第18話 奏救出作戦

「本当にいた……」


 リアの小さな呟きが、狭い路地裏に消えていく。


 曲がり角を抜けると、十数メートル先に、例の四人組が笑いながら歩いているのを確認した。

 奏は気絶させられているのか、ぐったりとしていて、全く抵抗している様子はない。


 そんな奏の状態に俺は怒りを覚え、我を忘れて飛び出そうとしたが、リアに首元を掴まれて牽制された。


「任せる」


 そう言い残すと、リアは俺を置いて、四人組へ音もなく一瞬で距離を詰めた。


 真後ろへと付けたリアだが、誰一人としてその存在に気が付いていない。

 リアが、奏を担ぐ獣人に忍び寄ったかと思うと、いつの間にか奏がリアの腕の中に収まっていた。


「返してもらう」


 四人組は何が起こったのか分からないようで、突然聞こえた声と、突然消え去った奏を探すように、きょろきょろと辺りを見回している。

 リアはというと、奏を俺に預けに俺のところへと戻ってきていた。


「気絶してるみたいだけど怪我はない。これでもう大丈夫」

「あ、ありがとうございます!」


 リアから奏を受け取り、俺は涙ぐみながら奏を強く抱きしめていた。


 わずか一時間とはいえ、見知らぬ土地で拉致され、不安で心細かったに違いない。

 気絶するほどの恐怖を味わったのだろう、心に傷が残らないか心配だ。

 奏を助けられたという安心からか、俺は力が抜けて動けなくなってしまった。


 しかし、奏を取り返しただけで、まだ奴らが残っている。


「てめえ……なんで災厄の黒猫ブラック・ディザスターがこんな奴らの手助けしてるんだ」


 奏を攫った際、リーダーと呼ばれていたいかつい獣人が、リアに対してそんなことを言っていた。


「災厄の黒猫……?」


 二つ名のようだが、どうも雲行きが怪しい。

 リアは冒険者の中でも有名なのか、奴らの周りが妙にざわついているように見える。

 あの獣人の発言も、回答を求めるには、やけに獣人寄りの発言だ。


「人攫いするような奴に答える義務はない」

「こいつらは獣人を馬鹿にして喧嘩を売ってきたんだ。てめえはそんな奴らの仲間をするのか?」

「……」

「答えろよ、てめえも獣人の一人だろうが!」


 俺は、なんとなく感じていた事が確信に変わった。


 それは、リアが獣人であるという事だ。

 あの飲食店に獣人しかいなかった事、ローブを外さない事、獣人にさらわれたという発言に対し顔を歪めた事などから、薄々リアが獣人ではないかという事は思っていた。


 とはいえ、リアが獣人だからと言って、差別などする気は俺には無い。

 むしろ奏を救い出してくれたのだから、感謝してもしたりないぐらいだ。


 リーダーの発言に、リアがちらりとこちらを悲しげに見る。

 俺達が本当に獣人を貶めるような発言をしたのか気になっているのだろう。


 俺は首を横に振る事で、リアに馬鹿にしていないという意思表示を送る。


「きっと貴方達は勘違いしてる。この二人は獣人を見下すような発言はしない」


 俺の意思を感じ取ってくれたのか、リアは擁護するように発言してくれた。

 なぜか分からないが、リアは俺達の事を信頼してくれているようだ。


「これ以上何かしようと言うなら容赦はしない。痛い目を見たくなかったら、二度と私達に関わるな」


 リアの手には、ローブの下に帯刀していたと思われる双剣が握られている。

 そんなリアに対し、俺は背筋が凍るような感覚を覚えるが、このプレッシャーを真正面から受けているあいつらは物凄い恐怖心を覚えている事だろう。


「はん、そう言って実はビビってるんじゃねえのか?流石に災厄の黒猫といえど、四人を相手に」


 言い終わる前に、リーダーの両頬に鮮血が走る。


 リアが双剣を振るった事で傷ついたのだが、リーダーは何が起こったのか分からないというような表情をしている。

 敏捷強化でかろうじて視認出来る斬撃という事は、リーダーや取り巻きは、視認する事さえ出来なかったのだろう。


「次はない」


 分かりやすいほどに剣を振り、相手を今傷つけたのは私だとアピールするリア。

 背中からでも感じられる威圧感に、四人組の獣人は心が折れてしまったようだ。


「ひ、引くぞ、おめえら……」

「へい……」


 初めは恐る恐る、リアと距離が開くと逃げ帰るように、四人組はスラムの奥へと姿を消していった。

 ようやく消え去った脅威に、俺は安堵したがリアは違った。


「……これで手伝いは終わり。私は帰る」

「え?あ!ちょっと!」


 今までの親身な態度とは打って変わり、突き放すようにこの場を立ち去るリアを、俺は引き留めるために声をかけようとする。

 しかし、去り際のある一言を聞いて、俺は思考を巡らせてしまい引き留める事が出来なかった。


「ごめんね」


 そう呟くリアは、少し悲しんでいるように見えた。

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