4-3
クリスマス前とはいえ、カフェにはたくさんの人がいた。そっか、明日は月曜なんだよな。
「混んでる……」
「そうだな……」
二、三店舗ほどすでに回ったが、どこも満席状態だった。
「待つか?」
現在時刻は19時ちょい過ぎ。もう半分近く経ったらしい。
「どうしよっかなー……」
おおよそ二十分待ちの行列と自分の足の間、視線を行ったり来たりさせながら、あからさまに迷っている様子の美月。はあっ、とひとつ息を吐いて、口を開く。
「…………つかれた」
脚を左手で一回撫でる。よく見たらこの子ヒールのある靴履いてきてるじゃん。これって確か体重が前にかかって慣れないと痛いんじゃなかったっけ。もうすでに10時間くらいは外にいるってことだろうし……
いや、これで放置するわけにはいかないでしょ。
「休んでいこっか」
「どこで?」
「俺ね、結構がっつり休めるところ知ってるの」
「そうなんだ、なんで?」
それはまあ探偵に訊いてくれ。
「がっつり休めるところって聞いたけどマジでベッドあるってすごくない?」
「ほんと。斬新っていうか……その発想はなかった、って感じ」
「それ!」
和風な雰囲気の中にどこか近代的な要素を盛り込んだ、独特の雰囲気の喫茶店。もれなくクリスマス仕様になっているここら一帯の喫茶店群と同じように、この店もところどころにクリスマスの装飾を施しているが、それを遥かに凌駕する和モダンさが感じられる。
「二名様ですか?」
「はい、二人です」
「じゃ、こちらにどうぞー。あ、熟睡された場合は起こさせていただきます」
そんな、喫茶店で寝るやつがあるかよ。どんなに疲れてても寝れないでしょ。雑音とか周囲の視線とか痛いと思うけど……
「ひゃー! ふかふかしてるー!」
「あ、おい、早いだろ」
「なになに、今さら迷っても仕方ないよ! ほれ!」
もうすでにベッドに横になった美月に右腕を掴まれる。
「うわっ!」
と声を出したときにはもう遅く、バランスを崩していた。そのまま美月の待つベッドにダイブ。迷惑な客だな。
ばふ。クッションとふかふかの布の感触が体に心地いい。ほんとに喫茶店なのかこれ。
「えへへー」
だらしなく笑う美月。気が抜けすぎだろ。
しばらくして店員が注文を取りに来たので、コーヒーを頼んでおく。えーっといくらだこれ、高いな。
「私このパフェがいい!」
「金あんなお前」
「昼間あんまりお金使わなかったからねー」
そうか、俺は昼間に予期せぬ出費があったからな。千葉県に行ってましたんで。
しかしあれだな、俺らの両隣もカップルなんだけど、結構人目を気にせずいちゃいちゃしてますねえ。はい、あーんなんてざらで、中にはもうここをラブホと勘違いしてるんじゃねえかって人もいる。
「お待たせしましたー」
しばらくしてコーヒーとパフェが届いた。俺が受け取ると、美月にパフェの方を手渡す――
「寝てんじゃねえか」
この人はがっつり寝ていた。夢の世界へレッツゴー。寝んなって言われただろ。
「おい、起きろー」
「…………」
おいおい熟睡じゃねえかよ。
「起きろって。おい」
「…………」
こりゃダメだ。まあ、途中で道間違えたりしてるしね。その前も二人と会ってるんだし、つかれたのは当然と言えば当然か。
「ったく……」
冷えた体に暖房とコーヒーが沁みわたる。現在八時ちょい前。久々の再会もあと一時間。
「私、どのくらい寝てたんだっけ……」
「三十分くらいじゃないか?」
「マジかー」
俺と美月は観覧車の中にいる。現在九時半といったところだが、たくさんの人が横浜の夜景を楽しみに来ている。
あの後、俺は美月をなんとか叩き起こし、寝ていた自分にショックを受けながら美月はパフェをかきこみ、その様子を俺はコーヒーをすすりながら端から見守っていた、という様子だった。
「ご、ごめんね……」
「いいんだよ。疲れてるのは知ってるから。俺だってそう言うと朝からの疲労が……」
「ああっ、それも含めてごめん!」
反対側のゴンドラの座席から頭を下げる美月。観覧車ってそういう場所じゃないんだけど……
「ごめんね、なんか道間違えたり勝手に疲れて寝たり……よく考えたら私誠のことなんにも考えてなかったかもしれない。誠がちゃんと楽しんでくれるのを考えてなかったかもしれない」
美月は下を向いてしまう。ゴンドラは時計で言えば四時だか五時だかの辺りに位置している。まだ始まったばかりだ。
「楽しかったぞ、俺は」
「ほんとにー?」
「ほんとに」
「誠は優しいからなー」
右を向いて景色を眺めながら彼女はそう言う。同じように俺も左を向くと、横浜の港の夜景が美しく輝いていた。赤だったりオレンジだったり緑だったり様々な色に輝く電灯たちは、この季節がクリスマスだということを存分にアピールしてくる。
「私はさ、なんて言うか、自分がやりたいことになると没頭しちゃうんだよね。他の人のためにやってることでも、いつのまにか自分中心で考えちゃって……だめだよね、こんな
の」
彼女はそう言うとまた顔を下に向ける。うつむいては外を眺め、うつむいては外を眺め。
「そんなこと……」
「別にいいよ、これ以上」
脚を組み替えて交差させる。はあ、というため息がゴンドラに充満して、消えた。観覧車ってこうやって乗るものだっけ。
「じゃあさ、ひとつ聞いていい?」
「……いいよ」
俺が返すと、一拍置いて美月は口を開く。
「私のこと…………好き?」
うつむいたまま。表情は見えない。笑ってるのか、泣いてるのか、楽しんでるのか、苦しんでるのか。
俺はそんな彼女の真似をするかのように、同じようにうつむいて。
「……ごめん」
ようやく観覧車が頂点に達した。
「そっか……」
美月はまだ顔を上げない。俺は無言の空間の中に彼女の問いかけを感じた。
「俺が、何もできなかったな」
「……どゆこと?」
「二人で楽しむために、俺が何もできなかったってこと。さっきの……午後に会った中学生のときもそんな感じだったけど、なんか……終始女の子側にリードしてもらっちゃったかな、って」
結局ね、俺なんてそんなもんですよ。サンタさんは昨日俺の方でもプランを考えとけって言ってた。でも俺は考えなかった。最初から女の子のに乗っかろうとしていたわけではない。ただ、考えなかった。
結局、楽しかったんだよ。美月もだけど、探偵に振り回されたり、ブラコン妹に連れ回されたりするのが。すごい楽しかった。朝っぱらから人探しして、電車乗り継いで、みなとみらいなんてリア充空間に飛び込んで。
楽しかった。俺は。楽しませてもらった。
でも、相手は?
相手を楽しませることは?
もちろん――できなかった。
「そんなことっ……」
美月はそこまで言って止まった。何かに気づいてしまったらしい。
「…………私、これでも四年間我慢してたんだけどな」
狭い空間に溶けていった言葉は、俺の耳にかすかに届いた。
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