第55話 形勢逆転

 多重思考に全てを任せた俺は、ふわふわとした感覚でその戦いを見守っていた。

 俺の身体の視覚情報が液晶のように映り、まるでTVを見ているようだ。


 ただ、この空間には視覚情報だけではなく、俺の体を動かしている多重思考(A・I)の感情も流れ込んでくる。


 多重思考が自我を持っていたというのも驚きなのだが、その感情は……その……自分で言うのも恥ずかしいが、俺への愛で溢れかえっていた。


 なんだこれ……こいつこんな事ばかり考えていたのか……。

 マスターがいないとだとか、マスターから嫌われたくないだとか。

 まさかこいつがここまで俺LOVEだとは思ってもいなかった。


 込み上げる恥ずかしさと共に、裏切るだとか考えていた自分がばかばかしく思えた。


 感情が全て垂れ流しという事は、俺が多重思考を恐れていたと知っていたという事になる。

 信用はしていたが信頼していなかった事も筒抜けだっただろう。


 それでも、多重思考は俺の事を好いてくれていた。

 つまり、多重思考は無条件に俺の事を信頼していてくれたのだ。


 俺は愛されているという羞恥とは別の、信頼に対して何も返せていない自分への罪悪感のような恥じらいを覚えた。

 ただの魔法とはいえ、俺は多重思考に対して接し方を変えないといけないのかもしれない。

 感情があるという事は、多重思考も傷つく事もあるという事なのだから。


 とりあえず、この戦いが終わったら名前でも付けてやろう。

 名前をつけるだけでも、多重思考なら喜んでくれそうだ。



 ……話しが逸れた。


 戦闘を見守っている俺は、多重思考の動きに目を疑っていた。


 リアが双剣を振るうと多重思考はすぐに瞬間跳躍ワープをし、その斬撃を回避する。

 瞬間跳躍の先はリアの真後ろで、リアはそんな瞬間跳躍に対してもすぐさま対応する。


 しかし多重思考はそれを読み、さらに瞬間跳躍を重ねてリアの隙をつき、銃を発砲してリアへとダメージを与えていた。


 多重思考が足を動かす事は無く、常に瞬間跳躍を使用する事で相手を翻弄している。

 その処理能力は人智を超えたものであり、人間のなせる業ではない。


 それに加え、俺の身体から流れ出る血液量が見るからに減っているのも、多重思考による力だろう

 どのように流血を抑えているのか完全には分からないが、あれも恐らく瞬間跳躍の応用だ。

 流血した血を体内に戻し、出血量を抑えているのだろうが、そんな方法普通は思いつかない。

 普通の瞬間跳躍でも脳がショートするというのに、出血量まで調整するなんて人間の出来る事じゃないからだ。


 俺が相手をしていたら、こんな魔法の行使などする事は出来ないだろう。


「っ!急に動きが変わるなんて……!」


 突然の変貌に、リアも舌を巻いている。


 先ほどまでは普通の戦いをしていたのに、急に人外じみた動きをしているのだ。

 にわかには信じられないだろう。


「貴方は私の大事なマスターを傷つけました。私怨により、私のサンドバックになっていただきます」

「訳の分からない事を!」


 リアが双剣で切り刻もうとするが、その刃は届かない。

 逆に背後回り込まれ、連射フルオート出発射された銃弾が、リアの身体に深刻なダメージを与えていく。


「っかはぁっ!」


 銃弾の衝撃で、リアの肺から空気が一気に吐き出される。

 リアは少しの間、過呼吸に陥りながら地面にひれ伏した。


 しかし、多重思考が装填リロードをしたのを見ると、リアはすぐに転げ回るようにして多重思考から距離を取る。

 リアの中ではもう、銃は恐怖の対象になっているようだ。

 あれだけ銃弾を受けていれば、そうもなるだろう。


 しかし、多重思考に慈悲は無い。

 距離を取られた瞬間、多重思考は瞬間跳躍で距離を詰める。

 それに対し、リアは衝撃電流インパルスを使って抵抗するものの、瞬間跳躍によって避けられてしまう。

 その上、多重思考がリアの背後に回り込み、連射で放たれた全ての銃弾がリアに襲いかかる。


「っっっ!」


 リアが武器を落とし、声にならない叫びをあげる。


 一発二発は動けても、十発も撃ち込まれればその限りではない。

 それを二度も受けて、まともに動けるものはどれほどいるのだろうか。


「横隔膜を重点的に潰したので、もう呼吸する事もままならないでしょう。このまま続けても、貴方の命が危険に晒されるだけです。今、私は貴方に慈悲を与えましょう。投降しろ」


 多重思考は銃をリアに向け、見下しながら降伏勧告を迫った。

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