第三章 恋の大穴馬券
3-1
「ぬおっ!?」
意識が戻って一番に耳に飛び込んできたのは、そうやってめちゃくちゃ驚いた声だった。
なんだ? なんか気づいたら目の前にめちゃくちゃ有名人がいたみたいな声だったけど。誰なんだろう。俺も確認したい。
しかしあれだな、こうやって変に召喚されるのにも大分慣れてきたぞ。実はこういう時は立った状態で召喚されるので、現れてから二秒も立てば、俺は立ちながら寝ている器用な人になれるのだ。だから変に動くより最初はおとなしくしていた方がいい。
「なるほど、こうやって真横に出てくることもあるのか……」
しかしあれだな、さっき有名人に会ったっぽい人の声がすぐ近くに聞こえる。真横にいたのか、それは俺も目を開けとけばよかった。誰だったんだろう。
「……って、全然起きないじゃん、大丈夫なの? ちょっとちょっと」
なんだなんだ、倒れてるのか? それは一大事だな。早く周りの人が助けてやらないといけないだろ。イエス他人事ノータッチ。ノー責任ノートラブル。
「いやマジか……でもこの人確実にあれだもんな……さっきも見たし……あのー……大丈夫?」
つんつん。
「は?」
これにはさすがに起きたね。なんせ肩をつんつんされたからね。
ヤバいな……これ別に俺は何も悪くないんだけど、もしかしたら部外者に登場シーン見られたよねこれ。何してんのサンタさん。ばれないようにこっそりやるのあんたの特技じゃねえのかよ。
「あっ、起きた」
目を開けた先にいたのは、もこもこした綿が首もとと襟と裾にくっついているあったかそうな白いコートにあったかそうな水色のマフラーを巻いて、対照的に寒そうなライトブルーのミニスカートを履いた、茶髪を耳の横で二つに結んでいるツインテール少女だった。多分俺より若い。
「えっと……どこから見てた?」
まず事実確認しないと。これはバグとして運営に報告するレベル。
「なんかキラキラしたのが私の横に出てきて、そのあと実体が出てきて、それで……」
全部じゃねえか。
「ご、ごめんね。こういうこともあるってことでこの記憶は頭のめちゃくちゃ隅っこに隔離して二度と出てこないようにしてね」
「え? でもさっき通知来たから……」
「通知?」
「うん、彼氏候補さんがもうすぐ横に来るって、サンタさんが」
「なるほどね」
全俺がほっとした。なんだ、この人が午後ターンの彼女候補か。よかったよかった。そうだよね、横浜駅でも人目のつかないところに召喚したんだから、ここでも隠れたとこに出すよね。さすがにね。
「えっと……ここは?」
そういえばここどこだろう。なんだか見たことある建物が多い気がするけど。てかこの人の量。首を伸ばせば人がごった返してるけど。そしてこの光景は毎朝見てるけど、まさか。
「川崎駅だよ」
はい、地元でした。
「地元なの!?」
ここは川崎駅の西口のバスロータリーから駅に向かうときのエレベーターの出口。東西自由通路という駅の改札に直結する通路から音楽のホールに行く道の途中にある。なるほどこんなところなら確かに見つかりにくい。それを見越してここで集合にしたのだろうか。
「えっ、どこに住んでんの?」
「ここから歩いて十五分くらいのところに」
「西口? 東口?」
「西口」
「あっ、じゃあ逆だわ。私東口側の人間だから」
ツインテールはこの会話のどの辺に自信を見いだしたのか知らないが、とりあえず強い声でそう言った。いいのかな、俺そっちの地方の人は競馬場とかそういうのがあるせいでイメージが悪いんだけど。
「そういえば自己紹介してなかったね」
ツインテールは二つに結ったうちの右側を指でとかしながら、唐突に切り出した。
「はじめまして。下園まい、十四歳で中二。まいって呼んでいいよ。よろしくね」
まさかの年下だった。しかも二個下。どうりであどけなさが残ってるわけだ。このどこか憎めない雰囲気もそのせいだろう。
「あなたは?」
「あっ、そっか」
どうしよう、年齢いくつって言おうかな。いやここで偽ってもいずれバレるから意味ないんだけどさ、とりあえずこの四時間は相手に気を遣ってもらいたくない。でもさすがに中学生って体格でもないし……いや、さっきまで探偵と組んでたし、嘘はよくないよ。もし同い年がよかったんだったらあと四時間こらえてくれとしか言いようがない。
