第31話 銃の重み

「かっる……」


 始めて銃を撃った俺は、そんな一言を漏らしてしまっていた。

 20m先にある木に向かって撃ち、見事に外れてしまったが、そんなものは些細なことだった。


「反動がまるでありませんね……まるでポップコーンが手の中ではじけたぐらいの衝撃しかありません」

「もっと腕が吹っ飛ぶかのようなような想像をしていたんだがな……音も全然しないし、見込み違いというか思惑が外れたというか」

「ははは!凄いだろう!私の創り上げたカンナM9Pは!世界中、どこを探してもこのような銃はないぞ!」


 俺と奏の感想に、後ろから見守る神奈が自慢げに高らかな笑いを上げる。

 俺と奏はその銃、カンナM9Pの性能の脅威を、素人ながらに認識していた。


 消音機サイレンサーを最大に、反動を最小限の状態で撃ったのだが、まるでおもちゃの銃を取り扱っているようだった。

 神奈に許しをもらい、試しに連射フルオートをしてみたところ、弾は、ほぼぶれる事無く木の周囲に着弾する。


 エアガンのような弱い反動、エアガンのような発射音、これで実弾を扱う事が出来ると言う。

 これなら神奈の言うとおり、女子供関係なく誰でも簡単に銃を使用出来るだろう。


「いくらなんでも軽すぎないか?これじゃ銃を扱っているっていう認識がないぞ」


 俺は銃口を地面に向けつつ、神奈に意見を述べる。


 ここまで手軽に銃を取り扱い出来てしまうというのは、少々問題があるように思える。


 エアガンと違い、これは実銃である。


 ここまで軽いと、本当におもちゃと勘違いしそうになってしまう。


「その通り。その実感の無さこそが、この銃の唯一の欠点なんだ。消音機と反動の調整機能を搭載しているが、威嚇目的以外で使われる事はないだろう。撃つ際、音も反動も基本的には邪魔でしかないからな」

「軽く、使いやすく、誰でも扱える分、今までの銃以上に使い手を選ぶ、という事ですか」


 神奈の言葉に、奏が的確な分析をする。


 銃は、持ち手の意識によって使い道が180度変わる。

 護身用で銃の危険性を認知している者もいれば、トリガーハッピなイカれた銃乱射魔もいる。

 普通の銃でもイカれた輩は存在するのに、これだけ軽く扱えてしまうと、その比率は上がってしまうだろう。


 奏の使い手を選ぶ、というのは、銃を持つ意識の有無を問うものだ。


「その通り。だからこそ、この銃はオンリーワンなんだ。正直、この銃をお前らに与えることを私は良く思っていなかった。今まで銃を扱った事もない人間に、この銃は早いだろうと。だが、今までのお前らの意見を聞いていて気が変わった」


 頷き、指を立てて歩き回りながら、神奈は続ける。


「お前たちの銃に対しての危機意識は大したもんだ。普通ならば軽くて使いやすい!となるもんだが、お前らは軽すぎるだの認識が無いだの見当違いな文句を言う。いや、それは見当違いではなく正しいもので、それだけきっちりと銃に対する危機意識を持てているという事だ」


 神奈は俺達に向き直ると、深い笑みを浮かべる。


「この銃はお前たちが持つにふさわしい。だが、人を殺せるような兵器を持つという事は、それ相応の責任を負うという事だ。その事を忘れず、その銃を役立ててくれ」


 神奈のその言葉が、深く身に沁み渡っていく。


「……重いな」

「重いさ。人の人生を奪う兵器だ。お前に、それを背負う覚悟はあるのか?」


 カンナM9Pに目を落とし、俺はそう呟く。


 銃は、人を殺す事の出来る殺傷兵器だ。

 殺傷兵器を与えられたという事は、殺すにしろ殺さないにしろ、それ相応の覚悟を以ってそれを運用しなければならない。


 核などとは違い、そこまで規模の大きなものではない。

 戦車、戦艦、爆撃機のように、無差別に大量殺戮を犯す兵器ではない。


 だが、人の命を奪う道具には変わりはない。

 規模が大きくとも小さくとも、人の死が関わる兵器を持つからには、それらを背負う必要がある。


 ここで、これを拒否する事は簡単だ。

 しかし、俺は奏が攫われ、力が必要だという事を痛いほどに学んでいる。


 大切なものを守るため、それらを纏めて背負わなければいけない。


「覚悟はある。大切な妹を守るためだ。いくらでも背負ってやるさ」


 俺は神奈の頭に手を置き、撫でながら答える。


「兄さん……それ私じゃありません……」


 奏が悲しげに呟く。

 丁度良い高さにいたから撫でただけなのだが、奏も撫でて欲しかったのだろうか。


「なぜ私の撫でたか分からんが、気持ちいいものだな。もっとやれ」

「~!兄さん!私も撫でてください!」


 奏が銃を持ったまま迫って来る。


 おい奏、ちゃんと安全装置は作動しているのか!?



 その後、奏にもみくちゃにされつつも、神奈の射撃訓練は滞りなく終了した。

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