第46話 決闘成立

 俺のその一言で、ギルド内の空気が凍りついた。


 リアはギルド内で一、二を争うほどの強者であるが、同時にギルド内で最も嫌われている。

 それは、彼女の周囲に誰一人としていないことから窺い知ることが出来る。


 嫌われているが、強いが故に誰も手出しをする事が出来ないのだ。

 これでリアが弱かったりしたら、陰湿な嫌がらせを受けている事だろう。


 そんなリアに対してこの発言だ。

 無謀、向こう見ず、正気の沙汰じゃない、そんな視線をひしひしと感じる。

 ギルド内が凍りつくのも当然かもしれない。


「意味が分からない。どうしてそうなるの?」


 俺の発言に唯一変わらない態度を取るリアが、当然の疑問を投げかけてくる。


 しかし、食いつかせる事は出来たようだ。

 とりあえず第一段階はクリアしたと言ってもいいだろう。


「まず、かなり遅れましたが、妹の奏を助けていただいた事、お礼申し上げます。ありがとうございました」


 俺が頭を下げるのに続き、奏も頭を下げる。

 突然の礼に対し拍子抜けしたのか、リアの視線が少し和らいだように感じた。


「私が手伝いたくて手伝っただけ。気にする事はない」

「奏を救って頂いた事には変わりありませんので。それで、奏を救って頂いた際、貴方の実力を垣間見ました。あれが全てとは思いませんが、あの時の貴方を見て、私は一つ思った事があるのです」

「何?」

「私は貴方とパーティーを組みたい、そう思ったのです」


 俺の言葉を聞いた瞬間、先ほどまでとは比べ物にならない重圧を感じる。


 完全な拒絶、デリックに聞いていた通り、リアはパーティーに対し、重度のコンプレックスを抱いているらしい。

 初めにこの話を持ち出していたら、話も聞かずに立ち去ってしまっていただろう。


「……私はパーティーなんて組まない。絶対に」


 若干低くなった声に、リアがパーティーというものを、どれほど拒絶しているのかが窺える。

 その迫力に逃げたくなるが、俺はそんな感情を押し殺し、表情に出さないよう心がける。


「貴方が、パーティーを組むことを嫌厭しているという話は聞いております。そして、今の貴方の反応から、そのお話が真実であるという事も分かりました」

「なら、もう話は終わり」

「終わる訳にはいきません。貴方がパーティーの件で拒絶する事は分かっておりました。なので、私は貴方に決闘を申し込んだのです」

「訳が分からない」

「貴方のパーティー加入を賭けて、私と決闘して頂きます。私が勝てばパーティー加入。私が負ければ、もう二度と貴方を勧誘いたしません。簡単でしょう?」

「勝負は目に見えてる。補助適正の貴方に、私が負けるわけがない」


 補助適正という言葉に、さらに周囲がざわつき始める。


 補助適正は、俺達が思っていた以上に冷遇されている事をミアから学んだ。

 というのも、補助魔法を使われると、戦闘の感覚が随分と変わってしまい、まともに動けなくなってしまうそうだ。


 補助適正を持っている人自身は、補助魔法に慣れてしまっているため、その感覚が分からず、どんどん乖離していってしまうようだ。

 そのため補助魔法は、術者自身にしかかけられない、使えない魔法と認定されてしまっており、多くの人に嫌われてしまっている。


 現に周りの声も、無謀だとか、勝てるわけがないだとか、否定的な声が上がっている。


「やってみないと分かりませんよ?」

「やらなくても分かる。睨みを利かせた程度で怯んでる相手に、後れを取る事はない。貴方は、私に勝てない」


 俺はリアの発言に、ポーカーフェイスも忘れて驚いてしまう。


 必死に表情に出ないよう心がけていたつもりだが、リアには見抜かれていたらしい。

 だが、ここで気を抜いてしまえば、リアの重圧から逃げ出してしまいそうだ。


 俺は一息ついて、気を取り直す。


「それでもです。たとえ負けると分かっていたとしても、私は貴方に決闘を申し込みます」

「大体、私がこの決闘を受けるメリットがない」

「なら私が負けたら、私の出来る範囲で貴方の願い事をお聞きしましょう。私の立場を利用すれば、出来る事は多いでしょう」


 これは少し卑怯だが、リアの性格を考えての提案だ。


 リアがとても優しい性格をしているという事は、前の事件とデリックからの話で確定している。

 もし負けたとしても、身を滅ぼされるような事は要求されないだろうという浅ましい考えから、このような提案をしたのだ。


「私が勝って、もし私を貴族にしろっていったらどうするの?」

「貴方が貴族になる為に尽力致しましょう。最悪、私が貴族という立場を捨て、私の代わりに貴族になれば願いは叶います。不可能ではありません。これでも、貴方にメリットがないと言えますか?」


 俺の言葉で、周囲の視線に少し敵対心が混ざったのを感じ取る。


 俺が貴族であるという事に反応したのだろうが、俺の貴族の立場を捨てると言う発言に、動揺している者の方が多そうだ。


 リアも俺がここまで言うとは思っていなかったのか、少し返答に間が空く。


「……他の人でもいいはずなのに、どうしてそこまで私にこだわるの?」


 重圧の弱まったリアが、少し弱々しく問いかけてくる。


 確かに、俺はリアに固執しているかもしれない。


 もちろん、奏を助けてくれたという事はある。

 リアの境遇を聞き、同情したという事もある。


 しかし、何より引っかかっているのは、リアが最後に見せたあの表情と、去り際に呟いた一言だ。


 表情に浮かんでいた、苦しみや憧れ、安堵や諦めといった、さまざまな葛藤。

 最後に小さく呟いた「ごめんね」の意味。


 最後に見せたあの表情が、最後に呟いたあの謝罪が、一体何を示していたのか、俺は知りたいのだ。


「それは、貴方の事が気になるからでしょう」


 俺がそう言うと、リアは少し間を置いた後、席を立った。


「その決闘、受けて立つ。私と二度と関わる気が起こらなくなるぐらい、コテンパンにしてあげる」


 リアのその言葉で、俺とリアの決闘が成立したのだった。

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