第19話 助けてくれたあの人は

 あの後突き放された俺は、リアに謝られた理由を考えていた。


 リアに謝られるような事は何もされていないし、急に突き放された理由も分からない。

 去り際のあの表情が俺の中でずっと引っかかっているが、何故悲しげだったのか分からずにいる。


 そんなことを考えつつ、気絶する奏をお姫様抱っこで大通りまで運んでいると、冒険者ギルドからと名乗る冒険者と出くわした。

 軽く話しを聞いてみると、俺と奏の捜索任務というものが出ているらしく、結構な人数が捜索に出回ってくれているらしい。


 ミアがその任務を発注したようで、見つけ次第ギルドへ招請願うとの事だ。

 出来れば奏を屋敷まで運んで休ませたかったが、ギルドにも一応医務室があるとのことなので、ミアとすれ違うのもいけないと思い、素直に冒険者ギルドへ寄る事にした。


 奏の事で頭がいっぱいになっていたが、ミアには随分と悪い事をしてしまった。

 制止を振り切って独断専行し散々迷惑をかけて、挙句治安の悪いスラムにまで足を踏み込んだのだ。

 怒られるかな……、いや、間違いなく怒られるだろう。


 少し憂鬱になりつつ、俺達は冒険者ギルドへとやってきた。


 見た目はシンプルな白壁造りの建物だが、他の建物と比べるとかなり大きい。

 それだけ力を持っているんだろうなと思いながら、冒険者ギルドに入ると、ギルド内から視線が突き刺さった。


 ギルド内はかなり広く、酒場も併設されているようで、まだ早い時間だというのに、顔を赤くした人々で賑わっている。

 窓口のようなものもいくつもあり、それぞれに役割がありそうだ。


 一通り見まわしてそんな感想を抱き、向けられる視線の元を探ろうとすると、腫れ物を扱うかのように視線が逸れていく。


 初めは奏を抱えているから視線が集まったのかと思ったが、どうやら違うらしい。

 ひそひそと囁くようにやり取りをしているのが分かるが、その内容が良いものであるとは思えなかった。


 恐らく、貴族だという事で倦厭されているのだろう。

 そんな雰囲気に少し不快に思っていると、ここに連れてきてくれた冒険者が、少し待っていてくれと、受付へと駆け寄る。


 冒険者が受付嬢と言葉を交わすと、受付嬢が引っ込み、裏の方から白いひげを生やした老人が現れた。

 杖をつき随分と優しそうな風貌をしているが、雰囲気に不思議な圧力を感じる。


「どうも初めまして。このギルドの長をしております、デリック・ロルトと申します」

「ご丁寧にどうも。私は西条渉と申します。このような格好で申し訳ありません」

「いえ、ご苦労もあった事でしょう。すぐ医務室へ案内します。こちらへどうぞ」


 奏の状態を見て察してくれたのか、デリックに、受付の隣にある部屋へと案内された。

 医務室にはベッドが四床あり、どれもベットメイキングがしっかりされている。

 俺はそのうちの一つに奏を寝かせ、備え付けの椅子に座った。


「ありがとうございます。これでようやく一息つけます」

「渉様の従者からお話は窺っております。無事、妹様を御救い出来たようでなによりです。お一人で妹様を?」


 向かいに座ったデリックが問いかけてくる。


「いえ、リアという冒険者の方が助けるのを手伝ってくれました。とはいっても私は何もしていないので、彼女が妹を救ってくれたと言っても過言ではありませんね」

「リアですか。彼女ならそこいらのチンピラなど相手にならんでしょうな」

「そんなに彼女は強いのですか?」

「ええ、この街のギルドでも一、二を争う程の冒険者です。任務達成率も高く、冒険者の中でも知らぬ者はおらぬでしょう。ですが……」


 そこまで言って、デリックは少し言葉に詰まった。

 優秀な冒険者なら、ギルドマスターとしては嬉しい事のはずだ。

 何か言いよどむような物をリアは抱えているとでもいうのだろうか。


「何か問題でもあるのですか?」

「……いえ。彼女に実力は十分あるのですが、獣人であるせいで周りと上手く馴染めておりません。それに加え、彼女に付いた二つ名も相まって、彼女を知る者の殆どが彼女を恐れてしまっているのです」


 実力があっても獣人というだけで馴染めないとは、どれだけ獣人差別は根強いのだろうか。

 確かに不器用そうな所はあったものの、見ず知らずの人間を助けてくれるほど優しいというのに、理不尽すぎるように思う。


「二つ名……そう言えば、彼女は災厄の黒猫ブラック・ディザスターと呼ばれていましたね。なぜそのような二つ名が付いたのですか?」


 それに加え、この二つ名も疑問だ。

 災厄の黒猫と言われて、良い印象を受ける人など少ないだろう。


「彼女の二つ名をご存知でしたか。なぜそのような二つ名がついたのか。それは、彼女が過去に所属していたパーティーにあります」

「パーティー?」

「はい。我々冒険者は魔物を討伐するため、少人数のパーティーを組むことが多々あります。獣人は嫌われる傾向にあるのですが、彼女はその実力から度々パーティーに誘われておりました」


