第22話 奏の想い
「ミアは、私達に死ねと命じられたいのですか?」
俺が思考を巡らせる中、奏はミアに対してそう問いかけていた。
ミアは奏の問いに対し、ブレる事無く回答する。
「それが命令ならば、私は喜んで自害します」
「……っ」
ミアのその言葉を聞いた瞬間、奏は勢いよく立ちあがり、俺の後ろを通ってミアの隣に立つ。
そして、その動きを追っていたミアの頬を、奏は思いっきり平手打ちをした。
リビングにバチンという音が響き渡り、静寂が辺りを支配していく。
ミアは目を見開き、何が起こったのか分からないという様な表情をしており、突然の出来事についていけていないようだった。
「もう二度とそのような発言はしないでください」
奏には怒りが滲んでいるが、目尻には涙がたまっており、今にも泣き出しそうな表情をしている。
「ミアが私達に尽くしてくれるのはとても嬉しいです。私達は貴方からすれば、いきなり余所から来た訳の分からない人間でしょう。だというのに、貴方は私達のワガママを否定する事無く、文句も言わずに付き合ってくれました。たった二日とはいえ、私達はミアにとても感謝しています」
言葉にはしていなかったかもしれないが、奏の言うとおり、俺達はミアに対して物凄い感謝をしている。
魔通の儀を行うにも、魔法の練習をするにも、外に出るのにも、ミアがいなければ間違いなく、どこかで問題を起こしていただろう。
ミアがいなかったら、俺達は碌な事になってないと断言できる。
「ですが、私はミアのメイドに対する考え方が気に入りません。メイドが奴隷?奴隷は死んで当たり前?命令されれば自害する?命を軽く扱うのも大概にしてください!」
感情が高ぶったのか、奏はテーブルを思いっ切り叩きつける。
「命はそんな粗末に扱うものではありません。確かに、死んでしまえば本人は楽になれるかもしれませんが、それはただのエゴイズムです。他人と接して生きている以上、死んでしまえば必ず誰かに迷惑をかける事になります。死ぬ事で償えるものなど存在しません。生きて償う事こそ、真の罰と言えるでしょう」
「ですが、他人と接して生きている以上、生きていても他人に迷惑をかける事になります。程度は違えど、必ず私という存在を迷惑だと思う者はいるはずです。それに、罰としての死を受け入れると言う事は、主にこれ以上迷惑をかける事が無くなるという事。それは、立派な償いだと思います」
怒りをあらわにする奏に対し、自らの主張は間違っていないとミアが反論する。
奏の言う事も、ミアの言う事もどっちも間違っていない。
命は軽いものではないし、死ぬ事で迷惑を被る者は必ずいる。
しかし、生きている事で迷惑をかけるのも当然の事で、死ねばこれ以上の迷惑をかける事はなくなる。
どちらも正しく、どちらも間違っていない。
しかし、双方の考え方には、根本における圧倒的な違いが存在する。
「ミア。貴方のその考えは自分可愛さに命まで差し出していると、気がついているのですか?」
「自分可愛さ?」
「そうです。私の言う罰は自らではなく、他者の為にもなる事です。ミアの言うように、生きていれば他者に迷惑をかけるかもしれませんが、自ら行動する事で迷惑ではなく、感謝される立場にもなる事が出来ます。それは、死して償うよりも余程有益なものであり、とても価値のある事です。罪の意識に苛まれつつも人の為に行動する。私はこれが最も重い罰であると思っています」
奏の考えは、根底に他者との関わりが存在する。
他者との関わりでかける迷惑以上の善行をし、その善行を以って償いとするのは、本人にとっても罰となり、他者にとっても有益な償いとなる。
罰を受ける本人を除けば、誰も傷つく者のいない立派な罪滅ぼしと言えるだろう。
「ですが、ミアの言う死を以って罰を受けると言う事は、自らの事しか考えていないのです。死んでしまえば本人は苦悩や葛藤から解放されるでしょう。しかし、そこに他者への償いはありません。ただ自分が楽になりたいという、独りよがりの死があるのみです。それは本当に償いと言えるのでしょうか。自分の事しか考えず、他者の迷惑を無視して死ぬ事が本当に償いとなるのですか?」
「それは……」
奏の問いかけに対し、ミアは口をつぐむ。
ミアの考えは、他者との関わりを一切断つものだ。
しがらみは増えれば増えるほど、無駄な苦悩や面倒事を押し付けられる。
そのしがらみから解放されるには関わりを断つしかないが、相手からすればデメリットとなるだろう。
他者との関わりを断つという事は、他者の事を考えず、自分ひとりさえ良ければそれで良いという事になる。
自分の為か、他者の為か。
これが、ミアと奏の考え方の、大きな違いだ。
「……私の命は主の物。私は主の命に従うのみです。主が死を以って償えというのなら、喜んでこの身を投げ出す事こそメイドとしての務め。ただそれだけです」
ミアが弱々しく、絞り出すように発言する。
そこには、いつもの凛としたミアはいなかった。
ミアも、奏の言っている事は分かっているのだろう。
そうでなければ、ここまで悩みながらの発言はしないだろう。
しかし、人の考え方というものは、そう簡単に変わるものではない。
物の考え方と言うのは、その人の人生の積み重ねから生まれるとても複雑なものだ。
十数年生きてきて、その積み重ねた物を捨てろと言われ、何の
それに、こちらではミアの考え方が一般的で、俺達の考え方の方が異端なのだろう。
奏の考えを押し付けるのは俺達のエゴなのかもしれないが、死を前提とした考えを持つよりも、生きることを前提とした考え方をミアには持って欲しい。
葛藤している姿を見て奏は、椅子の横からミアを抱きしめた。
「では命令します。もう二度と自らの命を軽視するような発言をしないでください。そして、もっと自分の命を大切にしてください。過ごしたのはたった二日とはいえ、私達はミアの事を大切な家族だと思っています。私は大切な家族を失いたくありません」
ミアを諭すように優しく語りかける奏に、ミアが少し困惑したような表情を浮かべる。
メイドは奴隷と同等だと思っていたのに、その奴隷が家族と同じぐらい大切ですなどと急に言われて、困惑するなと言う方が難しいかもしれない。
しかし、俺も奏と同じ意見だ。
これから数えきれないぐらい世話になるのだ。
寝食を共にするのに、家族という言葉を使わず何があるだろうか。
「……ありがとうございます」
少しの間の後、ミアはそう呟いて奏を抱きしめ返す。
半分強制したようなものだが、ミアも受け入れてくれるようだ。
どうなるかとは思ったが、綺麗に収まってくれたみたいだ。
まだお茶会を初めて三十分と経っていないが、この空気を壊すのは気が引ける。
今日はここで締めたほうが良さそうだな。
「今日はここまでにしよう。続きはまた明日という事で」
こうして、俺達はまた一つ、絆を深め合ったのだった。
俺は何もしてないけれど。
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