「桑原誠。歳は二個上になっちゃうけど十六歳の高一」
「えっ、年上なの……なんですか?」
あー、やっぱり気を遣ったな。さっきまでのタメ口はどこへやら。後付けの丁寧語が耳に刺さる。
「……嫌だった?」
「いやっ、私は別にいいんですけど、さっきまで馴れ馴れしくしすぎたから……ごめんなさい」
「いや、いいよ。むしろそっちの方が親しみやすくていいんじゃない? 変に丁寧語使うよりさ」
「そうですか……そうで……そうだよね! うん、私もこっちがいい!」
中学生って元気だなー。
「じゃ、よろしくね、桑原……さん?」
「なんでもいいよ」
「じゃあ……誠!」
いきなり下の名前で呼び合うのかよ。中学生のコミュ力やべえな。いや俺がそういうの弱いだけか。
「で、どこに行こっか」
まいちゃんはここで下から見上げてくる。俺は高校生の中でも身長が高い方じゃない。てか170に少し届かない程度だから小さい部類に入ってくるんだけど、その俺より大分低い。俺の肩より下だから相当だなこれ。
「どこを考えてたの?」
「うーん、どうしても寄りたい場所があるから、一時間で川崎は出たいんだよねー」
「寄りたい場所?」
「そう。ちょっと遠くて、電車で一時間くらいかかるんだけどね」
「めちゃくちゃ遠くないそれ!?」
じゃあ最初っからそこを集合場所にしてくれよ。四時間のうち一時間電車に使うのかよ。そりゃなかなか攻めた時間の使い方だぜ。
「ほんとはそこで待ち合わせにしたかったんだけどさ、なんかサンタさん界隈の規定で、神奈川県のサンタさんは神奈川県内にしか人を転送できないらしくてね。だから私の地元でもあり目的地に一番近い川崎で集まったの」
なんだそれ、俺今から県外に出るの? 四時間だぞ四時間。しかももう何十分かたったかもしれないぞ。
「まあ、とりあえず一時間あるし、ゲーセンでも行こっか」
そう言うと、まいちゃんは駅直結のショッピングモールに飛び込んでいった。ポシェットにくっついた馬のぬいぐるみが上下左右に振られている。かわいそうなお馬さんだこと。
エスカレーターを四階まで乗り継ぐ。休日に遊びに来るとかそういうこと以前に通学路の一部だから、このショッピングモールに関しては知らないことはない。頻繁に入れ替わるフードコートのメニューでさえも頭に入っている。入っているというか、勝手に入ってくる。このエスカレーターも週に一回は乗っている。
「うわ、混んでるね」
しかし、平日の朝早くにはこんなにたくさんの人はいない。さっきまでいた横浜のデパートとは人口密度が全然違う。しかも今日は有名アーティストが無料ライブしに来てるらしいからなお人が多い。
慣れた動作でゲーセンへ。まああれだ、ショッピングモールにくっついているゲーセンってのは最近希少にはなりつつあるが、ここにはかなりでかいゲーセンがあるのだ。俺もここはよく使っている。
楽器屋の前を通って、クレーンゲームゾーンに入る。
「で、何をやるの?」
「そうだなー……」
まいちゃんは店内を見回すと、店の奥に目をつけた。
「メダルゲームにしよう」
メダルゲーム。それは闘いである。減りゆくメダルに一途の望みをかけ、より長く遊ぶというシンプルな目的ではあるが、その間にはプレイヤースキルと運の二つが重要となってくる。
しかし、一時間を潰す程度なら俺でも出来そうだ。実は俺、メダルゲームというのが大の苦手なのだ。まず絶対的にプレイ時間が短い。なんかこう露骨にお金をかけるタイプのゲームってやる気にならなくて、どうも敬遠してしまう。クレーンゲームとかならプライズをとれる可能性がゼロではないからやる気になるけど、メダルゲームってそういうのじゃないじゃん。
メダル交換機に二人それぞれ五百円を投入。そういえばさっきの探偵の報酬って俺もらえるのかな。あれか、あいつの事務所に行かないともらえないのか。そうかそうか。じゃあいらね。
百枚。なかなか重課金した感じもするけど、やってしまったものは仕方ない。少なくとも数十分は持ちこたえないと。
「どれにしよっかなー」
すごいテンションの上がりようだ。まいちゃん、そんなにゲーセンに行きたかったのか?
