第3話 メイドさんですよ!メイドさん!

「ここがこれから僕たちの家になる屋敷だ!」


 大通りを通り、街中にあったもう一つの運河を超え、馬車を走らせることしばらく。

 案内されたのは、三人で住むには大きすぎる屋敷の前だった。


 広い庭には剪定された庭木と清涼感を与える噴水があり、煉瓦造りの屋敷がその存在感を大いにアピールしている。


「こんな屋敷に住む事が出来るなんて……感激です!大きなお屋敷に広い庭!こんな家に住んでみる事が夢だったんです!」

「日本じゃこんな家間違いなく住めないな……金持ちになったような気分だ」

「気に入ってもらえたようでなにより!でももっと驚く事になると思うよ!」

「これ以上驚く事があるのか……」


 馬車を降り、俺達三人は屋敷の扉を開ける。

 扉を開けた先には、豪華なシャンデリアに広いロビーが広がっていた。

 そして、その広いロビーには、白黒のメイド服を着た同い年ぐらいの一人の女性が立っている。


「――――」


 そのメイドさんがお辞儀をしながら何かを言っているが、俺達には何を言っているのかさっぱり分からない。


「め、メイドさんですよ兄さん!私メイドさんなんて初めて見ました!まさかこのお屋敷にはメイドさんが付いているんでしょうか!?」


 奏が興奮しながら袖を引っ張ってくる。


 彼女が何を言っているのかは分からないが、出迎えをしてくれているという事は分かった。

 という事は、彼女はメイドという事になるのだろう。

 まさかメイドというものが実在するなんて思ってもいなかった。


「これだけ広い家だから管理するのにメイドがいるんだろうな……何を言っているかは全く分からないけども」

「あ、そういえば二人は言葉が分からないんだっけ。ちょっと待っててね」


 父がそう言ってメイドさんと何かやり取りをかわす。


 父の話を聞いてなのか、メイドさんが頷いて俺達に近づき、俺と奏の肩に手を置いて何か呟く。

 すると、メイドさんの手から白い光が溢れ出し、俺と奏を包み込むかのように光がまとわりついたかと思うと、身体に溶け込むかのようにその光は姿を失っていった。


 この不思議な光景に、俺と奏はまたも言葉を失う。


「これでどうでしょうか」


 目の前のメイドさんが、そう発言したのが分かる。

 しかし、俺と奏は今の現象に心が奪われ、なにも発する事が出来ない。


「あの、何かおっしゃっていただかないと確認が出来ないのですが」


 今さっきまでは何を言っていたのか分からなかったのに、メイドさんが何かをした瞬間、俺はメイドさんの発言を認識している。

 これが魔法というものなのだろう。


 そう認識すると、俺は慌ててメイドさんの言葉に対し返答する。


「すいません。今まで体験したことが無い事だったので驚いてしまいました」

「問題なく発動しているようで安心しました」


 失礼しました、とメイドさんは俺達から離れていく。


「申し遅れました。本日より西条家にお仕えさせていただきます、ミア・フォン・ローゼンタールと申します。私の事はミアとお呼びください。西条家の名に恥じぬよう、粉骨砕身お仕えいたしますので、よろしくお願いします」


 そう言うと、ミアは綺麗なお辞儀をする。


 クールで可愛らしいメイドさんだこと。


「僕は西条渉と言います。こっちは妹の奏です。これからご迷惑をかけるとは思いますが、よろしくお願いします」

「よ、よろしくお願いします」


 ようやく正気に戻ったのか、奏も続くようにお辞儀をした。


「さて、挨拶はこんなものかな。じゃあミア、後の事は任せたよ」

「かしこまりました」

「ちょっと待て」


 父がそんな事を言って自然に立ち去ろうとするのを止めに入る。

 父に聞かなければならない事は山ほどあり、ここで逃げられたら次はいつになるのか分からなくなる。

 無理やり連れてこられたのだから、知る権利ぐらいはあるだろう。


「ミアは事情を把握しているから、聞きたい事があったらミアに聞くといい。僕はやらなくちゃいけない事があるから失礼させてもらうよ!」


 こちらの話など全く聞かず、父は俺たちの前から姿を消してしまった。

 これで、また何ヶ月かは顔を見せないのだろう。


 結局何一つ聞く事が出来ずにため息を吐く。

 何故、このような立派な屋敷を用意してまで、俺と奏をこのアクロポリスに連れてきたのだろうか。


 我が父ながらその考えを読む事が出来ない。


「長旅でお疲れでしょう。茶菓子を用意しておりますので、一息入れてみてはいかがでしょうか?」


 俺と奏はミアの言葉に甘え、午後のティータイムにしゃれこむ事になった。






 ミアに案内され、広いリビングに設置された長いテーブルの前で待つ事少し。

 

 紅茶とスコーンが目の前に置かれ、俺と奏はいつでもティータイムを始められる状態になっているのだが……。


「ミアさんの分はないのでしょうか?」


 奏の言うように、用意されているのは俺と奏の分だけで、ミアの分は用意されていない。

 話を聞きたいのにこれでは始める事も出来ないではないか。


「私は一介のメイドです。卓を共にする事はありません。それと、私に対して敬語を使うのはお控えください。他の者に誤解を与えてしまいます」


 融通が利かないのか、ミアは立ったままそんなことを口にする。


 メイドとしては正解なのかもしれないが、俺達は別にそんなことを気にするような人間ではない。

 むしろ、これから質問攻めにする相手が何も口にしないというのに抵抗があるぐらいだ。


 奏に目を向けると、奏は察してくれたのか立ちあがり、ミアの分の紅茶とスコーンがテーブルに用意される。


「ああ!間違えて三人分用意してしまいました!これでは一人分無駄になってしまいます!もったいないです!」


 奏がわざとらしく声をあげるのを見て、俺も奏に合わせるために立ちあがって大仰にポーズをとる。


「なんてことをしてくれたんだ妹よ!食べ物を粗末にするわけにはいかないし……ミアよ、無駄にしないためにも参加しては貰えないかね?」

「その三文芝居は何なのですか……なんと言われようと私は参加いたしません」


 きっぱりと言い切るミアの意思は固い様子。

 それならばと、俺はミアが嫌がりそうな事をあげてみる。


「ならこれから俺は、ミアさんに敬語を使って接する事にします」

「おやめ下さい。西条家の品位が疑われてしまいます」

「やめてほしかったら私達とお茶会に参加してください♪」

「……分かりました。分かりましたから、私に対して敬語を使うのはおやめ下さい……」


 ミアは諦めたように、奏に用意された席に座った。

 俺と奏はぐっと親指を上に突き出し、互いの健闘を称え合う。


「さて、じゃあ質問タイムといきますか」


 こうして、俺達のお茶会が始まったのだった。

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