3-2
ありのままに今起きたことを話すと、俺が使った全五十枚ほどのメダルたちは、もれなくどうでもいいゾーンに放たれていった。だから俺にはセンスがないって言ったろ? しょうがないしょうがない。
「いやマジでめっちゃ下手くそじゃん」
「返す言葉もございません」
一瞬で半分のメダルを消した俺たちは、エスカレーターで四階から二階に降りていた。川崎駅に再び向かうためだ。
ていうかまいちゃんもなかなか戦犯だと思うけど。確かに獲得枚数ゼロ枚の俺はどう考えても悪いのだが、まいちゃんの方だっていっこうにプラスにしなかった。十より明らかに少ない数だけ取り出し口に落ちてくるメダルたち。あれ、自分なんもしてないんじゃないの? ってまいちゃんが気づいたのは残り枚数が三枚になったときだった。
しかし、こうやって男女でこのショッピングモールの中を歩くと、なかなかリア充感が出てくるものだ。元々祝日にここに来てるやつらはリア充たちなんだよね。さっきまでのゲームセンターといい、五階にある映画館といい、リア充の巣窟となり得る理由がこれでもかとある。これはもはや企業戦略のリア充パレードだ。くたばれリア充。
「あと五分……大丈夫だね」
まいちゃんが時計を確認する。どうやら前もって電車の時間を調べてきたらしい。
「それにしても人多すぎないか?」
店内から駅に抜ける間には広いスペースがある。なんとか広場というらしいが正式な名前は忘れた。
「あー、今日誰か来てるんでしょ? 友達が言ってた」
「そういえばそうだったな」
「すごいよねー、結構な有名人来るよねここ」
「ほんとだよ」
紅白に出た人も何回か来ている。その時の流行りはすべて押さえるし、その点ではほんとにすごいと思う。いったいどこにそんな金があるんだろうか。
人混みを抜けて駅に出る。この人の多さ。邪魔だなあ。
「はぐれないでね」
「何歳だと思ってんのさ」
横にいるまいちゃんが自信ありげに言う。
そうやって気をとられているから。
「わっ」
「んだてめえ前見て歩けやコラ」
中年のおっさんにぶつかってしまった。都会の人は冷たいとよく言われるが、こうやって露骨に些細なことでキレてしまう人を見ると、ああ、疲れてるんだなかわいそうに、と憐れむことにしている。
はあ。それにしても人が多いな。立ち向かってくる歩行速度速めな集団をかわして行こうとしたとき。
「あれ?」
横に人の気配を感じなかった。さっきまでいた元気な声が聞こえない。周囲を見渡して探すと、自分の背後にさっき俺にぶつかってきた中年男の姿が。そしてその横にはまいちゃん。わなわな震えてるように見えるのは気のせいだろうか。
「お前さあ、よくもまあそうへらへらと」
「す、すみません!」
「あ? 謝って済むなら警察はいらねえよ!」
「ごめんなさいです!」
「ったく、そうじゃねえ、ぶつかっといて謝りもしないのかってことだろうが!」
「すみませんすみません!」
はーめんどくさ。気がついたら体が動いていた。考えるより先に右手が伸びていた。足が動いた。
がしっ。
「え?」
「もういい。行くぞ」
半分泣いているまいちゃんの腕を右手で探り当ててひっつかむ。
「なんだてめえ、やんのか? おい、よく見たらお前さっきの」
はいはい無視無視。なんか周りからすごい視線を受けている気がするけど、そんな中もずかずかと突き進む。まだ後ろからわめく声が聞こえるけど全部スルー。
「え、いいの?」
ある程度歩いたところでまいちゃんが言う。落ち着いたと思って声を出したんだと思うけど、全然その声は震えちゃってる。しかも半泣きかと思ってたけどこいつ完全に目尻に涙を浮かべてるわ。しかも顔赤いし。ビビりすぎだろ。
「ああいうのは心の中で毒づいて無視すりゃいいんだよ。なんかしたのか?」
「し……てない」
「ぶつかっただけか?」
