第48話 ギルドマスターの想い

 彼の話を聞いた時、私は正直、半信半疑だった。


 リアと決闘し、勝利をもぎ取り、彼女をパーティーに加える。

 口で言うのは簡単だが、実際に戦うとなると話は別だ。


 彼女はギルドでも一、二を争うほど実力のある冒険者であると、私は認識している。

 獣人である事と、三度のパーティー壊滅の事実から、周りからの評価は異常に低いものの、彼女とまともに渡り合えるのは、ギルド内でも数えるほどしかいないだろう。


 そんな彼女に、彼は決闘を申し込もうと言うのだ。


 しかも話を聞くと、彼は武術や剣術といったものに通じているわけでもなく、まともに戦闘するのは、彼女との決闘が初めてであるという。

 まともに戦うのも初めての人間が、彼女に勝てるわけがない。


 私がそう言うと、彼はあっけからんに、彼女に勝つ事など出来ないだろうと笑い飛ばした。


 彼女に勝てないのに勝利するとは、一体どういう事なのだろうか。

 私には訳が分からず、彼にそれが指すその意味を問いただした。


 彼曰く、彼女には実力では到底及ばないものの、彼女がパーティー加入を決断すれば、それは彼にとって勝利と同じ事だという。

 決闘はあくまで過程(プロセス)で、自分の能力のアピールする場でしかあらず、最終目標は彼女をパーティーに加入させる事、その一点だけらしい。

 つまり、彼の言う勝利とは、彼女をパーティーに加入させる事で、彼女自身に勝つ必要はないという事だ。


 彼女に勝つ必要はないと知り、難易度は多少下がったように思ったものの、そうなると最大の障害が付きまとう。


 三度の壊滅を経験した彼女は、パーティーを組む事を酷く嫌っているのだ。

 私も幾度となくパーティーを組むよう勧めてみたものの、彼女が首を縦に振る事は決してなく、常に一人でいることを選択し続けている。


 そんな彼女を籠絡できるのかと問うと、分からないという回答が返ってきた。

 しかしその後、彼は続けて、彼女は救いを求めていると言った。


 彼女が彼の妹御を救い出した際、彼女の瞳は酷く寂しげで、それが彼には救いを求めているように見えたという。

 妹を救ってくれたという事ももちろんあるが、出来るだけ彼女の力になりたい、彼はそう力強く断言した。


 彼女は周りから嫌われており、そんなことを言ってくれたのは彼が初めてだった。

 私はそんな彼を信じ、力になれる事があれは何でも協力すると、彼を後押しした。


 しかし、彼が要求したのは、彼女がいつギルドにいるのかを教えてほしいということと、闘技場の用意をしておいてくれという、たった二つだけだった。




 そして翌日、彼とリアの決闘が始まった。


 私は、決闘自体はすぐに終わり、彼女の説得に入ると思っていた。

 私の見立てでは、それほどまでに、彼と彼女の実力は懸絶していたのだ。


 しかし、私の予想とは裏腹に、決闘は伯仲したものになる。


 彼が補助適正である事は彼自身から聞いていたが、どんな魔法が使えるかまでは聞いていなかった。

 しかし、まともに戦えないだろうと思っていた彼は、たった一つの魔法で、彼女と同等の動きを見せ、たった二つの魔法で、彼女の動きを上回ってみせた。


 補助魔法は使い勝手が悪く、扱いの難しい魔法が多いのだが、彼は補助魔法を完璧に操り、戦闘中にも関わらず、安定して魔法を使う事が出来ている。


 ここまで完成度の高い補助魔法は、長く生きてきた中で一度もない。

 補助魔法にここまでのポテンシャルがあるとは、私自身思ってもいなかった。


 現に、周りを取り囲む観客達も何が起きているのか理解できず、目の前の光景に目を奪われているようだった。

 もしかしたら彼は、彼女だけではなく、補助適正に対する嫌悪感を取り除くため、決闘という分かりやすい形を取ったのかもしれない。


 しかし、優勢だった状況も、彼女の攻撃魔法一つで一変してしまう。


 彼女の言うとおり、彼には攻撃手段が一切なく、勝負を決めにかかる事は出来なかった。

 彼はひたすら攻撃を避けるだけで、彼女に手も足も出なかったのだ。


 周囲からも、所詮は補助適正かと、安堵とも落胆とも取れる声が上がる。


 安堵するものは、今まで使えないと声を張り上げてきた適正が、実は優秀な適正で無くて良かったというものだろう。

 逆に彼に期待し、今まで使えないと思っていた適正に可能性を見出した者達は、この結果に落胆してしまったのだろう。


 私も後者の一人であるが、補助適正の可能性を彼に見た。


 これを含めて彼女を説得すれば、彼女のパーティー加入も少し近づくかもしれない。


 しかし、次に彼が引き起こした出来事で、ここにいる全員がその目を疑う事になる。

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