4-2
馬車道と汽車道の分岐点となる交差点に戻ってきた。会話を繋ぐことばかり意識していたためか、彼女はここで曲がることを忘れていたらしい。そう言われればまあ仕方ないのかもしれない。間違ったのは一ヶ所だけだからね。こうやって一つ一つポジティブに。
無駄足と言えば無駄足だったが、こういうのもあるのがまた面白いところでもあったりする。せっかくの再会だ、どんな状況も楽しんでやる。
地図係は俺が代わった。一回のミスで美月がもう完全に萎えきってしまっているからなのだが、かといって俺がこの場所の土地勘を持っているかと言われれば持ってないし、しかもまだ彼女の口から最終目的地を伝えられていない。だから、途中の汽車道までのルートを俺が担当することになったのだ。
「でもまっすぐなんだけどな……」
あそこで曲がらなければ絶対に間違うことはない。むしろ曲がることがない。だからなんでこの人が間違えたのかほんとにわからない。
「ごめんって」
「まあもういいよ。これ以上謝っても始まんないし、これもまた今日の一部としてさ」
「……ありがと」
美月はどうしてかさっきからこっちを見てくれない。下か右ばっかり。
歩きながら再び携帯に視線を落とす。右上の数字が現在時刻を表している。
「六時か……」
「六時!?」
「うおいびっくりしたあ」
久しぶりに美月の顔を見た。その顔は一瞬俺の方を向くと、またすぐに彼女の携帯に向けられる。
「うーわマジか」
「なんかあったか?」
「いやあ、ちょっとゲームの方でね」
「ゲーム?」
「そう。オンラインゲームのイベントが六時までなんだよー。今朝やっとパーティ組めたのに倒せなくて、あとでやろうと思ってたけど、そっかー、これはダメだね。諦めよう」
ん?
「今朝やってたの?」
「そうだよー。私回復に全振りした能力だから、火力系の人に頼んでパーティ組んでもらうしかなくてねー」
流れ変わったな。
「ねえ、なんて人とパーティ組んだの?」
「え? なんで?」
「えーっと……知り合いかもしれないから。ちょっと心当たりがあるんだよね」
「そうなんだ。なんだっけなー…………く…………なんとか」
「く…………わ?」
「あ、そうそう!」
偶然にも程があるだろうよ。
「なになに? 有名人なの?」
「有名人っつーか……まあ……」
「まあ、何?」
「…………それ、俺」
「俺って…………えー!?」
ぬお、真横から大声出されるとビビるな。
「ちょっと、何シンプルにやられてんの!」
「ツッコミそっちかよ」
「そうだよー! ああもうなんであそこで攻撃に走るわけ!? 絶許ですよ」
「だってしょうがないじゃんあれが俺のプレースタイルだよ」
「ぐぬぬー」
悔しそうな顔の美月。
「まあ……また今度やろっか」
「そうだな……」
あのゲームは国内だけでなく世界で人気のものだ。プレイヤーは少なくない。そんな中でパーティを組んだのが意図せず知り合いだなんて偶然滅多にない……はずなのに、今はその事じゃなくてゲームの内容にすげえケチつけられたんだよな。なんなんだろうこの感じ。違う、そうじゃないってか。
「そっかー、あれ誠だったか……」
ぶつぶつ。マフラーの奥に口が隠れている。その動き方は俺からは見えないし、何を言ったかも想像できない。
歩き続けて三分ほどたった頃だろうか。鼻の奥に潮の香りが感じられるようになってきた。みなとみらいの街はクリスマスムード一色で、暖色系の光が至るところに散りばめられている。海水が岸にうちつける音が辺りに響き始めて、ようやくその存在を確認できた。薄暗い視界、キラキラ光る水面に浮かぶ、一本の輝く道。
「ほら、来たぞ」
「おおー!」
汽車道。元々税関線と呼ばれる鉄道の線路があったところだが、その跡地に観光地として作られたのがこの汽車道という道だ。みなとみらいの中心部、主にとあるところへの玄関口として利用されることが多い……ってさっき調べたサイトに書いてあった。
「ここまで来ればもう大丈夫だね! あとは私についてきて!」
ふん! とでも効果音がつきそうなくらい元気よくそう言うと、ずんずん歩いていってしまう。俺は引っ張られるようにしてついていく。
「で、どこ行きたいんだよ」
「だから内緒だって!」
内緒内緒言われてもねえ、そろそろわかるよ? ここを通る時点でだいたいわかるよね。さっきの話のとあるところっていうのはさ、まあ、ね。
でも、内緒にしたいなら付き合ってやるか。
ここからが長かった。
まず、汽車道までで全然半分じゃなかった。もうだいぶ歩いたから気分的に半分くらい歩いたかと思ってたけど、半分より大分前の交差点で道を間違えたらしかった。んだよ、こっちの方が絶許案件だろ。