「ぶつかった……いや、ぶつかってもない……」
「は?」
「だから、なんもしてないのに怒られちゃったの……」
たち悪すぎだろあいつ。どうした、何があったんだよ。
そこまで言うと、俺たちは改札に着いた。二人とも改札を抜けて、駅構内に入る。まいちゃんの指示に合わせてホームに行く。
「まあ気にすんなって」
まだ何か不安なのかしゅんとしてしまっているまいちゃんをなんとか慰めようとする。
「うん……」
すごく小さな声で彼女は頷いた。絞り出したような声。
「…………でも、少しは気にするよ…………色々」
なおも何かぶつぶつ言っていたように思えたが、それは駅のアナウンスにかき消された。ポシェットについた馬のストラップを握りしめるまいちゃんの前に電車が滑り込んでくる。
「で? どこに行くの?」
「あれ? 聞こえてない感じか……」
「何が?」
「ううん! こっちの話。えと、大井町で乗り換えて、どっかまで行くんだけどね」
大井町で乗り換えって百パーセント運賃高いじゃねえかよ。これほんとに支給してほしいよ交通費。
ふふーん、となんだか反動のようにやたら元気の出てきたまいちゃん。そんなに楽しみなの? てかどっかとか言ってるけどほんとに調べたんだろうね?
「何県に行くの?」
「千葉!」
「千葉!?」
千葉にデート(仮)で行くとしたらどこになる? 千葉のデートスポット……まさか浦安のあそこに行くんじゃないだろうな。あのリア充の聖地のあそこにいくんじゃないだろうな。あれ、なんかそんな感じしてきたぞ。マジかよ、二、三時間だけ夢の国ってなかなか厳しい戦いになるぞ。なんせあそこは普通一日とかかけて挑むところだからな。ガチ勢は開園の何時間も前に待ってて、閉園ギリギリまでいて、それでなおまだ回りきれないといった具合だ。
いや、さすがにないか。ない、よな……
まいちゃんは携帯で何かを調べている。文字がいっぱいだからよくわからない。そもそも女の子が読む記事ってなんだろう。ファッション? 呟いている片仮名言葉はひとつとして知らないから、その可能性はある。
「今日は…………やっぱこれ回ってくるよな…………」
何か作戦でも立ててるのだろうか、画面に向き合ってなにやら呟くまいちゃん。回る? 買い物でもするのかな。
にしてもあれだな、電車に女の子と二人で乗るのなんていつ以来だろう…………記憶にないな。初めてなのかもしれない。いや、小学生のときに一回あるな。それ以来。
高い方のつり革をつかむ俺と、低い方のつり革をつかむまいちゃん。隣同士並ぶ八号車。七人がけの長椅子には一つの空席があって、それをほぼ同時に見つけた俺とまいちゃんは顔を見合わせる。
「座んなよ」
「いいの?」
「周り人いないし」
お年寄りの方も怪我された方もいない。まいちゃんは小声でやった、とだけ呟くと、ポシェットを体の前に持ってきて座った。
座るや否やまたポケットから携帯を取り出した。うーん、気になる。
「それ、何見てんの?」
我慢ならずに訊いてしまった。男子校の男子にとって女子中学生の携帯の中なんて未知中の未知だ。コミュニケーションツールとかは別として他どんなアプリが入っているんだろう、写真加工アプリとかかな。
――なんて思っていた時期もあった。女の子は女の子らしくというか、いくら男女間の差を埋めようという運動はあっても埋まらない溝はある。それはたとえば男はスポーツが好きだけど女はどうか、とか。趣味の面ではやはり男女間には違いが生まれてしまう。それはしかたないことだ。
つまり、この後に耳に届いた情報が、まさか目の前の中二の女の子から発せられたものだとは思わなかったし、むしろ思いたくなかった。
「有馬記念だよ!」
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