第1話 プロローグですよ
「兄さん、朝ですよ。起きてください」
朝のまどろみに身をゆだねていると、そんな声が聞こえてくる。
妹が起こしに来たのであろうが、このまどろみの誘惑は非常に強く起き上がれる気がしない。
幸いにして高校は春休み。もう少しこのひとときに身をゆだねていてもいいだろう。
俺は声のする方に背を向けて、起きる意思がない事をアピールする。
むー、と呻くような声が聞こえるが、俺は気にせずに二度寝を敢行しようとする。
「兄さん。起きないとちゅーしちゃいますよ」
「……起きるからそれだけはやめてくれ」
耳元でそう囁かれ、俺は起きざるを得なくなってしまう。
俺が寝ぼけ眼をこすりながらゆっくりと起き上がると、ニコニコと笑う可愛らしい妹の姿が目に入る。
ときどき今のような恐ろしい事を口にする。
それさえなければ何処に出しても恥ずかしくないのだが……。
まあ今のところ出す気はさらさらないのだけれど。
「おはようございます兄さん。朝食が出来ていますので早めに来てくださいね」
「ああ、すぐ行く」
俺が起きたのを確認すると、奏が部屋から出ていった。
着替えてから行こうと思い、ベッドの上を確認すると、綺麗に折りたたまれた洗濯物が置かれている。
奏は毎日のように、その日俺が着る服をこのように用意してくれている。
俺、奏が居なくなったら生活できなくなるかも知れんな。
そんなことを考えつつ着替えを終えリビングに下りると、パンの焼ける芳ばしい香りが広がっていた。
テーブルにはオムレツにソーセージ、サラダにマーガリンが二人分置かれており、後はパンが焼けるのを待つだけのようだ。
「おはよう。今日は洋食か」
「はい。お弁当を作る必要がないので、しばらく朝は洋食になると思います」
「洋食の方が好きだから気にしないぞ。むしろずっと洋食でいい」
「考えておきますね。すぐに焼けるのでもう少し待っていてください」
「あいよ」
俺は席についてテレビをつけ、ニュース番組にチャンネルを合わせる。
番組では、戦争終結から二年が経つという事を大々的に報じていた。
それと同時に、戦争終結の鍵となったアトランティス大陸について、ある事無い事を好き放題に報道している。
アトランティス大陸が全ての魔物の根源だの、アトランティス大陸が消えれば魔物は消滅するのでは等、随分と飛躍した意見までもがコメンテーターの間で飛び交っている。
話し半分にそれらを聞いていると、奏がトーストとコーヒーを運んできてくれた。
「お待たせしました。飲み物はコーヒーで良かったですよね?」
「ああ。ありがとな」
パンとコーヒーを受け取り「いただきます」と奏と共に朝食を口にする。
奏の作るオムレツは、フワフワトロトロで相変わらず美味い。
俺が作ってもこうはならないんだが、一体どうやったらこんなにうまくできるのだろうか。
「アトランティス大陸ですか。一体どのような所なのでしょうか」
奏がテレビを見ながらそうつぶやいた。
「魔法ってのがあるらしいけど魔物の巣窟みたいだからな。物語に出てくる夢の国ってわけじゃないだろう」
「兄さんは夢がないですね……。子供の頃は『俺は魔法使いだ』と言って魔法の練習をしていた記憶があるのですが」
「やめろ奏。あの頃の事は思い出したくない……」
小学生の頃、アニメの影響で俺も魔法を使えると信じていた。
魔法を使うためには魔力制御が必要だとか訳のわからない理屈の下、出来もしない魔法の練習をして周りから痛い目で見られたのは、間違いなく黒歴史と言えるだろう。
「『俺は世界一の魔術師だ!俺はこの世界をつくりかえて見せる!』」
「あああ!それ以上掘り返さないでくれぇ!」
俺は恥ずかしさのあまり、頭を抱えてテーブルに頭を打ち付ける。
男なら誰にでもそういう時期があるはずだ。
そうでも思わないと俺の心はハートブレイクしてしまう。
「ふふっ。兄さんをからかうのは楽しいですね」
「俺の精神力は擦り切れ寸前だ……」
子供の頃の事を持ちだされるのはいつもの事なんだが、何度からかわれても慣れる気がしない。
一体いつになったら、俺は過去の事だと笑えるのだろうか。
そんな感じで奏にからかわれながら朝食を食べていると、階段を駆け降りるような音が聞こえてくる。
「なんで起こしてくれないの奏ちゃん!今日は大事な会議があるって言ったよね!?」
リビングの扉が勢い良く開いたかと思うと、朝から良くそんな声が出るものだと思うような大声と共に、この家の主が姿を見せた。
西条
家を空けている事が多く、家にいるよりも出ている方が多いのではないかと思う。
現在はアトランティスとの外交を請け負っているらしいが、細かい事は教えられないとのことで、なにをやっているのかは全くの謎である。
「そんな話は聞いていません。昨日の夜連絡もなく帰ってきたと思ったら、すぐに寝室に籠って寝ていたじゃないですか」
「あれ?そうだっけ?」
「そうです。それで文句を言われても困ります」
「ごめんごめん。あ、僕の分のご飯ある?」
「ありません」
「渉君のは用意して僕の分はないのかい!?」
「冗談です。少し待っていてください」
そう言って奏が席を立ち、キッチンに向かっていった。
キッチンに立つ奏は少し喜んでいるようにも見える。
なんだかんだいって、なかなか帰ってこない父親の元気な姿を見て、安心しているのだろう。
「なぁ親父。仕事の方はまだ落ち着きそうにないのか?」
俺はソーセージをつつきながら、席に座った父に問いかける。
「んー?むしろこれからもっと忙しくなるかな。ようやく話が纏まったから次の段階に進めるようになったし。これからやらなきゃいけない事が山積みだ」
そう言いながらコーヒーを飲みながら新聞を読み始める父親。
おい、それ俺のコーヒーだ。
「アトランティスとの外交は上手くいってるんだな」
「うん。あ、そうだ。昨日言ってなかったってことは歩君と奏ちゃんには伝えてないって事になるね」
「何をだ?」
不安な気持ちに駆られながらも父に問いかける。
そして、そんな予感と言うものは、悪い時ほど感じるものだ。
父は咳払いをし、まるでめでたいことであるかのようにこう言った。
「来週アトランティスに引っ越す事になったから!必要だと思う荷物は纏めておいてね!」
「「……え?」」
俺と奏の声が重なり、奏の食器を落とす音が、リビングに響き渡った。
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