第41話 閑話その4、なのです。

 近寄ってきたのは、狼のような顔をした獣人だった。


 獣人にも種族があり、狼族は確か誇り高い種族だったと記憶している。

 あまり群れる事はせず、正義感が強いとはミアの言葉だったか。


 ここで絡んできたという事は、何か言いたい事があるのだろう。


「お前たちはなぜ、この店に来たんだ」


 狼人が俺達に対し、そう問いかけてきた。

 その問いに対し、俺は笑いながら答える。


「ここは飲食店だろう。俺達はただ、飯を食いに来ただけだよ」


 しかし、その答えに納得がいかなかったのだろう、狼人は声を少し荒げながら答える。


「嘘を言うな!この店は獣人の溜まり場になっている。人間が近づく事もなければ、二度もこの店を訪れる事も無い。獣人を見下している人間どもが、わざわざこの店に足を運ぶ理由なんてないはずだ!」


 そうだ!人間がここに来るわけねぇ!と他の席から声が上がる。

 やはり、人間と獣人の人種差別の問題は根深いようだ。


 本当に飯を食いに来ただけだって言うのに、それすらも容認されないとは。


「見た所、お前たちは金持ちのボンボンのようだが、大方奴隷にする獣人を観察しにでも来たんだろう。だが、ここにいる奴等を奴隷になんてさせない!狼族の誇りにかけて、その計画を食い止めてやる!それが怖くば、今すぐここから立ち去るがいい!」


 いつの間にか、奴隷選別するためにここに来ていると思われている。

 俺達は一言もそんなことを言った覚えがない。

 差別というものは、ここまで考え方を固執させてしまう物なのだろうか。


 狼人の物言いに、ミアが鋭い目を向けながら腰を上げた。

 メイドとして、そこまで言われて黙ってはいられないのだろう。


「ふざけないでください!」


 しかし、ミアよりも早く奏がテーブルを叩きつけながら立ち上がり、店内に響き渡るような大声を上げた。


 その事に驚いた獣人達は、声を失ったかのように一気に静まり返る。

 突然の奏の行動に、俺とミアは思考がショートしてしまい、何も言う事が出来ない。


「私はここにいる猫耳ウェイトレスちゃんを眺めに来ただけです!貴方たちみたいな野蛮で、横暴で、すぐに喧嘩を売りに来るような方たちに興味なんてありません!自意識過剰も大概にしてください!」

「っ!ルゥを奴隷にする気か!?」


「馬鹿を言わないでください!わざわざ足を運び、天真爛漫な笑顔を見るからこそ価値があるのです!奴隷にして無理やり作り出した笑顔になんて価値はありません。自然に振りまいてくれる笑顔。それにこそお金に換える事の出来ない、絶対的な価値が生まれるのです!」

「お、おう……」


「本当に分かっているのですか!?分かっていれば、そんな発言は生まれませんよね!?貴方はもう少し彼女の可愛さに気付くべきです!今から私がそれを教えぇてぁー!」

「いい加減にしろ!」


 思考のショートから復活した俺は、暴走し始めた奏の襟首を掴み、持ち上げてその暴走を止めに入る。


 いつか暴走するとは思っていたが、まさかこんな場面で暴走するなんて思ってもいなかった。

 ルゥに襲いかかるもんだと思っていただけに、止めに入るのが遅れてしまったことが悔やまれる。


「兄さん、放してください!この馬鹿どもにルゥちゃんの可愛さを叩き込んでやるんです!」

「一度落ち着け!話が逸れに逸れて訳が分からなくなってるぞ!」


 暴れる奏を宥めつつ、俺は奏を無理やりに座らせる。

 このまま暴走を続けたら、どうなるか分からない。

 主に相手が。


「アホな事をやってるな……」

「奏様……どれだけあの子の事がお好きなのですか……」


 神奈と奏が呆れたようにそう呟いた。


 ミアに、先ほどまでの憤りは感じられない。

 どうやら、奏の叫びで憤りも霧散してしまったようだ。

 狼人の方も気が削がれたようで、先ほどまでの勢いを失っている。


「狼人さん」

「な、何だ」


 俺は狼人に話しかける。

 もちろん、俺は事を荒立てる気はない。


「俺達は本当に飯を食いに来ただけなんだ。二度もこの店に来たのは、ルゥって子の接客が良かったからってだけで、奴隷がどうこうとか考えて来ているわけじゃない。恥ずかしいが、それはこの愚妹の言動から察してくれ。だから、今日のところは見逃してくれないか?」

「あ、あぁ。俺も少し言い過ぎた。悪かった」


 狼人はそう言い残し、自分の席へと戻っていった。


 関わりたくないと思ったのか、納得してくれたのか。

 どっちにしろ、飯にありつく事は出来そうだ。


 狼人が戻った事で奏は落ち着き、俺も一息つく。


 何とか一悶着を落ち着かせたが、そのせいで店の中の空気は悪くなっていた。


「騒がしかったですけど、何かあったんですか?」


 そんな中、救世主のようにルゥが厨房から姿を現した。

 空気が悪くなっていたところに来てくれるものだから、今の俺にはルゥが女神のように輝いて見える。


 サラダを置きながら問いかけてくるルゥに、俺は手を振りながら答える。


「いや、何でもない。それより、メインはどれぐらいで出来そうだ?」

「あと少しで出来ますよ!見ているとこっちもお腹が空いてくるぐらいです!絶対に美味しいのですよ!」


「そうか、楽しみに待ってるよ」

「はい!出来たらすぐに持っていくので、それまで待っていてください!」


 笑顔を振りまきながら、厨房に消えていくルゥ。

 ルゥが来てくれたおかげで、周りの空気も少し和やかな物になった気がする。


「あぁ、もうルゥちゃん可愛いです。もふもふしたいです」


 奏が身をくねらせながら、そんなことを口走っている。


 前に比べて、欲求を隠す事をしなくなったように思える。

 もしかしたら、合宿で抑圧されていた物がここにきて溢れ出ているのかもしれない。


「猫カフェみたいな店、この街にないかな……」


 俺は、奏の欲求を満たせるような店が無いかを考えるのだった。

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