ランドマークタワーを基点とする横浜の街並みが遠くなってきた。埋め立て地の上を歩き続けて二十分がたとうとした頃、美月が声をあげる。
「おっ、もうすぐだよ!」
万国橋の交差点に差し掛かったところだ。これ以上ない雰囲気のよさを醸し出しているここら辺一帯の中、その奥にさらに目立った場所があった。そこに向かって二人で歩く。
「やっぱりね」
予想通り。途中で気づいてしまってからは消化試合だったけど、まあそれはそれで面白かった。
赤レンガ倉庫。まごう事なき横浜の代表的なデートスポットだ。
「うわー、すっごいねー……」
「だなー……」
オレンジの光が夜の街を暖かく照らしていた。そこはいわば異世界のよう。日本という国のイメージとちがう赤レンガの西洋的な存在感が、そのいい意味での違和感を助長している。
Christmas Marketの文字が夜空に光る。どうやらクリスマス向けのイベントをしているらしい。中央にそびえ立つクリスマスツリーにはこれでもかと電飾が施されており、そこに向かう一本道にもイルミネーションが隙間なく散りばめられている。
正直、驚きが先に出てしまって動けない。初めてのちゃんとしたデートでこんなすごいところに来るなんて思いもしなかった。いや、厳密にはデートじゃないな。デート擬き。
美月の両の目にその光が映っている。楽しそうに輝いているその目に、俺はまた懐かしさを覚えて。
そっか、こいつほんとに楽しいって思ってるとき目がすんごいキラキラするんだよな。昔っからそうやって感情がよく現れる、そんなやつだったわ。
「行ってみよっか」
俺はまだ装飾に目をとられている美月にそう言う。彼女ははっと我に返ると、笑顔を見せる。
「うんっ!」
たかが倉庫、されど倉庫。商業施設と化した観光名所はクリスマス商戦真っ只中。ロマンチックというか、雰囲気では他の追随を許さない感じだ。こりゃカップルも集まるわ。
小物売りはもちろんのこと、喫茶店やレストランなども、全身全霊をかけてこの流れに乗ろうとしている。
「あっ、見て見て!」
美月が奥の方を指差して言う。
「テディベアがいる!」
言われるがままにその方向を見ると、そこにはテディベアのぬいぐるみが。よく見つけたな、結構遠くにあるぞあれ。
わくわく。そんな擬音が聞こえてきそうなくらいテンションマックスの横の人を見て、俺は口を開く。
「じゃ、行ってみるか」
「やった」
小さく呟かれた声が耳に届く。どんだけ行きたかったんだよ。
たったったっ。この人は自分のやりたいことの前だとほんとに行動が早いな。早歩きのつもりかもしれないけどこれ普通に走ってるから。
「かわいい!」
両手を膝について前かがみになる美月。視線の先にはさっきのテディベアがいて、暖かそうな装飾の中に座っていた。いいなあ。こっちは寒いからなあ。
「彼女さんですか?」
と、ここで横から声をかけられた。どうやらここのスタッフの人のようだ。
「ええ、まあ……」
ここで否定するのもなんだったし素直に乗っておく。美月はまだなんか夢中になってるしね。
「よろしければ、クリスマスツリーの前で一緒に記念写真なんかもできますよ、どうします?」
そう言われると、俺は横でぬいぐるみたちの虜になっている美月の右手――繋がってる方の手――を引く。
「ん?」
「写真撮ってもらえるらしいけどどうする?」
「やるー!」
「だそうです」
「はいー。じゃあこちらへどうぞー」
スタッフのお兄さんに導かれるままに進む。このお兄さんはクリスマスの予定とかないんだろうか。いや、厳密には明日がクリスマスだから今日は別にいいとして、明日シフトに入っているとなると、それは……なんつーかそういうことになるよなあ……いや、やめよう。ただほら、こんなリア充のための空間にいて精神が持たないんじゃないだろうかっていうちょっとした同情の念がさ。俺なら意地でも予定作り上げて帰る。じゃないと暴れかねない。
「じゃ、彼女さんこれを」
「きゃー、彼女さんだって!」
めんどくさくなるから黙ってろよ。
「じゃ、撮りますねー、はいチーズ」
カシャ。
「これでいいですか?」
「おおー、クリスマスツリーの目の前で、いい感じに撮れてますねー。逆光とかありそうなのに、うまいですね」
「はいー。何組も撮りましたんでねー」
「そうなんですか」
「そうなんですー。一晩の思い出になれば本望ですからねー」
すごい聖人だ。
「ありがとうございました」
「いえいえー。楽しんでくださいね」
心の広いお兄さんに見送られて、俺と美月は建物の中に入っていった。
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