「あれにしよう!」
そう言ってまいちゃんが指を指したのは、メダルゲームでの王道中の王道、プッシャー機型のメダルゲーム。投入口からコロコロとメダルを転がして、二段重ねになって散らばっているメダルのところにタイミングよく落とし、前後に動く板がメダルを押し出してゲットするという簡単かつ奥が深くて難易度の高いゲームだ。
まいちゃんは空いている椅子を素早く見つけると、待ちきれなかったように飛び乗った。そんなに急いでやることもないと思うけど……
「じゃ、行きますよー!」
まずは一枚。タイミングを確認してメダルを投入。金属と金属が擦れあって出る特有の金属音は周りの音楽にかき消されている。
与えられたコースは一直線。操作する人の手腕でなんとでもなりそうなものだが――
「あっ」
チャリ。
まいちゃんの放ったメダルは、ものの見事に他のメダルに敷き詰められた一段目の金属板に落ちた。
「失敗じゃん」
なおも前後に板が動き続ける。メダルは一ミリも動くことがない。おちょくってんのか。
しかし、これはまいちゃんのメダルゲームに対するプレイヤースキルのなさを感じざるを得ない。今の、多少狙って打ったよね。狙ってそれかよ。
が、まいちゃんの目は、何も落ち込んでいなかった。むしろ、今からでも目の前の獲物を狩ってやろうかいうような、そんな鋭い目をしていた。
「私、わかっちゃったよー?」
そう言うと、彼女はメダルを十枚ほど引っつかんだ。
「次は負けないからね!」
おお、まいちゃんは鋼メンタルの持ち主さんでしたか。最初の一投で何もかも見抜いた、と。
投入口にコインをセット。その人差し指が動けばゲームスタート。
「行きます!」
しゅっ。人差し指が下がるとともに転がる十枚のメダルたち。一直線に金属板に向かって行く。
そして。
「おっ!」
十枚のメダルはちょうどよく隙間のできたところに落ち、それによって前のメダルがずいっと押し出されて。
「やったね!」
「おお!」
なんと、五枚メダルを獲得したのだ。俺としても何年ぶりかにメダルゲームをやるが、この快感はいつぶりだろう。
「よし、この調子だね!」
まるっきりテンションの上がったまいちゃんはまたしても十枚メダルをつかんだ。ん?
「行きまーす!」
ちゃりんちゃりん。転がっていくメダルたちは再びいい位置にセットされた。プッシュ。そしてまたコインは落ちる。
「よし!」
テンションが上がってきたまいちゃんだが、ここで俺はあることに気づいてしまった。
落ちてくるメダルの枚数が、まいちゃんが消費するメダルより少ないことに。
先程獲得したメダルは五枚。そして今回は数えてみると六枚落ちてきている。しかしまいちゃんが一回に使うメダルは十枚。つまり一回で五枚分くらいは損をしている計算になる。
「ねえ、まいちゃん……」
「んー?」
まいちゃんにこのことを伝えようと声をかけたところで、俺はふと考える。どうせあと三十分のところでいちいち戦略立ててやることもないような気がしたのだ。今のまいちゃんは楽しそうにしてるし、それに水を差すことにもなりかねない。
「いや、なんでもない」
いいや、このままにしておこう。これでいいんだ。そのうちなんか奇跡が起きて大量に落ちてくるだろう。なくなったらまた買えばいい。常識の範囲内で。
「そっか」
まいちゃんは一旦首をかしげたが、またゲームに戻った。タイミングを見計らって、コインを投入。
「あ、もしかして、誠もやりたい感じ?」
「え?」
またしても何枚か損したまいちゃんであったが、そんなことを感じさせない満面の笑みでこちらを向くと、そう言った。そういうことじゃないんだけど。
「いや、ここ来てからずっと私がやっちゃったから、やりたくなったかなって。さっきもこれでミスっちゃったし」
「さっき?」
「ああ、誠の前に私のとこに来てくれた男の子と遊んでたとき、私がちょっと一人で楽しんじゃって、なんかあれだったの。だから気にしてて」
「そういうこと。俺ならいいよ。下手だし」
まいちゃんが楽しそうならそれでいい。たとえ俺が別に楽しくなくても、まいちゃんがよければそれで。それに、俺はこっちの立場でいるだけで十分楽しいんだけど。
「下手とか関係ないよ。一緒にやろ?」
「いや、本当にいいんだって」
「なんで? 二人でやろうよ。まだ時間あるよ?」
まいちゃんは譲らない。
「楽しさっていうのは、合計じゃなくて平均なの。私が超楽しんでても誠がゼロだったら、それは二人で同じだけ楽しかったときの半分しか楽しくないの。だから誠も楽しくなくっちゃだめー!」
そう言うと、まいちゃんは俺にメダルを握らせた。十枚より少し多いくらいのメダル。
「ほら、早く!」
まいちゃんに促されるがままに俺はメダルを入れた。一枚、二枚、三枚。
俺なりにタイミングを計ったつもりだったが、結果はまいちゃんの第一投と同じく、メダルに何の影響も与えないものとなってしまった。
「あっははー! 下手くそじゃん!」
大笑い。足をバタバタさせて指を差して笑うこの人は、間違いなく今が楽しさの絶頂だろう。何せ俺が楽しいんだから。
「次はちゃんと落とすからな!」
「おっ、元気いいねえ」
俺はメダルを五枚取る。
「えー、そんだけー?」
「なんだよ、悪いか?」
「チキってるでしょ」
「チキってねえよ」
「じゃあなんで五枚だけなの?」
チキったからだけど、もちろんそんなことは言えない。
「ほら、長く遊べるためにさ」
「え? でもあと十五分だよ? ちまちまやってる時間ないよ?」
「え?」
そういわれて初めて俺は時計を見た。1時40分。もうまいちゃんと出会って一時間がたとうとしているのか。なんか体感時間は短かったな。
「じゃあでかく行くか」
「おおー!」
俺はさっきの倍かそれ以上のメダルをつかんだ。なるほど、あの隙間に落とせばいいのね。簡単簡単。
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