第43話 閑話その6、なのです。
「それにしても、今日の模擬戦。まさか未完成の魔法にあんな使い方があったなんて思わなかった。あれは予想外だったな」
俺は、朝に行った模擬戦を思い返しながら、ステーキに手を伸ばす。
ステーキは相変わらず暴力的に美味く、シチューも冷めないうちに食べないといけない。
「渉様、あの魔法はあれで完成していますよ。強化しても、使い慣れていないと身体がついていかない。それ故に、補助適正は多くの者から嫌われるのです」
「?何を言っているんだ。敏捷性を上げた所で、脳が身体についていかなければ意味がないじゃないか。だから未完成なんだろう」
不完全な物は、完成品とは言えないと思うのだが。
「ですが、あの魔法はあれ以上進化しません。素早さをあげて、おまけで目を良くしても、思考と動きに差が生じてしまいます。使い慣れているならともかく、使い慣れていない者には使用する事は出来ない。それが補助適正の魔法です。それは、渉様が一番理解しているでしょう」
「いや、俺の魔法は誰にでも使えるぞ?現に、奏も問題なく動いていただろう」
「それは、合宿中に魔法に慣れさせたからではないのですか?」
そんなミアの疑問に、奏が口を挟む。
「
「……?」
ミアが物凄く怪訝そうな顔をした。
どうやら、俺に使った魔法はミアの中では完成されているものらしい。
しかし、俺からすると、なぜミアがあの魔法で完結しているのかが分からないのだ。
あの魔法は、俺が初めて魔法を使った時と全く同じだ。
一つ、素早さを上げるだけでは他との連携が取れず、どうしても不釣り合いになってしまった。
二つ、だから俺は、その連携部分も補助的に上げて補完し、敏捷強化の魔法を完成させた。
ミアの魔法は、俺の一つ目で止まってしまっている。
二つ目の連携部分を見れば完成するはずなのに、その部分を見ずにあれで完成していると言っているのだ。
そうなると、どうしても不釣り合いな魔法になってしまうのは当たり前だ。
何せ完成していないのだから。
その事を疑問に思っていると、パンを頬張る神奈から声が上がった。
「渉。お前の中では当然になってしまっているかもしれないが、科学も発達していないこの世界でお前の当然は通用しない。天動説が16世紀まで絶対とされていたように、この世界の住人には、目に見えるものとその事象が絶対なんだ。それを考えて、ミアの言っている事を理解しようとしてみろ」
「目に見える事象が絶対……?」
俺は、神奈に言われた事を考える。
天動説は地球が動かず、太陽が地球の周りを周っているとされる考え方だ。
俺達は知識としてそれがありえないと知っているが、この世界の住人からしたら、地球が動いていると考える方がおかしいのだろう。
見た目上は太陽が動いているのだから、地球が動いてないと考える理由はよく分かる。
だが、それとミアの魔法では何が関係してくるのだろうか。
目に見えるものが絶対で、魔法が完成させられない理由。
俺はその理由を考え、少し引っかかりを覚える。
そういえばミアは、敏捷強化に目を良くしたと言った。
それは、動体視力や反射神経などの類ではなく、本当に目を良くしただけなのではないだろうか。
ミアは、敏捷強化の連携部分を見ていないのではなく、本当は見えていないのだとしたら?
「ミア、目を良くしたと言っていたが、もしかして、視力を上げただけなのか?」
俺は、ミアに確認するように問いかけた。
これさえ確認が取れれば、なぜここまで意見が食い違うのかがはっきりする。
「そうです。動くためには視力が重要です。それ以外に上げるものなんてありません」
ミアの回答に、俺は今までの意見の食い違いが腑に落ちた。
この世界の科学が遅れていると言う事は、この国の医療も遅れていると言う事なのだ。
それは即ち、俺達にとっての人体の常識は、ミアには無いという事の裏返しになる。
ミアは、目で見えさえすれば反応出来ると思っている。
しかし、それだけでは足りないのだ。
神経を伝わる情報のスピードを上げない限り、いくら目が良くても反応出来るわけないのだ。
ミアの言うとおり、ミアの魔法はあれで完成している。
ミアの知識では、あれ以上発展させようがないのだから。
「分かったか渉。そういう事だ」
神奈がシチューを食べながらドヤ顔をかましてくる。
神奈の方が先にこれに気付き、教えてくれたのだが、どうも素直に受け取れない。
「分かったが、直接教えてくれればよかっただろ」
「甘やかしていては何にもできなくなるからな。思考するという事が重要なんだ」
「甘やかされて育った代表が一体何を。ろくに髪も洗えない癖に」
「それとこれとは話が別だ」
そう言いながら神奈はステーキを頬張り、口を閉ざしてしまった。
何故か負けた気分を覚えつつ、俺は気を取り直してミアと会話を続ける。
「とりあえずミアの言っている事は分かった。そして、ミアの考えている事もなんとなくだが理解した。ミアは、補助魔法というものは完成させても不完全な物が多く、不完全である故に、他人に評価されず、嫌われるような適正になっているって思っているんだな?」
「その通りです。付け加えるなら、そう思っているのは私だけではなく、この街、ひいてはこの国の住人の共通認識だと思って頂いても相違ありません」
「なるほどなぁ」
俺はシチューにパンをくぐらせて、そのパンを食べながら一呼吸置く。
ミアから冷たい目線が突き刺さるが、マナー違反だろうと美味ければいいの精神で受け流す。
「ミア、補助魔法はそんなに使い勝手の悪い魔法なんかじゃないぞ。むしろ、使い方によっては攻撃魔法よりも役に立つ」
俺の言葉に、奏が反応する。
「そうですね。補助魔法は戦闘でも重要な役割ですし、あるのと無いのとでは天と地ほどの差があります。時に戦況を左右する事もありますから、役に立たないと言う事は無いでしょう」
「奏、ゲームとごっちゃになってるぞ」
「魔法だなんて、ゲームの中の話と同じじゃないですか。ゲームバランスが分からないだけで、働きはゲームと変わりませんよ」
「確かに」
この大陸のゲームバランスがどうなっているか分からないが、補助魔法なんてその名の通り、周りや自分を補助する魔法だ。
奏の言うように、ゲームと働きは変わらないかもしれない。
「すいません。私には、補助魔法が役に立つなんて思えないのですが……」
ミアが疑心暗鬼になりながら、素直に自分の思いを伝えてきた。
ミアの常識からいくと、補助魔法が使えるなんて考えられないんだろう。
しかし、俺達の常識からいくと、補助魔法は戦闘で役に立つ魔法だ。
今からそれを、ミアに教え込んでやろう。
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