第32話 パワーレベリングへの第一歩

 神奈がこの屋敷に住む事になった翌日。


 俺達が合宿をしていると知った神奈が、監督役としてこの合宿を纏める事になった。

 見た目は小学生のようななりだが、これでもこの中で一番の年長者だ。


 徳に拒否する事も無く、俺も奏も監督となる事に同意した。




「……」


 そして監督となった神奈は、ミアとの戦闘訓練を無言で眺めていた。


 俺は一週間近く経ったのにも関わらず、全くミアの動きに着いていくことが出来ずにいる。

 目は追いついているのだが、身体が思うようについていかず、ガードする事も出来ずにミアから一撃を受けてしまう。


 そして、今日も俺はミアの訓練についていけず、地面に突っ伏して行動不能となっていた。


「とりあえず休憩に致しましょう。飲み物を取ってまいりますので、少々お待ち下さい」


 動けなくなった俺を見て、飲み物を取りにミアがその場を離れていく。

 初めは倒れるたびに気を使っていたミアだが、最近では慣れてきたようで、俺が倒れてもあまり反応しなくなっていた。


 気にしないように言ったのは俺だが、反応しないと分かると少し哀しい気分になる。


「なんだあれは。人間のできる動きじゃないぞ。あいつは一体何者なんだ」


 無言で訓練を観察していた神奈が近寄ってきて、説明しろとでも言うように、俺を足蹴にしながら問いかけてくる。

 抵抗しようにも身体が動かない上、神奈の攻撃はたいして痛くも無いので、俺は抵抗の意思を見せつつなされるがままに答える。


「死体蹴りするな……ミアは騎士団の人間だ。それに加え、子供の頃から相当に鍛えられているらしいから、その積み重ねがあっての実力だろう。あれで手加減してくれているらしいから、本気を出せばもっと動けるはずだぞ」

「あれで手加減しているだと?どんな化け物だそれは」

「確かに化け物みたいに強いが、化け物扱いは酷いだろう」

「化け物を化け物と言って何が悪い。さまざまな人間を見てきたが、あんな動きを見たのは初めてだ」

「いってぇ!思いっきり蹴るな!」


 ミアに受けた打撲紺箇所を蹴りつけられ、怒鳴りながら神奈に抗議する。

 しかし、神奈は俺の事などどこ吹く風で、まるで何もなかったかのように話を続ける。


「妹の回復魔法があるだろう。いくら傷ついても、いくら疲れていても回復出来るんだから、どれだけ痛めつけても変わらん」


 昨日の夜、ここに来て俺達がどのような事をしてきたのかを神奈に話してある。

 奏が回復魔法を使用出来るのも知っており、それを引き合いに痛めつけられたようだ。


「結果的にはそうかもしれないが、無意味にいたぶられる身にもなってみろ!それに傷は癒せても、疲労までは回復できない!」


 奏の回復魔法は、外傷を治す事しか出来ない。

 それが出来れば休むことなく訓練もできるのではと考えたが、残念ながら疲労までは回復させる事は出来なかった。


「それはお前のやる気がないだけじゃないか?」

「やる気がないならそもそもこんな訓練続けないだろうが」

「いいか、疲労というのは末梢性疲労と中枢性疲労という2種類に分けられる。末梢性疲労というのは身体、つまりは筋肉が疲労を感じている状態だ。それに対し、中枢性疲労というのは、脳が疲労と認識している状態の事を言う。傷が治るという事は、筋肉も正常な状態に回復するという事。回復魔法が作用していて動けないという事は、単にお前がやりたがっていないという事だ」


 神奈が俺の背中に腰を下ろし、知識をひけらかしながらドヤ顔で語る。

 その理論に破綻点を見出せなかったが、やる気がないと言われるのは非常に心外だ。


「ただまぁもう一つ考えられるとすれば、回復魔法が完璧ではないという事だ。魔法はイメージで決まるんだろう?筋肉の繊維まで回復させる事までイメージすれば、効果があるかもしれないな」

