エピローグ

エピローグ

「って、家は一緒なのか……」

 クリスマス前夜にあえなく散った男女のペアなんてレアケースだろう。まあ別にそれまでも何もなかったんだけどね。

 観覧車を降りると、俺と美月は桜木町駅に戻って電車に乗った。今までの二人と違うのはここから二人とも家に帰るということで、俺らは二人ともマンションが同じなので、家に入る十秒前くらいまで隣を歩くことになる。

 川崎駅で降りたあと、駅隣のショッピングセンターを素通りして、普段の通学路に入る。

「あ、私あんまりここ通らないんだよね」

「そうなんだ。あっちから来てるんだっけ」

「そう。使う電車が違うからさ」

 話しかけてくる声はなんだか少し、ほんの少しだけ離れたところから聞こえてくる。さっきみたいにがっつり手を繋ぐことも今はしてないし、目もそんなに合わせていない。

 残念ながら赤信号に引っ掛かることが多くて、その度に気まずい沈黙に直面していた。もう何も話すことがない。話せない。

 そんなこんなでもうマンションのエレベーターについてしまった。長かった。

「じゃあ、また」

「うん。また会おうね」

「また四年後かな」

「もっと早くがいいな」

「そうだな」

 ドアの外と内。美月の指が開くのボタンから離れれば今日は終わり。

 その細長くて白い指先が光るものから離れたとき。


「――っ!」


 背伸びした美月が顔を近づけてきた。首に両手を優しくかける。ビックリしてる暇などない。なぜかわからないけど体が勝手に動く。感じたことのない、柔らかくて暖かいものが、ふわっと、そっと、口元にあてがわれる。視界が前髪と閉じた目とで埋まる。

 何秒が経ったんだろう。気の遠くなるような時間に感じられたが、エレベーターはまだドアを閉じていない。

 美月はそんな箱にもう一度戻っていく。

「じゃあね」

 笑顔で手を振る彼女に、俺は立ち尽くす以外何もできなくて。


 家に帰ったのが21時30分だった。親には予め外出すると伝えておいたもののさすがに遅くなったので少し怒られたが、まあしゃーない。これは怒るわな。何しに行ったのって言われなくてよかった。答えらんねえよ。

 疲れた。一通りやることが終わったところで自室のベッドになだれ込む。ふかふかして気持ちいい。

 もういいや、今日はこのまま寝よう。風呂は明日入ろう。疲れすぎた。俺はそう決めると立ち上がってカーテンを閉め――

「おひさー」

「またあんたか」

 サンタクロースさん、再登場です。


「どうだった? 今日一日」

 赤い服を着たサンタさんはもう無許可で部屋に上がり込むと、俺の場所だったはずのベッドに座った。寝させてくれよ今日くらい。眠いわ。

「どうだったって言われても……」

 当初の目的は果たせなかったから何とも言えない。明日のぼっちが確定してるし、もう俺は30まで童○守って魔法使いルートまっしぐらってことがよくわかったよ。

「なかなか個性的な子達だったよね」

「知ってたのか」

「そりゃもちろん。私がマッチングしてるからね」

「お前が犯人か……」

 大変だったんだぞ!