 自らが嫌うものを受け入れると言うのは、それだけの利がなければ出来る事ではない。

 嫌われていてなおパーティーに誘われるという事は、それだけリアの実力が認められているという事なのだろう。


「彼女は三度、パーティーに加入しております。しかし、不幸な事に彼女の加入したパーティーは、彼女を残して皆、死亡してしまっているのです」 

「……は?」


 冒険者の事は詳しくないが、パーティーメンバーが全滅するような事はそうそうあるとは思えない。

 そもそもが死なない為のパーティーであって、よほど身の丈に合わない事をしない限り、全滅することなど考えられない。

 三度も、一体何があったのだろうか。


「話を聞く限りでは、実力以上の高難易度の任務を受け、死亡してしまったようです。パーティーが全滅する中、三度も生き残ってしまった彼女は、当然周りから疑惑を向けられ、色々と囁かれるようになりました。パーティーを壊滅させたのは彼女ではないか。彼女と組むと命を落とす。彼女が災厄を運んできたのだ……。そうして、彼女は災厄の黒猫と呼ばれるようになってしまったのです」


 元が嫌われ者の種族であるから、リアが孤立するのも早かっただろう。


 リアが最後に言い放った謝罪の言葉の意味を、俺はここにきて理解した。

 これ以上関わると、俺達に害が及んでしまうと考えたのだ。


 最後のリアの態度、あれは、まさにその体現と言えるだろう。


「貴方も、恐らく彼女に冷たい態度を取られた事と思います。それは、三度の経験から人と付き合う事を恐れてしまっているからなのです。彼女は、本当は思いやりのあるとても優しい冒険者なのです。お気を悪くしないでください」


 俺の表情が強張っていたのか、デリックが早口にリアの事をフォローする。


 リアはわざと突き放し、嫌われてもおかしくないような態度を取り、周りの事を考えて自らを孤独に追い込んでいる。

 なかなか出来る事ではなく、リアの強さと、深い優しさがそうさせるのだろう。


 しかし、孤独は精神を蝕み、やがて死へと至らせる恐ろしい病だ。

 これらを知ってからリアが最後に見せた表情を思い出すと、あの表情が俺には助けを求めているように思える。

 そうでなければ、あのような表情はしないだろう。

 リアも好きで孤独でいる訳でないのなら、共に歩み寄る事も出来るはずだ。


 これはあくまで俺の勝手な思い込みで、リアはそんな事は思っていないかもしれない。

 こう考えるのは傲慢であるかもしれないが、出来る事ならリアの力になりたい、そう思った。


「お話は分かりました。彼女も、彼女の過去も、彼女を取り巻く関係も概ね理解しました。勘違いしているようなので訂正させていただきますが、私は彼女の事を悪くは思っておりません。私の妹を救ってくれたのはまぎれもなく彼女です。そんな彼女を私は好ましく思っていますし、妹も私と同じ事を思うでしょう。そのような話を聞いたからといって私達が彼女の見方を変えることはありません。むしろ、私は彼女と友人になりたい、そう思います」


 俺がそう断言すると、デリックが驚いたように目を見開いた。


「失礼とは存じますが、まさか貴族の方が、そのような風に言って頂けるとは思ってもおりませんでした。そのように言って頂ける方は初めてです」


 どうやら、リアはかなり周りから嫌われているようだ。

 リアは俺たち以外にも多くの人を救っている事だろう。

 それなのに俺のような奴が現れないというのは、この問題が相当根深いのだと考えられる。


「そうですか。周りの方々は余程見る目がないのでしょう。雰囲気に流され、正当な評価が出来ていないようですね。残念なことです」

「私もそのように思います。誰よりも努力しているというのに、周りに正しく評価されないというのは悲しい事です」

「デリックさんは、彼女の事を好意的に受け取っているのですね」

「はい、私は彼女を好意的に思っております。しかし、お恥ずかしながらギルドマスターという立場がある故、彼女に肩入れする事は出来ません。出来る事ならどうにかしたいと思ってはおるのですが……」


 言動からそうではないかと思っていたが、デリックもリアの待遇について問題に思っていたようだ。


 しかし、デリックはギルドマスターという立場からリアだけを贔屓する事が出来ず、動く事が出来ないらしい。

 奏を救ってくれたリアの為に何か出来る事は無いかと思うのだが、残念ながらこれといった物が思い浮かばない。

 リアの態度から物品は受け取って貰えるとは思えないし、周囲の評価を変えようにも何か大きな出来事でもない限り、そう簡単には変わらないだろう。


 何かないものだろうか。


「ん……」


 デリックの話を聞き、そう考えていると、奏が目を覚ました。

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