第53話 劣勢

 俺とリアは、一進一退の攻防を繰り広げていた。


 俺の放った弾丸をリアがかわし、リアの放った斬撃を俺が瞬間跳躍ワープでかわしていく。

 しかし、経験の差なのか、俺は少しずつ傷が増え始め、徐々に徐々に追い詰められていた。


「そんなことばかりやっててもジリ貧。いい加減投降する」


 双剣を振り下ろすリアから、そのように投降勧告を迫られた。

 それに対し、俺はその双剣に弾丸を当て、剣戟を逸らして回避しながら答える。


「そんな事はしませんよ。押されているとはいえ、まだ致命的な一撃は受け取っていません」

「そうかもしれないけど、もうその武器の限界は分かった。小さな石を飛ばすだけ。その武器じゃ、私を倒すまでいかない」


 弾という概念がリアにはないのか、石を飛ばすという表現に少し驚く。


 確かに、殺傷性のないこの銃は、威力の低いスリリングショットと何ら変わりないとも言えるだろう。

 だがスリリングショットと違うのは、引き金トリガーを引くだけという簡易性と、殺傷性のある弾丸を使う事が出来るという事だ。


「それはどうでしょう。実戦ならば、貴方はとうの昔に死んでいるのですよ」

「訳が分からない」

「私が今使っているのは、刃を潰した木刀のようなものですから」

「……っ!」


 俺の言いたい事に気が付いたリアが、その表情を怒りで染め上げた。


 刃を潰した木刀などただの木の棒であり、訓練でもわざわざ刃を潰したりしないだろう。

 こちらからすればそれしか選択肢が無いのだが、向こうはそんな事情は知った事じゃない。

 リアからしてみればそれは、侮辱にも等しい行為なのだろう。


「絶対に倒す」


 リアの攻撃に辛辣さが増し、手数が増えた。

 怒りの感情というものはポテンシャルを引き上げる。


 やってしまったと思いつつ、必死にリアの動きに対応する。


「倒されませんよ」


 強がってはいるが、このままいけばチェックメイトをかけられるのは時間の問題だ。


 それを証明するかのように、リアの斬撃が俺の左腕を切り刻んだ。

 リアの攻撃スピードが上がり、瞬間跳躍を使う前に斬撃が届いてしまったのだ。


「っつ!」


 俺は初めて走った鋭い痛みに表情を歪める。

 リアの倒すという言葉が、徐々に現実味を帯びてきた瞬間だった。


 瞬間跳躍をしてリアから間合いを取るものの、リアは何かを感じ取っているのか、瞬間跳躍した先に迷わず詰め寄って来る。


「一撃」

「っ!!」


 俺は対応する間もなく、リアの双剣の餌食となってしまう。

 腹と胸に裂傷が走り、その痛みに悶絶しそうになる。


 だが、リアから目を逸らしたら確実に終わる。

 俺はミアに学んだ事を思い出しながら、必死にリアへと抵抗する。


 しかし、時間が経つごとに状況は悪化していった。


 リアの攻撃を完全にかわす事が出来ず、俺の身体に生傷が増えていく。

 ジャージは出血により紅く染まり、身体に纏わりついてその鬱陶しさを増している。


『マスターニ提案ガアリマス』

『提案?』


 このギリギリの状況下で、多重思考A・Iがそんなことを言ってきた。

 俺が問いかけにいくつかの選択肢を提示する事はあったが、多重思考自体が提案してくるなんて初めての事だ。


 リアの斬撃を銃弾で弾きながら、俺はその提案に耳を傾ける。


『コノママデハマスターは負ケテシマイマス。私ニ思考ノ権利ヲ一部委譲シテイタダケレバ、コノ状況ヲ打開スルコトガデキマス。ソノ許可ヲクダサイ』

『駄目だ』


 俺は多重思考の提案を一蹴した。


 今の多重思考は、俺のしたい事を読み取り、どのような方法がある、どのような魔法を使う、どのように行使するなどの情報をルーチンし、その最終結果に俺が許可を与えて行動している。

