第21話 郷に入らば郷を理解せよ
屋敷に帰る頃には日も沈み、昼間の喧騒が嘘のように街は静まり返っていた。
屋敷に帰り、ミアが用意してくれた夕食に舌鼓を打ち、風呂に入り終わる。
そして、やるべき事を全てやった後、俺達はリビングに集まり、夜のお茶会と称した今日の反省会を開催した。
俺は上座に、俺から見て奏は右に、ミアは左に座っており、温かい紅茶も用意されている。
「はい。というわけで、今日はそれぞれ色々な事があったと思う。学んだ事、後悔した事、やらなければいけない事。奏もリアも、それぞれに言いたい事もあるだろう。このお茶会……もとい反省会は、今日の出来事の教訓をこれからに生かすためのものだ。忌憚ない意見交換をしようじゃないか」
今日のこの会の目的を説明し、奏とミアに向き合う。
二人共、今日の出来事を思い返しているのであろう。
少しだけ重い空気が流れるが、すぐにミアが声を上げる。
「私は奏様をお守りする事が出来ませんでした。結果として奏様はご無事でしたが、私が奏様を危険に晒したという事実は変わりありません。ギルドでも申しました通り、私へ罰をお与えください」
「ミア……」
時間が経って落ち着いたのか、表情を変えずに発言するミアを見て、奏が悲しげに呟く。
ミアの主張は相変わらず、自らに対する罰を求めるものだった。
ミアにとってこれは重要な問題であり、すぐにでも解決したい案件なのだろう。
この罰について考えていたのだが、ミアの言う罰が重すぎる事に関して俺は少し気になる事があった。
「ミア。少し疑問なんだが、お前の言う罰というのが重すぎるように思うんだ。メイドは雇われなだけであって奴隷じゃない。大きなミスをしたのなら、ただ辞めればいいだけだろう。なのに、なんでそこまでして重い罰を求めるんだ?」
確かにミアは奏を危険に晒してしまったかもしれないが、ミアの挙げた拷問や自害など、メイドに対する罰としては重すぎるような気がするのだ。
雇われの身でしかないミアが、自分の命を差し出してまで俺達に仕える理由はないはずだ。
俺達がミアの命を救っただとかあれば別かもしれないが、そんな劇的な事も無く、俺達はまだ出会って二日しか経っていない。
故に、ミアの提示する罰に酷く疑問が残るのだ。
この事をミアに問いかけると、ミアは「なるほど」と小さく呟き、少しの間をおいて俺の問いかけに答えた。
「まず、メイドに対して、お二人の認識と私の認識に齟齬があるようなので、その部分を訂正致しましょう」
ミアの言葉に俺は少し疑問を抱く。
メイドはメイドだろうと思うのだが、認識の齟齬が発生するような事があるのだろうか。
そう思っていだが、次のミアの言葉を聞いた瞬間、俺と奏は言葉を失った。
「メイドとは、言葉を変えただけの奴隷に過ぎません。貴族階級では奴隷というと聞こえが悪い為、メイドという言葉に変換して使っているだけなのです。もちろん、主が貴族というだけあり、奴隷に比べてメイドの方がさまざまな面で優遇されています。しかし、その本質は奴隷と変わらず、主の為に尽くし、主の為に死ぬ、ただそれだけなのです。渉様は雇われであって奴隷ではないとおっしゃいましたが、その認識が間違っています。この国でメイドと言えば、貴族の所有する奴隷を指すのです」
メイド=奴隷など、俺らの常識では考えられなかった。
メイドと言えばただの給仕者であり、一生をそこに仕える者もいれば、合わなければすぐに辞めていく者もいる、そんなイメージを持っていた。
それは奏も同じような認識だったのだろう。
それ故に、メイドも奴隷も同列だと言われ、俺も奏も言葉を失ってしまったのだ。
「恐らく、お二人の思う奴隷と、私の思う奴隷とメイドは類似しているものと思います。メイドという言葉を、奴隷という言葉に置き換えてお考えください」
しかし、俺達の驚きもお構いなしに、表情も変えずにミアは言葉を続けていく。
「主の護衛として付いていった人間が主をお守り出来ず、下手をすれば死んでしまうかもしれない状況を作り出してしまいました。何とか主は助かったものの、危険な目に合わせたからと主はその人間に対して罰を与えます。その主が冷酷無慈悲で、罰としてその人間を殺してしまいました。お二人はその人間が奴隷であった場合、同情心や怒りを覚えたとしても、どこか心の中で奴隷だからと納得できるのではないでしょうか?」
「それは……」
ミアの問いかけに対し、俺はその答えに言い淀んでしまう。
俺はミアの言うとおり、奴隷なら殺されても仕方ないと考えてしまった。
奴隷と言われると、人権も無く、ただ主の命に従い、どのような理不尽な命令にも従わされ、文句を言う事すら禁止させられる、まさに道具のような扱いを想像してしまう。
それだけに、命令も守れなかったから殺してしまったと言われても、道具だから仕方ないと考えてしまうのだろう。
人ではなく道具として扱うのなら、罪悪感も薄くなる。
これがメイドだったら、道具として考える事がないから殺されるのはおかしいとなるのだ。
俺が言い淀んでしまったのは、そう考えてはいけないという無駄な倫理観と、その考えに至ってしまった嫌悪感が入り混じり、それを認めたくないと思ってしまったからなのだろう。
「私の今の立場はまさにそのものです。私は奏様の身を危険に晒し、私自身は何もできずに終わってしまいました。主の命と奴隷であるメイドの命は等価ではありません。私の命を以って償う事は、何もおかしくない事なのです。なので、重すぎる罰など存在しません」
ミアが質問の回答に至ったところで、俺は肘をつき、頭を抱えた。
郷に入れば郷に従えとは言うが、ここまで齟齬があるとかなり問題な気がする。
俺からすれば命なんてものはどれも等価で、奴隷も貴族も関係ないと言ってやりたい。
命を以って償うというのは甘えであり、生きて償う方が死んで償うより何倍も価値があると思っている。
しかし、その考えがある程度通じる日本とは違い、こちらでは全く通用しない。
その証拠と言ってはなんだが、俺はギルドを去る直後、デリックから注意を受けたのだ。
その内容は「第一区画に住む者が、第二区画に住む者に対して敬語を使うのはあまりよろしくない」と言うものだった。
デリック曰く、貴族から敬語を使われているのを見られると、勘違いした輩が何か企み、面倒事に巻き込まれる可能性があるというのだ。
俺達の考えからすると、丁寧に相手に接する事は誰に対しても迷惑をかける事はないが、この国ではそれが問題になってしまう可能性があるという。
ミアに言われた時は格式の話だったので聞き流していたが、迷惑がかかる可能性があると言われると、敬語を使用するのも改めなければいけなくなる。
こちらに来てたった二日でこれなのだ。
この認識の齟齬は、こちらで生活していく上で致命的な障害になりかねない。
とりあえずミアの事をどうにかしなければいけないというのに、全く関係のない問題が浮上し、俺は頭が痛くなる。
「どうしたもんかな……」
俺は呟き、思考の海に意識を投げ出した。
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