第44話 閑話その7、なのです。
「ミアが俺に使った魔法は、敏捷を強化する魔法だ。受けた俺の感触からすると、あれは素早さしか上げていないように思えたが、視力と素早さ以外には何か上げてるものはあるか?」
俺は、模擬戦の時にミアが使用した魔法を例に出し、確認する。
それに対しミアは、迷う事無く返答した。
「いえ、基本的にはその二つです。それ以外に上げるものがありませんから」
「やっぱりそうか。もう一つ聞きたいんだが、ミアは人体に関する知識はあるか?」
「一応、人間の弱点的な知識は持っています。後は、人体における臓器やその働きを一通り齧った程度ですね」
「なるほどな」
ミアの言う弱点的な知識は、きっと体術に関連するものだろう。
一応、体のつくりは分かるようだし、説明するのは難しくないかもしれない。
俺は一度姿勢を正し、ミアに訴えた。
「ミアにはまず、補助魔法は使い物にならないなんて考えは捨てて欲しい。補助魔法は役に立たないんじゃなく、ミアは補助魔法を扱い切れていないだけなんだ」
「扱いきれていない?」
俺の言葉にミアが首をかしげる。
魔法が完成していると思っているミアからしたら、分からないのも当然だ。
「敏捷魔法を例にしよう。あの魔法を使われた時、俺は思考と動きに乖離が起きていた。思考と動きに乖離が起きるって事は、脳からの指令が体に伝わっていないってことだ」
「ここからの指令、ですか?」
そういってミアは、何故か心臓の部分を指した。
俺は一瞬訳が分からなかったが、神奈が何か納得したように、間延びした声を出す。
「あー、ヒポクラテスとアリストテレスか。心は脳に、心は心臓に。故に心臓は脳であると。知識が変に組み合わさって、見当違いの方向に進んでいるみたいだな」
神奈の発言で、俺はミアの行動の意味を理解した。
ヒポクラテスは古代ギリシャの医者であり、アリストテレスは哲学者であるが医学も嗜んでいたという。
この二人に関して詳しい事は知らないが、神奈の言葉は二人が訴えた考えの一つなのだろう。
ミアは、それらが重なった変なものを知識として蓄えてしまっているのだ。
そういえば、初めて魔法の練習をした時にも、ミアは肝臓から血液が送られるとか言っていた気がする。
つまり、前提知識に誤りがあるのだ。
となると、そこから説明しなければいけないな。
俺は、自分の頭を指差しながら、ミアに説明する。
「ミア、まず物事を考える脳はここにある。ミアの指した所は心臓で、血液を送り出す器官にすぎない。そこらの話をすると脱線するから、今はとりあえず置いておくぞ」
こくりと頷き、ミアは俺の話を聞く体制に入った。
上手く説明できるかな、と思いつつ、俺は言葉を選びながら説明する。
「人はこの脳で物事を考える。そして、体を動かしたいと考えれば、身体中に張り巡らされた神経を伝って、自分の体が動くようになっている。つまり、体を動かす際には、考える、神経を伝わる、体が動くの三つの
「なるほど。という事は逆もまた然りで、戦闘の際に私達は、見て、考えて、動いているわけですが、その過程の間に、神経が伝わり、というのが入るという事ですね」
「その通りだ。ミアは優秀だな」
ミアは少し難しそうな顔をしているが、かなり物分かりがいい。
神経や脳自体の知識はあるようだし、なぜミアの魔法が未完成なのかを、すぐに理解してくれるかもしれない。
「ここで話を魔法に戻そう。魔法を使った時に、自分の思っている以上に動くのは仕方ない。敏捷をあげる魔法なのだから、動かないと意味がないからな。だが、ここで問題になるのは、その動きに対応できないという事なんだ」
「そうですね。私の魔法は、そのために扱い辛い魔法となっています。ですが、それと先ほどの話と、何が関係あるのですか?動きに対応するのとその過程は、全くの別物だと思うのですが」
ミアが、話しの関連性に疑問の声を上げた。
その二つはまさに密接しているのだが、ミアの中では離れているらしい。
どう説明したものかと考えながら、俺はある事を思いつき、ミアに問いかける。
「ミアは、戦闘中に、頭では攻撃が来ると分かっていても、体が反応しない、もしくは遅れると感じた事は無いか?」
「それはあります。父との訓練では見えていても体が動かず、攻撃をくらってしまう事がしょっちゅうありました。そういえばそれも、魔法を使った時のような、思考と動きが乖離しているような感覚だったかもしれません」