「何か回復させるんですか?」


 体力作りに屋敷の敷地を走っていた奏が、俺が倒れたのを聞きつけて休憩にやってきた。


 奏は体力が無いからと、ミアに体力づくりを言い渡されている。

 俺が倒れると休憩に入る為、この頃になると、奏はとことことやって来るのだ。


 それを見た神奈が、丁度いいとばかりに俺の肩をグーパンで殴る。


「奏、こいつを回復させてみてくれ。ただ魔法を使う時、筋肉の繊維まで回復するようなイメージで魔法を使え」

「いきなりですね……。もっと細かくイメージして魔法を使えという事ですか?」

「そうだ。具体的なイメージが欲しければ、一から人体について説明してやるがどうする?」

「長くなりそうなので結構です。もっと細かくイメージ……やってみます」

「すまない奏。無茶な頼みだとは思うがよろしく頼む」

「いいですよ兄さん。これも特訓の内です」


 奏がしゃがみこみ、俺の頭を優しく撫でる。

 いつも奏にやっている事だが、やられると思いのほか恥ずかしい。

 これからは控えた方がいいのかもしれない。


「控えなくていいですよ?むしろもっとしてくれると嬉しいです」

「……心を読まないでくれ。一瞬何を言ってるか分からなかったぞ」


 奏は時折エスパーになるのが恐ろしいところだ。


「ふふっ。では始めますね」


 奏が集中し、俺に対して回復魔法を唱えた。


 いつもの回復魔法と変わらず、光が集まり俺の身に染み込んでいくが、その効果に俺は少し違和感を覚える。

 違和感といっても悪い物ではなく、いつもの回復魔法より効果が高いように思える。


 厳密に言うと、今までは魔法を使っても残っていた疲労が、今回は綺麗さっぱりなくなっているのだ。


「どうですか?」


 魔法を唱え終わった奏が様子を聞いてくる。


 俺は起き上がり、回復具合を確かめるために軽く体を動かす。

 起き上がった際に神奈が悲鳴を上げて落ちた気もするが、そんな事は些細なことだった。


 感覚を確かめると、完全に疲労が抜けきり、訓練前よりも身体が動いているような気がする。


「全然違う。今までは傷が治るだけだったが、今は普通に動けるぐらいに回復してる」

「くっ、私を落とすなんてなんて奴だ……。しかし、どうやら私の推測は正しかったようだな。これで、より完璧な回復魔法に近づいただろう」

「悔しいがそう言う事になるな。でも、まさか本当に効果が上がるなんて思ってもいなかった」

「そこまで変わるなんて驚きですね……はっ!まさか細胞単位でやれば永遠にこの肌をキープできるのでは!?」

「出来るかも知れんな。この環境下でそれを確認する事は出来んが」


 奏のアイデアに、神奈が苦笑しながらそう付け加える。

 出来るかもと神奈に言われたら、奏は間違いなくやるだろう。

 奏の今日の午後の魔法訓練は、細胞単位での回復魔法に決まりだな。


「おや?秋斗様、もう動けるようになったのですか?」


 新たな発見にそれぞれの反応を示していると、おしゃれなサービングカートを引いたミアが、いつもと違う俺の様子に少し驚いてみせた。


「奏の回復魔法が進化してな。疲労まで回復できるようになったんだ」


 俺がそう説明すると、ミアの目がキラリと光ったように感じた。


「では、これからは休むことなく訓練を続けられるという事ですね」


 ミアの言葉に、俺はやってしまったかと少し表情が曇る。

 しかし、休みなく訓練を受けるという事は、それだけ短期間で強くなれると言う事だ。

 これも守る為に必要な事、逃げ出すわけにはいかない。


「いくらでも続けてやる!来いよミア、情けなんて捨ててかかってこい!」

「では、これからは一段階ギアを上げて、訓練に取り組む事に致しましょう」


 ミアの無慈悲な言葉に、俺は調子に乗ったかなと思いつつ、その日の訓練に明け暮れた。

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