「だってなんかシンプルに彼女欲しそうだったし、こういう単純なのは遊んでなんぼだと思ってぶつけてみた」

「ぶつけてみたじゃねえよ……」

「それにしてはうまくやってたんじゃない? 探偵の子なんて君に会って以降全然だったよ。浮かない顔してたし」

「あいつ何やってたの?」

「午後は部屋の片付け、夜は力仕事」

 想像できねー。

「で、どうだった? 彼女出来そう?」

「残念ながら厳しいかな」

「へー、なんで?」

「半分以上くじ運というかあんたのせいだと思うけど」

「うるさいなー、こっちだって面白いことしたいんだよ。そうじゃないと仕事のモチベがだね」

 仕事って言っちゃったなこの人。

「あれ? でも中学生の子とは楽しそうにやってなかった? 遠くまで小旅行させられたのもまんざらでもないみたいな感じだったじゃん」

「そんなそぶり見せてないんだけど……」

「えー、嘘だよ。結構調子いいみたいだったよ? 千葉県のサンタさんからそう聞いてる」

「千葉県のサンタさん?」

「ほら、二人を東京駅まで連れてったあのサンタさんだよ」

「ああ」

 そういえばそんなこともあったな。ご迷惑をお掛けしました。あの子は謝ったのかね。

「二人はサンタさんの実体は見てないと思うけど、サンタさんは二人を見てた。あのとき競馬場には二組いたらしいんだけど」

「もう一組何してんだよ」

 もし仮に競馬場デートが流行ってるとしても高校生の間では絶対に流行ってないと思うけども。もしかして千葉県の高校生ってそれ以上に行くところがないの? いやいやいや。

「タメ口で話してるし、よく盛り上がってたし、これはカップル成立かなって思ってたらしいよ」

「別の県のサンタさんとのパイプとかあんの?」

「あるよー。といっても直接会ったのははじめてかな。ちょっとサンタさん界隈のSNSで喋ったことはあるけど、それを越えての付き合いはなかったから、直接会えたのはまあ収穫だったかな。もちろん神奈川を越えて仕事に行くのはめんどくさかったけどね」

「サンタさん界隈のSNS……」

「サンッターっていうんだけどね、それのフォロワー数でその人は千葉トップなの。一度会ってみたかったから、まあ桑原くん様々ってことで」

 サンッターて。ネーミングセンスよ。

「でもさ、千葉の人に迷惑かけてまでデートさせてあげたのに付き合わないってどういうこと? ギブアンドテイクの精神はどこにあるのさ」

「それはこちらの自由じゃないんですかね」

「だーめ。面白くない」

「別に千葉まで行ったのは俺が行きたくて行ったわけじゃないし……」

「ふーん……?」

 ベッドの上に正座していたサンタさんが脚を崩す。

「あれは? 最後の女の子」

「美月?」

「って名前なの? すごいじゃん、もう下の名前で呼ぶようになってる!」

「いやあいつ幼馴染みだから……知ってるだろ?」

「まあねー」

 うわその笑いかた悪い。

「幼馴染みちゃんとも付き合えないの?」

「まあそうなりますね」

「なんで? 横浜のそれも王道中の王道行ってたくせに」

「そういえばそうだったな……」

「前の二人とは違ってデートらしいデートになってたんじゃない?」

「あのさ、さっきからなんでそんなに俺の行動知ってるの? どういうシステムなの?」

「え? だってアプリ入れなかったっけ、サンタさんアプリ」

「入れてねえよ」

「あれ!? うっそだあ」

「ほんとだよ……あ、でもそのアプリの話は聞いた。なんか通知が来るんでしょ?」

「そうそう。みんなに彼氏彼女候補が近くに来ましたよーって通知を送る代わりにこっちにみんなの居場所が伝わるようにしてあったんだ。ほら、事件に巻き込まれたりしたときに把握できるようにさ」

「なるほど……」

「だけど、桑原くんにはインストールするように言ってなかったのかなー……ごめんね、ご迷惑をお掛けしました。これちょっと上に黙っといてくれる? ただのミスなんだけど知られるとまずいから」

「せちがらい世の中だな」

「そりゃもう、仕事の成績でサンタさん内での立ち位置が変わってくるからね」

 それただの企業じゃねえかよ。

「……あれ、でもなんで俺の居場所はわかんないのに俺がどこで何してたか知ってるの?」

「そりゃ女の子の方で確かめてたからね」

 そうか、確かに俺の居場所ってのは女の子の相手としての俺の居場所を見ていても一緒なのか。つまりサンタさんは俺を俺じゃないところから見ていたということか。彼女候補ありきの俺ってことね。

「そっかー、幼馴染みちゃんもダメだったのかー。いやはや、気むずかしいお年頃ですねえ」

「あんたも似たようなもんだろ」

「そうですねえ」

「なんでそんなニヤついてんのさ」

 むかつくんだよ。

「幼馴染みちゃん、ほんとにダメ?」

「だからダメだっつってんだろ。いい加減にしろって」


「――チューしてたくせに?」


 流れ変わったな。

「……な、何の話?」

「ヘタれんな。エレベーター降りたとこでチューしてたくせに。背伸びして、幼馴染みちゃんからチューしにきてたくせに。別れたあとちょっとボーッとしてたくせに」

「全部見てんじゃねえか!」

 は!? どっからいたんだよこいつ! 全然気づかなかったぞ!

「あそこまでされてもダメなの?」

 サンタさんは金髪を振りかざしてこちらを見る。距離近えよ。思い出すじゃん……

「何顔赤くなってんだよこのクソ童○」

「いきなり口悪くなったな」

 サンタさんが○貞とか言っちゃダメだろ。

「とにかく……あいつはダメだ。違う」

「そっか……」

「でもさ、他の組でいい感じになったとことかあるよ? それもひとつやふたつじゃなく。なかには三人ともとすごいいい雰囲気になったヤリチ…………うまい人もいたよ」

 サンタさんの本音が見えましたね。

「なのに…………残念だね」

「突然ゴミを見るような目付きに!」

「だってさあ、私言わなかった? 趣味とかそういう二人の共通点だけで付き合うんじゃなくて、もっとこう深い何かを好きになりあって、それで恋愛感情を抱くっていうか、そういうのがほんとのカップルなんだって思ってるって」

「言ったな」

「でしょ? だから私、あの幼馴染みちゃんには期待してたんだけど……何がダメだったのさ」

「俺がめんどくさいやつだったってこと」

「何がめんどくさいの?」

「ほぼ初対面の人に言うことじゃねえよ」

「何それ」

 ぽふ。正座の体勢のままベッドに倒れこむサンタさん。

「もし、また会えるなら、今度は頑張れる?」

「そりゃ、美月を楽しませられるならしたいですよ。今日は泣かしちゃったし」

「そっか」

 サンタさんは全身の力を抜く。

「疲れたー。やっぱこの二日間がいちばん疲れるよねー」

「そりゃ本業だからな」

「クリスマスの前夜祭みたいな感じでこんなことすんのやめてほしいっていう人もいるよ。前夜祭なのに体力使いまくるって言ってさ。私は好きなんだけどね、特にこういうこじらせちゃってる系の人を見るのが」

「うるせえな」

「うるさくないよー。ギブアンドテイクでしょ?」

「好きだなその言葉」

「やりがいのひとつだよね」

 ああ、サンタさんって職業なんだなあ。

「でもダメだったかー。前の二人に比べて希望がありそうな三人目を仕込んだんだけどなあ……」

「お力になれずすみません」

「ほんとだよ。なんか補助金でもちょうだいよ」

「あげるかよ」

 あ、お金といえば。

「てか交通費とか出ないの? 千葉まで行かされたんだけど」

「出るわけないじゃん。そんくらい女の子に奉仕しようと思わないの?」

「そんな殺生な」

「まあ奉仕するとかは倫理的なあれがあるにしても、少なくとも彼女を作ろうと思って来てるんだったらそんな小さいこと気にしないでお金くらいポンとだね」

「いや鬼かお前」

 予期せぬ出費ほど嫌なものはない。うん。めちゃくちゃ嫌だ。覚悟した上ならまだしも突然のってのがね。

「まあいいや。つまり、君はこじらせすぎなんだよ。もっとこう、ちょうどいいこじらせかたがよかったかな」

「ちょうどいいて」

 サンタさんは不敵に笑ったが、部屋に据え置きの時計に目をやると、突然ベッドから飛び起きる。

「ヤバい、次の子のとこ行かなきゃ!」

「次の子?」

「そう! 今日男の子のところは全員分回ろうと思うの。面白いからね」

「それも仕事なの?」

「まさか。ただのお遊びだよ」

「迷惑なサンタだな」

「お褒めに預かり光栄です」

 終始ムカつくなあ……

「んじゃ、誰かと付き合ってくださいよ。そうじゃないとプレゼントしたことにならないからね。じゃ」

 サンタさんはそう言うと、夜空に消えていった。ったく、なんか違う、それじゃない感満載のサンタさんだったが、まあそういうサンタさんもいるということでよしとしよう。お仕事頑張ってください。俺に言えるのはただそれだけ。

 さて、じゃあ小論文対策のあれでもやるか。夢と現実の狭間で過ごした二日間を原稿用紙にぶつけてやろう。まだクリスマスにもなってないのに、もうこれ以上冬休みに何か起きることはないだろう。断言できる。こんなの千文字程度じゃ収まらん。一回たくさん書いてから削っていくか。

 タイトルは――じゃあ、「あわてんぼうのサンタクロース」で。

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