我ながら良い例えになったのではないかと、心の中で勝手に思う。
体験した事があるのなら、その理屈は完全に理解できなくても、なんとなく出感じる事が出来る。
ミアは飲み込みが早いので、体験しているのなら理解も深まるだろう。
「頭で分かっていても動きに対応できていないと言う事は、体の反応が遅れているって事だ。それは、さっき話した過程の、考えるという一つ目は出来ているが、二つ目と三つ目が出来ていないと言い換えられる。普段ならそれはすんなり出来る事なんだが、魔法を使う事によって出来なくなっているんだ。そういうアンバランスな状態の時に、思考と動きの乖離が起きるってことだな」
「そういう事ですか……そうなると、その二つ目と三つ目の問題を解決すれば、私の魔法も使えるようになる、という事ですね」
「そういう事になるな」
一区切り付き、俺は最後のステーキ肉を口にする。
少し冷めてしまっているが、それでも脂はしつこくなく、とても美味しくいただけた。
そのステーキを飲み込み、俺は話を続ける。
「答えを言うが、その問題は神経を伝わるスピードを上げれば解決する。俺達は反射神経だとか動体視力と言っているが、要は今さっき言った過程をどれだけ短縮できるかなんだ。それさえどうにかすれば、思考と動きの乖離はほぼ零になる」
「たったそれだけで、あの魔法が使い物になるようになるんですか……?」
ミアが少し驚いたように声を上げる。
言ってしまえば、後一つ工夫を加えるだけで使いやすい魔法に変わるのだ。
今まで使い続け、不完全が絶対だと思っていたミアにとって、それは衝撃的な事だったのだろう。
「たったそれだけで、非常に使えるのが補助魔法だ。他の魔法がどんなものか知らないが、多分これと同じことなんだろうな。未完成品を評価したって、そりゃあ評価が上がる訳が無い。何で補助魔法が嫌われているか良く分かったよ」
「この国の人達は、未完成のままの魔法を評価してしまっているから補助魔法は使えないなんて思っているのでしょう。ですが、補助魔法を正しく理解し正しく扱う事が出来れば、きっと攻撃魔法や回復魔法よりも評価されると私は思いますよ?」
俺と奏の言葉に、ミアが目を丸くする。
そこまで絶賛するとは思ってもいなかったのか。
ただ、奏の言う事は少し盛り過ぎな感はある。
俺からしてみれば、外傷なら何でも直す事の出来る、奏の回復魔法の方が脅威に思うからな。
そんなことを思っているとミアが姿勢を正し、こちらを見つめてくる。
「主である方に不躾ですが、私から一つ、お願いしたい事がございます?」
「引き受けよう」
俺の言葉に、ミアの目がさらに丸くなった。
思考を先読みされた事に驚いたのだろうが、こんな会話をしていてのお願いなんて、かなり限られてくるだろう。
その中からお願いを予想するなんて、容易い事だ。
「あの、私が何をお願いするのか分かって……」
ミアが少し動揺しているが、俺は気にせず口を開く。
「魔法を教わりたいんだろう?魔法じゃなくても、科学的知識でも、医学的知識でも、俺達に出来る事なら何でもやってやる。いつもミアには迷惑かけているし、初めてミアからお願いされたんだ。引き受けないわけないだろう」
「私も手伝います。いつもミアに頼ってばかりで、何か出来ないかなと思っていたんです。私にできる事があれば、何でも言ってください」
「私は手伝わんぞ」
俺と奏は全面協力の姿勢に対し、神奈だけ反抗的な態度を取る。
俺はそんな神奈の頭を掴み、わっさわっさと上下左右に振った。
「お前も手伝うんだよこのポンコツ科学者。お前の方が知識はあるんだから、お前が一番手伝うんだよ」
「や、やめろ!頭を回すな!ぐわんぐわんするじゃないかぁ!」
神奈の悲鳴が響き渡る。
ミアの世話になっておきながら、何もしないなんて俺が許さない。
何があっても、絶対に神奈を手伝わせると心に誓う。
俺達のやり取りが微笑ましかったのか、そんな光景を見て、ミアは笑顔を見せた。
「お願いします」
ミアは笑顔のまま、そう俺達に言って頭を下げた。
今までは俺達が一方的に教わる側だったが、今度からは教え、教わる関係となる。
上手く教えられるか心配だが、奏も神奈もいる事だし何とかなるだろう。
こうして、俺達の久々の外出は、幕を閉じたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます