第4話 会議は踊らず、得る物少なし

「色々と聞きたい事はたくさんあるんだが……とりあえずこの街の事に関して大雑把でいいから教えてくれ。どんな街かも聞かされてないんだ」


 スコーンを口に運びながら、俺はミアに問いかける。


 街に入って見た光景から察するに、あまり細かく聞いても、頭がパンクするだけに終わりそうだ。

 それならば、まずは大雑把に知っていこうという考えだ。


 俺の言葉に対し、ミアはこくりとうなずくと、この街の説明を始める。


「まず、この街はアトランティスの首都・アクロポリスにございます。このアクロポリスは、サンタ・クル―ス城を中心に円形に広がっており、サンタ・クルース城を囲う第一運河、貴族の住まう第一区画を囲う第二運河、そして庶民の住む第二区画を囲む第三運河と、運河により住み分けがなされています」

「あの、私達は運河を二つ超えてきたのですが、もしかしてここって……」


 奏が少し、期待した眼差しでミアに問いかけた。

 その問いかけに、ミアは迷うことなく答える。


「ここは貴族区画になりますね。あと敬語はおやめ下さい」

「いつの間に私達は貴族になったのでしょうか……驚きです」

「あの、驚いていないで敬語の方を……」

「奏はこれがデフォルトだ。諦めるんだな」

「先ほどの発言はなんだったのでしょうか……」


 ミアがうなだれているが、奏の丁寧な口調は誰にでもする事なので、こればかりはどうしようもないだろう。

 それにしても貴族か。


「さっきから敬語がどうこう言ってるのは、俺達が貴族扱いされてるってことでいいのか?」

「はい。西条家の対外的な評価は貴族となっております。ただし、西条家がこのアトランティス大陸の外から来た事は、国王、及び一部の者にしか伝えられておりません。なので、西条家は突如アクロポリスに現れた田舎貴族、という認識になっている事でしょう」


 切り替えが早いのか、持ち直したミアがそう説明する。


 いきなり貴族というのも驚きなのだが、父は一体何をして貴族なんて地位を手に入れたんだと疑問に思う。

父は絶対に明かさないだろうから、この疑問を放置しておくしかないのが歯がゆい。


 ミアがやけに敬語にこだわっていたのは、貴族である俺達がメイドに敬語を使っていては対外的によろしくない、という事なのだろう。


「なるほど。ちなみにアトランティス大陸の外の事を、このアクロポリスの住人はどう思っているか分かるか?」

「……貴族の方達は大陸の外の事については懐疑的です。アトランティス大陸内でも未だに解明されていない地域があるというのに、そのさらに外の事は考えられないのでしょう。庶民は噂程度でしか知らないはずです」

「そうなると、俺達が外から来たってことはあまり言いふらさない方がいいかもしれないな。面倒な事に巻き込まれる可能性がある」


 ぽっと出の貴族がアトランティスの外から来ましたなんて知れたら間違いなく言い寄られ、しがらみを押し付けられるに違いない。


 面倒事とは、面倒であるから避けたいものなのだ。

 出来る限り、貴族との接触は抑えていきたい。

 そのあたりは、父が何か言ってこない限り自由にやらせてもらおう。


「ミアは、大陸の外の世界についてどう思っているのですか?」


 奏のその質問に対し、ミアが少し悩むような素振りを見せる。

 奏はこれから共に生活する者として、どう思っているのか気になるのだろう。


「……申し訳ありません。正直なところを申しますと、外の世界と言われても分かりません。私に知らされているのは外の世界があるという事実のみです。そこに何があるかすら分からない状態では判断できかねます」


