第6話 やっぱメイドさんはメイドさんですよ

「お待たせいたしました。私がこの教会で大司教をしております、ヘクター・オーブリーと申します。本日はよろしくお願い致します」


 神父が消えてからそんなに待つ事もなく、貫禄のある声と共に髭の長い一人の老人が姿を現した。

 神父より豪華になった衣装に加え、身長ほどにもある杖を手に持っている。


 どうやら、神父より大司教の方が装備は豪華になるらしい。


「初めまして。私の名前は西条渉、こちらは妹の奏にメイドのミアです。こちらこそよろしくお願いします。早速で申し訳ないのですが、魔通の儀を行って頂けますか?」

「魔通の儀を行うのは構いません。ただ、その前に一つ確認したい事があります」

「何でしょうか」

「魔通の儀に関してどの程度の知識をお持ちか確認したいのです。場合によってはこちらから知識の補填をさせていただく事になりますので」


 つまり、ヘクター大司教が言いたいのは契約前の利用規約という事だろう。


 こちらの持つ事前の知識と教会側が行う儀式が一致していない場合、儀式を行った後に話が違うじゃないかと文句を言われても、教会側としてはどうする事も出来ない。

 それ故に相互のすり合わせという形で確認をし、納得のいく形で儀式を執り行いたいという事だろう。


「分かりました。そう言う事でしたら魔通の儀について一から説明していただけないでしょうか?」

「分かりました。では説明させていただきます」


 こほん、と咳払いをすると、ヘクター大司教が魔通の儀についての説明を始めた。


「人は本来、魔法を行使することが出来ません。それは、人の身体が魔法の源である魔素という成分を受け付けない為なのです。しかし、魔術の始祖とも呼ばれる大賢人・グレゴリオ・マグワイアは、アダマンタイトという鉱石を通し、とある手順を踏む事により人の体内に魔素を循環させることを可能としました。これが今に続く魔通の儀、と呼ばれるものです」


 魔通の儀というからには、魔法に関する何かを通す儀式だとは思っていたが、この世界には魔素と呼ばれる成分が存在するらしい。

 科学的に解明されてない新成分なのだろうが、空気中に漂っているものなのだろうか。


「魔通の儀を行ったものは魔法を行使できるようになります。しかし、魔法を使えるようになったからといって全ての魔法が使えるわけではありません。その人の適正により、得意魔法であったり不得意魔法、使用できない魔法も出てきてしまいます。また、魔法が必ず使えるようになるという訳ではございません」


 これも当然の事だろう。

 足が速い、足が遅いなど、人間には個人差が存在する。

 魔法にもそれがあるよと言っているだけだ。


「魔法適正に関しては、魔通の儀の後、照会の水晶と魔法道具マジックアイテムにより確認する事が出来ます。魔法適正に関しては三種類に分かれ、攻撃適正ウィザード回復適正ヒーラー補助適正サポートに分かれ、そのうちの九割九分以上が攻撃適正に分類されます」


 驚きなのだが、魔法適性のほとんどが攻撃型の魔法を得意とする魔術師になるのか。

 魔法と言えば攻防一体、回復しつつバフでイケイケというイメージがあるのだが、この大陸ではそうはうまくいかないようだ。


「改めて言いますが、魔通の儀は魔素を体内に循環させる事を可能にするだけの儀式になります。行ったからといって必ず魔法を使えるようになるとは限りません。また、自分の思っていた適性を得られない可能性も十分にあります。それを踏まえた上で儀式に取り組んでいただきたく思います」


 恐らく、ヘクター大司教はこの事を伝えておきたかったんだろう。


 俺の勝手なイメージだが、この教会は貴族区画に建っているため、貴族が多く通っていると思われる。

 貴族は傲慢であるから、適性やなんやらが自分の思い通りにいかないとすぐに教会のせいにしてきたのだろう。

 故にここまで念押しして、魔法に関する事は全て自身の才能におけるものだから教会はどうしようもありませんと言っているのだ。


 俺はそんな的外れなクレームをつけるつもりもないので、問題無く儀式に取り組ませていただこうと思う。


「簡単にですが、これに徹説明を終了します。何か質問などがございましたらどうぞ」


 その言葉に対し、奏はゆっくりと手を挙げて、ヘクター大司教へと質問を投げかけた。


「あの、魔通の儀は痛みを伴うのでしょうか?」

「いえ、魔通の儀を取り行っている最中、身体に何かが抜けるような違和感を覚えると思いますが、痛みを訴えた者は文献にも載っていません。何かが抜けるような感覚に不快感を覚える方はいらっしゃいますが、痛みを覚える事は無いでしょう」

「それを聞いて安心しました。ありがとうございます」

「自分もいいでしょうか?」


 奏の質問で、ふと疑問に思った事があったので、俺もヘクター大司教に問いかける。


「どうぞ、何でもお聞きください」

「魔通の儀がどれほどの時間行われるのかと、その成功率をお聞きしたいのですが」

「準備するまでに少々時間はかかりますが、魔通の儀自体は数秒の間に終わります。成功率に関してですが、未だに失敗したという報告は聞いた事がありません。なので、ほぼ成功するといっても問題ないでしょう」

「何の心配もなく儀式を受けられそうですね。ありがとうございます」


 痛みを伴わず、ものの数秒で確実に魔法が使えるようになるなんて夢のようだ。


 もし、万が一にも魔法に適性がなく、使えなかったとしても、いままでと生活は変わらないのだ。

 その時は、いい夢を見させて貰ったと割り切る事にしよう。


 ……多分割り切れないとは思うけれど。


「さて、質問はもう無いようですね。では、魔通の儀を行うに当たり、二人で金貨一枚をお布施願います」

「……ん?」

「あっ……」


 脇に合った献金箱を差しながらのヘクター大司教の言葉に、俺と奏が変な声を出して固まる。


 俺達はここにきてまだ間もなく、この大陸の通貨を一切持っていない。

 それに加え、金貨と言えば、上から二番目に高い貨幣だったはずだ。

 金というだけあって、それなりに高い値段するのだろが、今の俺達はそんなもの全く持ち合わせていない。


 このまま固まっていてはヘクター大司教にも不審がられてしまう。

 どうしたものか。


 どう切り抜けるか頭を高速でフル回転させていると、後ろの方から手が伸び、献金箱に金貨が一枚投入された。


「では、こちらでお願いします」

「確かに。では私は魔通の儀の準備をしてまいりますので、少々お待ち下さい」


 そう言うと、ヘクター大司教は姿を消していった。

 俺はゆっくり振り向くと、ミアと目があった。


「?何かございましたか?」

「ミアァァァ!大好きだぁぁぁ!」

「ミア~~!ありがとうございます~~!」

「ゎぷ!ど、どうしたんですか!?お二人共!一体何を……!」


 俺と奏は、ほぼ同時にミアに対して抱きついて撫でまわしていた。


 ミアは魔通の儀でお布施がいることを知っていて、事前に用意してくれていたのだ。

 なんて気のきくメイドさんなのだ!

 それに、それがさも当然、というような態度がまた憎い!


「お二人共苦しいです!正気に戻ってください!」


 その後、ミアの悲鳴はヘクター大司教が戻って来るまで続いたという。

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