第47話 決闘開始

 冒険者ギルドには、ランク昇格試験という試験に使われるという、それなりの広さをもった闘技場が存在する。


 事前に使用許可が必要なものの、昨日のデリックとの談合の際に使用許可を貰っていた為、闘技場へはスムーズに入る事が出来た。

 試験の為の設備なので観客席はないものの、周りにロープを張って、立ち見ながらも観戦できるよう場が整えられている。


 無手の俺と双剣を持つリアはその闘技場の中心に立ち、決闘開始の合図を待つ。


「ローブは脱がないんですか?」

「脱ぐ必要がない」

「視界が多少塞がれても勝てるってことですか。随分舐められているみたいですね」

「事実、脱がなくても勝てる」

「決闘中に必ず脱がせてみせます」


 ロープの向こうには大勢の観客がおり、酒を飲む者、賭場を開く者、純粋に観戦する者など、様々な観客がいる。

 ロープの中には俺とリア以外に、決闘の取り仕切り役のデリックと、回復役の奏がいる。


 しかし、二人は決闘には参加しないので、決闘の邪魔にならないようロープ寄りの場所で待機している。


「さて、今一度ルールの説明を致しましょう。制限時間は無制限。どちらかが敗北宣言をした時点で終了とする。武器は殺傷能力の無いもののみの使用を許可。なお、決闘中、命の危険があると判断した場合、試合を中断。危害を与えられた側の強制敗北とする。なお、観客の身の安全は保証しない為、各自、自己責任で観戦をするように。質問がおありでしたら、受け付けましょう」


 デリックが説明を終えると、リアが奏の方を見て俺に問いかけた。


「妹さんは参加しないの?」

「奏は決闘には参加しない。決闘が終わった後、俺達の怪我を回復してもらう為にそこで待機して貰っている」


「回復だって!?」

「回復適正持ちか!」

「君!俺のパーティーに入らないか!?」


 俺がそう言うと、回復と聞いてなのか観客が奏の元へと詰め寄り、我先にとパーティーの勧誘を始めた。


 決闘を観戦しに来ているはずなのに、決闘そっちのけで奏を勧誘されるとは思ってもみなかった俺は、回復適正って人気なんだな、と少し的外れな事を思ってしまった。

 我に返った時には奏が囲まれており、デリックが皆に落ち着くようにと声を張り上げている。


 リアも茫然としており、助けに入らねばと思った矢先、中心にいる奏がよく通る声で、群がる観客を切り捨てた。


「身の程を知りなさい愚民共。私は、あなた方に使われるほど安くありません。兄さんの決闘に興味がないのなら、今すぐここから出ていきなさい」


 奏のその発言で、決闘場内が凍りつく。


 奏、無駄に敵を増やすのは兄さん感心しないぞ……。


 現に、言葉の意味を理解したおバカさんが、奏に殴りかかろうとして周りに止められている。

 デリックの睨みもあって大事にはならなそうだが、後できつく言っておかないと。


「ご、ごほん。では、トラブルもありましたが、決闘を始めましょう。お二人共、準備はよろしいですかな?」


 観客も元に戻り、気を取り直したデリックの確認に、俺もリアも頷いて答える。


「では始めましょう。決闘開始!」


 デリックの掛け声と共に、俺とリアの決闘が始まった。


全能力上昇フィジカライズ


 魔法を唱えた瞬間、リアが向かってくるのが分かり、俺はすぐにしゃがみこみ、真横に転がるようにして回避行動を取る。

 直後、リアの双剣が俺の頭の上を通過し、ギリギリで回避を成功した事を悟る。


 双剣が通過した後の風圧が凄まじく、あの一撃を受けていたら気絶していただろうと冷や汗をかいた。

 回避の際ちらりと見えたリアの表情は、まさか避けられると思っていなかったのだろう、目を見開いて驚いているようだ。


 回避運動に成功した俺はすぐに体勢を立て直し、リアの動向に注視する。


「まさかいきなり斬りかかって来るとは思いませんでした。魔法をかけてなかったら、既に終わっていたでしょうね」

「こっちこそ。まさか避けられるなんて思ってなかった。でも、次は外さない」


 リアが双剣を構えると、俺との間を一瞬で詰められ、再び斬りかかられた。

 恐ろしい速さである事に驚倒するものの、俺は連続する斬撃を必死にかわしていく。


 全能力上昇を施しているにも関わらず、俺はリアの攻撃を避けるのに精いっぱいになってしまっており、リアの身体能力フィジカルがどれほど高いのかが窺える。

 流石にこの状況はまずいと思い、俺は新たに開発した魔法をリアに対して行使する。


敏捷低下クイック・ダウン筋力低下パワー・ダウン


 二つの魔法を使用すると、若干リアの動きが鈍くなり、斬撃をかわすのが少し楽になる。


 敏捷低下は、敏捷強化の真逆、動体視力と反射神経、素早さを低下させ、筋力低下は文字通り、相手の筋力を低下させる魔法だ。

 この二つで、相手の動きと火力を抑える事が出来る……はずなのだが、リアに対してはどうも効きが弱いように思える。

 ミアにかけた際は明らかな効果があったものの、リアはミア程の効果は上がっていない。


 やはり、能力低下系の魔法は相手によって効果に差が出るらしい。

 デバフは必須魔法だが、あまり当てにし過ぎるのもよくなさそうだ。


 思ったより効果は出ていないものの、リアにとってデバフの効果は大きかったようで、動きにぎこちなさを感じるようになった。


「身体が重い。何したの?」


 リアが、攻撃の手を緩めることなく問いかけてくるので、俺もリアの攻撃を避けながらその問いに答える。


「身体能力の弱体化魔法をかけました。ですが、私が期待したより効果は出なかったみたいです。実力差ですかね」

「これで効果が薄い?身体が思った通りに動かない魔法なんて受けた事がない」

「デバフは味方にかけるような魔法じゃありませんからね。補助適正の方と戦わない限り、受ける機会なんてないと思いますよ?」

「デバフは分からないけど、弱体化魔法が面倒な事は理解した。でも、私の力は双剣だけじゃない」


 そう言うと、リアの双剣に異変が生じ始める。


 ほんの僅かに発光し、その光が徐々に大きくなっていった。

 それと同時に光の線が辺りに伸びては消え、その光がバチバチと嫌な音を立て、辺りに火花を撒き散らす。


衝撃電流インパルス


 リアが唱えた瞬間、リアの双剣が電流を帯び、その電流が電撃となって俺に襲いかかってくる。


 いくら全能力上昇しているといっても、この距離で電撃を避けることなどできず、俺はリアの放った電撃をまともに食らってしまう。


「……っぁ!」


 脳天から指先まで流れる衝撃に耐えきれず、俺の身体は地面へと吸い込まれていった。

 かろうじて意識はあるものの、電撃の影響で身体が麻痺し、立ち上がる事が出来なくなっている。


「あっけなかったけど、これが補助適正と攻撃適正の差。補助適正は、強くしたり弱くしたり出来ても、勝負の決定打になる事はない。最終的に勝負を決めるのは、攻撃魔法か、武力の二つだけ」


 リアは、動けない俺に対し、双剣を振りかぶり、死刑宣告のように言い放つ。


「これで終わり」


 リアの双剣は、断頭台のギロチンのように、俺の首元へと振り下ろされた。

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