないかと思う。


 リアは声を震わせながら多重思考と向き合う。

 その瞳は涙でうるみ、今にも泣き出しそうな顔をしている。


「私は獣人」

「人種など関係ありません。むしろ妹様はお喜びになるでしょう」

「貴方達と立場だって釣り合わない」

「自らの地位を譲り渡すなんて言う御方です。そんなもの考えていないでしょう」

「私なんかで……本当にいいの……?」 

「貴方でないといけないのです。マスターは貴方を必要としています」

「……っ」


 多重思考の言葉に、リアが顔を伏せた。


 どんな表情をしているかは分からない。

 顔を伏せるその下で、ぽつりぽつりと地面は濡れていた。

 嗚咽が聞こえ、リアの呼吸が少し乱れる。


 多重思考は何も口にしない。

 俺も、リアの言葉をじっと待った。


 そうしてしばらく時間が経つと、嗚咽をこらえながらリアは言った。


「私の負け。貴方の言うとおり、パーティーに加入する」


 こうして、俺とリアとの決闘は幕を下ろしたのだった。


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