第23話 今後の予定は
翌日。
当然のように奏に起こされ、二度寝を堪えつつリビングに向かうと、ミアと奏が仲睦まじく朝食を用意しているのが目に入った。
ミアは手伝われて少し困っているように見えるが、本気で嫌がっている様子はない。
昨日の険悪さは何処へやら、仲良く出来ているようでなによりだ。
「あ、ようやく起きましたね兄さん。すぐに用意するのでちょっと待っててくださいね」
「ああ」
そう言われ、俺は席に着く。
「奏様、後は私がやりますので奏様も席におつきください」
「ダーメです。むしろ私がやるのでミアが席についてください」
「……ご一緒に用意させてください」
「はい♪」
二人は仲好くそんなやり取りを交わし、厨房へと姿を消していった。
そんな光景にちょっとした疎外感を受けつつ、俺は用意されている紅茶へと口をつける。
この国の貴族は、砂糖を入れた紅茶を一般的な飲み物としているらしい。
砂糖はこの国では高級品らしく、貴族は砂糖を好んで使いたがるそうだ。
しかし、コーヒーを飲み慣れた舌に砂糖入りの紅茶は甘過ぎるため、今飲んでいる紅茶に砂糖は入れていない。
本当はコーヒーを飲みたいのだが、残念ながらこの国にコーヒーなるものは無いという。
朝にコーヒーを飲むのが習慣となっていた為、コーヒーの飲めない日常に物凄い違和感を覚える。
コーヒー、飲みたいな……。
「お待たせしました渉様。どうぞ、お召し上がりください」
コーヒーに思いをはせていると、いつの間にかパンとスープ、オイルサラダが目の前に並んでいた。
奏も席に着き、ニコニコとミアの方を観察している。
恐らく奏に強要されたのだろう。
ミアが居心地悪そうに席に着き、俺達が朝食に手をつけるのを待っている。
「いただきます」
俺が朝食に手をつけると、二人も朝食を食べ始める。
用意されたパンは少し固くパリッとしており、スープに浸して食べると丁度良い食感となる。
俺はパンをスープに浸しつつ、昨日の件について二人に話しかける。
「二人共、食べながらでいいから話を聞いてくれ」
「ん?なんでしょうか?」
奏はサラダをつつきながら、ミアは律義にこちらに向き聞く体制を取っている。
「ミア、普通に食べててくれ良いぞ……。それで、話って言うのは二つある。まず、ミアと俺達における認識のすれ違いの事だ」
俺はミアが手をつけるのを確認して、話を続ける。
「昨日の件で分かった通り、俺達は見ている世界が違う。考え方然り、言葉の意味然り、俺達とミアとの間には認識に大きな隔たりが存在する」
「そうですね。生きてきた世界が違うので当然かもしれませんが、言葉の意味さえかけ違えるのは問題です。今回は相手がミアだったから良かったものの、これが他の貴族が相手だったりした日には、私達は銃殺されてしまうかもしれません。おお怖い」
「何故銃殺なのか分からないですが、全然怖そうには聞こえません、奏様」
少し大仰に言う奏に、ミアがもっともな突っ込みを入れる。
奏が言っているのは、フリーズとプリーズを聞き間違えた為に発生してしまった痛ましい殺人事件の事だろう。
事件は、アメリカに留学していた日本人学生が、ハロウィンにとある家に尋ねた事から始まる。
突然訪ねてきた学生を不審人物と思った家主は、銃を持って学生に対し『
しかし、学生は『
この事件は日本で大きく報道され、今でも教訓として取り上げられる。
日本は銃社会ではない為、銃に対する認識が非常に甘い。
もう少し銃に対する認識があれば、この学生が死ぬ事はなかったのだろう。
ちょっとした聞き間違い、ちょっとした認識の違いで殺されてしまう事もある。
奏はこの事を知っているため、この問題の深さを認識しての発言に違いない。
この事件をミアに説明すると、ミアも問題の根深さを認識したのか、少し神妙な面持ちとなる。
「それは危険ですね……。まさか聞き間違いから殺されてしまう事態になるなんて」
「あくまで一例だけどな。この学生が銃に対して危機感を持ってさえいれば、この事件は避けられた事なんだ。この事から分かるように、認識の差というものは、時に致命的な障害になりかねない」
「兄さんの言うとおりですね。この認識の差は埋めていかないといけないでしょう。ですが、私達は言葉の意味すらすれ違っています。単語一つ一つをすり合わせていくとなると、かなりの時間を要しますよ?」
「流石にそこまでする時間はないだろう。それ以前に俺達には足りないものが多すぎる。二つ目の話っていうのも、俺達に足りないものの事だ」
話に夢中になり、スープに浸し過ぎてびちゃびちゃになったパンを飲み込み、俺は話を続ける。
「昨日第二区画に向かう時、俺は自分の身は自分で守ると言った。だが奏を何もできずに攫われて、俺は自分の実力不足を痛感したんだ。妹一人も守れないだなんて兄として失格だ」
あの時、俺はただ突っ立っているだけで何もすることが出来なかった。
助けてくれたリア程とは言わないものの、あの実力の一部でもあれば、奏を攫われる前に何とか出来たかもしれない。
そう思ってしまうのだ。
「兄さんは何も悪くないでしょう。あの時本当に何もできなかったのは私です。兄さんはちゃんと私を助け出してくれたじゃないですか」
「攫われてからじゃ遅いんだ。あの時は偶然強い冒険者が手伝ってくれたから助けられたかもしれないが、次もそうとは限らない。自分が強いに越したことはないだろう。そこで、ミアに頼みたい事があるんだが、聞いてくれるか?」
「何なりとお申し付けください。どのような事でも、全力を以って叶えてみせます」
ミアは、頼みごとの内容も聞かずにそう言ってくれる。
恐らく、頼みごとの内容も想像がついているのだろう。
「俺達に魔法や武術の訓練と、この国についての常識を教えて欲しい。俺達はこの国の常識も知らないし、身を守る程度の強さもない。ここで生活していく為に、俺達の指南役になってくれ。頼む」
俺は、姿勢を正してミアの方を向き、ミアに対して頭を下げる。
「頭を上げてください歩様。恐縮してしまいます」
頭を下げられるとまでは思っていなかったのか、ミアが少し早口になりながらあたふたとしている。
「私からもお願いします。私も、せめて自分の身を守れる程度になりたいです」
奏も俺に続き、ミアに対して頭を下げた。
主二人から頭を下げられ、堪え切れなくなったのか、ミアが少し声を荒げながら叫ぶ。
「わかりました、わかりましたから、お二人共顔を上げてください!というより、メイドに頭を下げるなんて止めてください!」
ミアに強く言われ、俺達は頭を上げる。
頭をあげると、ミアはあからさまにほっとしたように息を吐いた。
どうやら、ミアは頭を下げられる事に弱いらしい。
覚えておこう。
「では、詳しい事は後程決めましょう。これ以上話していたら、せっかくの朝食が冷めてしまいます」
ミアにそう言われ、俺は朝食に殆ど手をつけていない事に気がついた。
ミアの言うとおり、温かいスープが冷めきってしまってはもったいない。
ミアと奏が用意してくれた朝食を、俺は残す事無く完食した。
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