 つまり、俺の許可が無ければ多重思考は瞬間跳躍も使えないし、ただの御意見箱になるという事だ。


 もちろん、そうする事で若干のラグが生じ、そのラグはリアに攻撃の好機を与えてしまっている。

 そのラグを回避するため、多重思考は許可なく魔法を行使させろと言っているのだが、その事に俺は一つ懸念している事があった。


 多重思考はその名の通り、人工知能A・Iと何ら変わりない。


 正直な話、俺よりも多重思考の方が頭はいいだろう。

 この魔法を編み出して一週間近く、その間、この魔法は劇的な進化を遂げてきた。


 情報を処理し、言葉を学び、俺以上に思考し、常に最善の選択をする。

 初めは発言すらなかったというのに、今では俺に伺いを立てるほどに成長した。


 それは使い手にとって非常に嬉しい事であり、同時に恐ろしい事でもある。


 この時点で多重思考は、俺を軽く超えた思考力を身につけている。

 つまり、多重思考の観点から言えば、脳はあっても身体だけが無い状態なのだ。


 もし、多重思考が思考するに飽き足らず、その身体を欲するようになったらどうなるか。


 俺は、俺自身を乗っ取られることを懸念している。


 もしここで許可を出してしまえば前例が出来てしまい、なし崩し的に多重思考に体を預けてしまう場面が出てくるかもしれない。

 それが重なっていけば、いつかは俺の思考が食われ、俺が俺でなくなってしまうかもしれないのだ。


 そう考えてしまうから、俺は多重思考の提案に対し簡単に許可を出す事が出来ないのである。


『デスガ、コノママデハマスターガ勝ツ事ハデキマセン。ソレドコロカ、マスターニ多クノ傷ヲ負ワセテシマイマス。ソレハ、私トシテモ嬉シイ事デハアリマセン』


 多重思考は俺の身体の事を気遣う事まで覚えたようだ。

 その事はとても嬉しく思うが、やはり俺は多重思考に思考を任せる気にはならない。


「動きが遅くなってる。早く降伏した方がいい」


 こうしている間にも俺の身体には、リアの双剣による傷が増えていく。

 新たな傷は俺の体内から血を吐き出させ、俺の思考力を奪っていく。


『出血量ガ致死量ノ半分ニ到達シマス。コレ以上続ケル事ハ危険デス』

「降伏なんて、しませんよ……!」


 俺は傷を庇いながらも必死に対応する。

 しかし、今まで防げていた攻撃がどんどん防げなくなり、俺はその身をどんどんと重くしていく。


 俺は一度、リアと大きく距離を取る。


 このままだとまずい。

 このまま攻撃を受け続けたら、確実に死んでしまう。


『マイマスター。オ願イデス。モウ戦闘ヲ停止シテクダサイ。モウマスターノ傷ツク姿ヲ見テイラレマセン……』


 いつもは凛としていた多重思考の声が、少し震えている。


 その声を聞いた瞬間、俺は何かを多重思考から感じ取った。


 何と言い切れるものではない。

 論理的に説明できるものではない。


 ただ、こいつなら任せてもいいかもしれないという、漠然とした信頼。


『お前に任せたら、この勝負に勝てるのか?』


 俺の問いかけに、いつもはすぐにくるはずの返事がない。

 多重思考が悩んでいるのか、こんな事は初めてだ。


『……私ニオ任セイタダケレバ、必ズマスターを勝利ニ導キマショウ』


 しばらくの間の後、多重思考からそんな言葉が返ってくる。

 その言葉には、何か決意のような、強い意志が込められているように思えた。


『なら、お前に全てを任せる。後は頼んだ』

『はい、マイマスター。後はお任せください』


 薄れている意識の中、俺は身体の全ての権限を、多重思考に投げ出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る