 ミアは少し考えながらもそう答えた。


 ミアの言うように、外の世界の事を全く知らないのなら、評価を下す材料がないのだから分からないだろう。

 俺も、宇宙についてどう思う?と問われれば、なんか凄い程度にしか思わないのと同じことだ。


「では私達の事はどう思いますか?」


 奏が改めてミアに問いかけるが、まだ出会って一時間と経っていないのにその質問はまだ早すぎるように思う。


「そちらの方もまだ判断は出来かねますが……とりあえず敬語の方をおやめいただけると助かります」

「私にとってこれが一番楽な喋り方なんです。これに関しては慣れてもらうしかありませんね」

「……こんな方々は初めてです」


 ミアがため息をつきながらそう呟く。

 俺の中の傲慢な貴族像が正しいかどうか分からないが、メイドに敬語で話す主人などいないだろう。




 この後、この国に関してさまざまな事をミアに尋ねた。


 アトランティス大陸にはいくつかの国家が存在しており、ここはアトランティスという国の首都・アクロポリスであるという事。

 このアトランティスの他に3つの国があると言うが、もっとも大きいのはこのアトランティスらしい。

 アトランティス大陸で1つの国だと思っていた俺は、ここでその勘違いを正されることになる。


 関わる気はさらさらないが念の為、貴族に関する事も聞いておいた。


 なんでも貴族院なるものが存在しており、その貴族院が度々お茶会や夜会を開き、横との繋がりを深めているらしい。

 横の繋がりを重要視するというのは予想通りとはいっても、俺達はそんなものに出る気はないし、もともとの貴族のイメージがあまりよろしくない。


 関係を持つ事は重要かもしれないが、それに縛られてしまってはやりたい事も出来ないだろう。

 なので、俺と奏は貴族との付き合いをそこそこに留めておく事に決めた。


 後は、日常的に使用される通貨に関して。


 この国、というより、この大陸には紙幣というものは無く、銭貨、銅貨、銀貨、金貨、白金貨の五種類が使用され、経済が回っている。

 銭貨30枚は銅貨1枚分の価値があり、相場は変動するとのことだったが、大体が30枚で一つ上の貨幣になるようだ。


 相場が変動するなんて面倒だと思ったが、銀貨より上の貨幣は変動するが、銀貨以下の貨幣はほぼ一定らしい。

 なので、よほど大きな値動きでもない限り、買い物に影響する事はないとのことだ。


 ちなみに、日々の生活に必要な金はミアが管理するらしく、金が必要な際はミアに言えば用意して貰えるとの事だ。




「あ、あの!そろそろお聞きしたいのですが!」


 今までは俺が質問を投げかけていたのだが、奏がもう待ちきれないと言ったように声を上げた。


 奏の聞きたい内容は予想がつく。

 俺もこれを真っ先に聞きたかったが、これを先に聞いてしまうと、その後の話が頭に入ってこないと思い、今までその質問を避けてきたのだ。


「先ほどミアが私達に使ったのって、もしかして魔法ですか?」


 少し緊張しているように見える奏が、ミアに問いかける。


「その通りです。先ほどお二人に使用したのは翻訳魔術コンバーションと呼ばれている魔法になります。効果は互いに意思疎通が可能になる、というものですね」

「翻訳魔術!なんと素敵な魔法でしょう!魔法というものは何でもできるのですか!?」


 食い気味に奏に詰め寄られ、ミアが少し身を引いている。


「い、いえ。魔法と言っても出来る事は限られています。それに、魔法には適正というものがありまして、その人によって得意な魔法というものが変わってきますし……」

「私にも使えるのでしょうか!?」

「使えるかと思います。ただ、魔法を使うには手順と努力が必要となりますが……」

「素晴らしいです!魔法を使うためならば努力は惜しみません!私に魔法を教えてください!」

「申し訳ありませんが、今すぐというわけにはいかないのです……魔通の儀という儀式を行わなければ、魔法は使う事が出来ませんので……」

「ならば今すぐ行きましょう!その魔通の儀とやらを行えば魔法が使えるようになるのですよね!?」

「あ、あの……」

「少し落ち着け」

「はぶっ……!」


 暴走してきた奏にチョップをかまし、困惑するミアをから救い出す。


 俺も、魔法と言われて少しは興奮していたのだが、普段はあまり見られない奏の暴走を目にし、少し落ち着きを取り戻していた。

 奏がいなかったら、俺も暴走していたかもしれなかったのは内緒だ。


「その魔通の儀はどこでもできるのか?」


 俺は、頭を押さえる奏に変わり、ミアに問いかける。


「いえ、教会でしか取り仕切られておりません。それに加え、魔通の儀を取り行えるのは大司教様以上の聖職者に限られまして、今から行って取り行えるかどうか分かりません」


 ミアが申し訳なさそうにそう言った。

 要するに、儀式を行えるのはお偉いさんで、そのお偉いさんが教会にいるかどうか分からないという事だろう。

 だが、俺も奏と同じで、魔法というものにはやる気持ちを抑えきれないでいる。


「実は俺も早く魔法を使ってみたいんだ。無駄足になっても構わないから、その教会まで案内してもらえるか?」


 夢にまで見た魔法というものを使えるかもしれないのだ。

 行儀よく待っているなんて事、もったいなくて出来ないだろう。


「かしこまりました。必要なものをご用意しますので、少々お待ち下さい」


 こうして、アトランティスに来て初めてのお茶会は、幕を閉じたのだった。

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