第40話 閑話その3、なのです

「この店に来るのも久々だな」

「あれからもう二週間以上経つんですね。早いものです」


 店を前に、俺と奏は感慨に浸っていた。


 ここは、俺達がここに越してきて初めて立ち寄った店なのだ。

 魔物料理を知ったのもこの店が初めてで、獣人と関わったのもこの店が初めてだ。


 たった二週間かもしれないが、感慨を覚えるのに十分な出来事をこの店で体験させて貰っている。


「ここがその店か。どんな店か楽しみだ」


 そんな事も露知らず、神奈は俺達を差し置いて店内に入っていってしまった。

 この店に来るのが初めての神奈からしたらそんなものか、と思いながら、俺達も神奈の後に続く。


 店の中に入ると、店内の至る所から鋭い視線が突き刺さった。


 それなりに繁盛しているようで、テーブルは中央と隅の二つしか空いていない。

 それ以外の客の全員が全員、俺達を睨みつけてくるのだから、居心地が悪い事この上ない。


「おい、本当にここがお前たちの来たかった店なのか?」

「そうだぞ」


 神奈が周りの空気を察したのか、そんなことを問いかけてきた。


 人間は獣人を差別しており、獣人はそんな人間をあまり快く思っていない。

 前に訪れた時は客も少なく、気になるほどの視線を受けなかったが、本来であればこれが普通なのだろう。


 この国を離れればそんな差別が無い国もあるのだが、この大陸の移動手段は馬か徒歩しかない。

 馬は非常に高く、貴族やそれなりに財のある商人しか持っていない為、その多くが徒歩での移動となってしまう。


 そうなると、越境するにはそれなりの体力と気力、そして路銀が必要となる為、大半が他国への移住を望めないのだ。

 そういった理由もあり、この街の獣人達は人間に指差されながら生活をしている。


 この店は獣人の溜まり場になっていて、人間があまり近寄らない事は前来た時から分かっていた。

 それ故に、人間が来る事に不快感を覚えているのだろう。


 だが、それは向こうが勝手に思っている事だ。

 俺達は獣人を差別して迷惑をかける気も無いし、俺達はただ、飯を食いに来ただけなのだ。


 何も悪い事はしていないのだから、堂々としていればいい。


「あ、この前のお客さん!」


 そんなことを思っていると、可愛らしい猫耳ウエイトレス・ルゥが、俺達に気付いてとことこと駆け寄ってきた。


「覚えていてくれたのか」


 二週間も前の事を覚えていてくれた事に、俺は驚いた。

 数多くいる客の事を覚えているなんて、普通は思わないだろう。

 俺だったら覚えていない自信がある。


「人間のお客さんは珍しいですから!それに、メイドさんと一緒だったので、とても印象的だったんです!」

「なるほどな、覚えていてくれて嬉しいよ」

「わたしも、また来てくれるなんてとても嬉しいです!」


 元気いっぱいに笑顔を振りまきながら、理由を話してくれるルゥ。


 その笑顔に、俺も奏も完全に溶けきっていた。

 可愛らしいなぁ、この笑顔を見るためだけに、ここに来たと言っても良いのかもしれない。


「あ!すいません!すぐに席に案内しますね!」


 そう言いながら、ルゥは俺達を隅にあるテーブル席へと案内してくれた。

 4人がけの席で、俺と奏は隣同士、神奈とミアは向かいに座る。


 恐らく、未だに突き刺さる視線の事を考えてくれたのだろう。

 そんなとこまで気をまわしてくれるなんて、嬉しい限りだ。


「ではお冷をお持ちしますので少々お待ち下さい!」


 俺達を席へと案内すると、ルゥは厨房の方へと姿を消していった。

 元気いっぱいで、見ているこちらも元気になってくるようだ。


「兄さん、私、もう限界かもしれません」


 奏が、厨房に消えたルゥを眺めながら、そんなことを口走る。


 前々から思っていたが、奏はここに越して来て、可愛いもの好きが高じ過ぎている気がする。

 そろそろ何か手を打っておかないと、奏が暴走しかねない。


「あの猫耳、一体どんな体の作りをしているんだろうな。尻尾もあるようだし、どうやったらあんな進化を遂げるんだ」


 神奈は神奈で、奏とは全く違う方向で思考が高じている。

 この中で唯一、ミアだけが静かに佇んでおり、この中で唯一のまともな思考の持ち主なのかもしれない。


「お待たせしました、お冷です!それで、ご注文はどうしましょう?」


 お冷を持ってきたルゥが、そのお冷をそれぞれに配りながら問いかけてくる。

 相も変わらずメニューはないが、この国の識字率は10%程度であることを考えると、それも普通の事なのだ。

 なので、俺は前と同じように、ルゥに何があるかを聞いてみる。


「今日のオススメはなんだ?」

「今日は凄いのがあるんです!なんと、ワイバーンのお肉が入荷したんですよ!少し高いですけど、絶対に満足してくれると思います!」

「ワイバーンか」


 ワイバーンは、この大陸でも有数な魔物の一匹だ。


 この大陸ではドラゴンの亜種とされ、冒険者でも実力のある人間しか相手をする事が出来ないらしい。

 その為、ワイバーンの肉はかなり貴重とされており、なかなかの高値で取引されるという。


「よく分からんが、私は渉に任せよう」

「私はそのお肉食べてみたいです。後は前のように、パンとスープがあれば嬉しいですね」


 神奈は俺に意見を丸投げで論外として、奏はその肉を食べてみたいらしい。

 かく言う俺も、ワイバーンの肉というのは気になるところだ。


「ミアはどうする?」


 俺は唯一何も言わないミアに問いかけてみる。

 なんとなく、なんとなくだが、ミアはワイバーンの肉はいいと言う様な気がする。


「私はパンとスープがあればそれで」

「よし、じゃあワイバーンの肉を4人分と、パンとスープを4人前で」

「分かりました!」

「……もう何も言いません」


 ルゥが注文を受け取ったところで、ミアが諦めたようにうなだれる。


 流石に半月も共に過ごすと、何を言っても無駄だという事を理解したのだろう。

 その通り、これに関して俺は全く引く気が無いので、ミアは素直にワイバーンの肉を食べるしかないのだ。


「お肉はステーキにしますか?シチューにして、お肉ごろごろの贅沢シチューにもできますよ!」


 ルゥの提案に、俺は少し悩んでしまう。

 ステーキというのも良いが、シチューというのも捨てがたい。


「シチューがあるんですね。なら、スープをサラダにして、ステーキとシチューを二つずつにするのはどうですか?」

「そうだな。そうすればどっちも楽しめる。取り皿を用意して貰えれば完璧だな」

「もちろん、取り皿も用意させていただきます!では、パンとサラダを4人前と、ワイバーンのステーキとワイバーンのシチューを2人前ずつですね!」

「ああ、それで頼む」

「承りました!では、少々お待ちくださいね!」


 注文を確定し、ルゥが再び厨房に姿を消していった。

 ワイバーンの肉か、食べた事無いし、少し楽しみだ。


「おい、お前たち」


 しかし、注文を取り終わると、一人の獣人が俺達のテーブルに歩み寄ってきた。


 どうやら今日は、素直に料理にありつく事は出来ないようだ。

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