2-5

 その後、俺と探偵は並んでまた人探しに出掛けた。どこに何があって誰がいるかわからない。暗い森の中、草木をかき分けるようにして旅をするみたいな、よく言えば冒険のような、しかしやっぱり先の見えない人探し。

「あと、どこに行ってないんだ?」

「高価な貴金属を取り扱う店は行き尽くした。残るはもっと安価な物を取り扱うところか、バッグとかのブランド店だが……そんなのは横浜にはたくさんある」

「そうだな……」

 たとえばそこにあるデパートとか、駅前のデパートなんかに行ってしまえば、服はおろかその他のブランド品まで全部揃えられるだろう。それを今から一時間半で……ぞっとする。

「……でも、行くしかないか」

 俺は諦めてそう呟くと、まずここから一番近いデパートに向かって歩いた。

「珍しいじゃないか」

 後ろから小走りで追いついてきた探偵が言う。

「何が」

「自分から歩き出すなんて、まさか本当にうちの事務所に入りたくなったのか?」

「まさか」

 俺は時計を見る。やはり残り時間は一時間半。俺は後ろを向く。


「叶えたいんだろ? 自分の夢」


 探偵はその言葉を聞くと一瞬びっくりしたように口を開けたが、すぐにいつもの何か企んでそうな表情に戻った。

「一時間半だぞ。急がないと」

 俺はどうしたものか妙に焦って、もう一度時計を見た。さっきから一分もたっていないのに、秒針の進むのが早く感じられた。


「採用」


「は?」

「いつでもうちに来い。その時は私のお茶汲みとしてこき使ってやるから」

 探偵は変わらぬ笑顔をこちらに突きつけて、俺より先に入り口に入っていった。

「いや別に入社したいとかそういう訳じゃないんだけど」

 その声は彼女に届いたのだろうか。微妙なラインの声量だったが、とにかく探偵さんが店内に入って消えてしまったので、俺は追いかけるようにして少し早歩きでデパートに入った。


 果たして彼女はもうエスカレーターに乗っていた。早いわ。仮に俺が雑用係になったとしてこいつには付いていけない。すまんな。

 俺がステップに乗った頃には探偵は次の階で降りて右に曲がった。俺はよいこを卒業してエスカレーターをかけ上がって追いかける。

 彼女が立っていたのは、エスカレーターを降りて右すぐのところにある洋服屋。若い女の人向けらしい店舗だが、その前に一人明らかに異質なものを着ている人がいた。

「ふむ……」

 なるほど、探偵は服が欲しかったのか。確かにその服しかないのなら生活に困るだろう。ちょっとした外出の際に着ていく服とかなかったら大変だからな。てかさすがに持ってるとは思うけど……

「お、お客様……?」

 とかなんとか考えていると、店員さんが困ったように話しかけていた。困ったようにというか困ってるなあれ。距離を大分とって首だけ伸ばして立ってるし。どうしよ、今からでもそいつが客として来ているわけじゃないって伝えた方がいいかな。

 が、店員はプロだった。今までにどんな修羅場を乗り越えてきたんだろう。店員の目からはあれがコスプレイヤーか何かに見えているに違いない。ああいう服を着てそういう職業をやってる人ってなかなかいないと思う。探偵服とでも言うのだろうか、栗色と黄色の中間のような色をした服を着ている探偵って街中にいるかね。ああまあそこにいるのを除いて。

「こちらのフリフリしたワンピースとか流行ってますよー。春物なんですけどね、今年のトレンドだとか言って、今からご購入されていくお客様も多いですー」

 間延びした口調で接客。こんな客俺ならスルーしてるところだったけどな。なんてったって明らかにヤバいやつなんだもん。話しかけたらいけないタイプじゃん。

 それを聞いてうなずいている探偵。そのしぐさは何を意味するの?

「ひとつ、訊いてもいいか」

 え、この人大人にもその口調で行くのかよ。俺の前だからキャラ保ってるとか……ではないよな。こいつならほんとにやってそう。

「なんですかー?」

 おお、これが大人の対応。笑顔の裏に一瞬ピキッと怒りが走ったのがこちらからもわかった。しかし声色は先ほどまでと全く変わらずほわほわしている。すげえ。

「コートはあるか?」

 探偵は店内を眺めながら尋ねる。

「コートですか? でしたらこの辺に…………こちらになります」

「……これだけなのか?」

「申し訳ありません、こちらで全てとなります」

 なんだこいつ、コートが欲しかったのか? そんなの今見ることじゃないだろ。あと何時間もあるわけじゃない。そんなことしてないで早く他を当たらないといけないんじゃないのか?

「わかった。協力感謝する」

 探偵はそう言うと店を後にした。さらにこのフロアの奥に歩いていったので、見失わないうちに俺も追う。さっきの店員がしょんぼりしたようにレジに戻っていく。すみませんねなんか。俺が軽く謝るように会釈をしたのに店員は気づいたらしく、レジを飛び出してきた。

「あれ、お知り合いですか?」

「ええまあ……」

「そうなんですか。その……あの容姿は一体……?」

 訊いちゃうかそれ。

「ああ、あれは……」

 どうしよう、いい答えが思いつかない。なんて言えばいいんだろう。

「もしかして、そういう趣味の方なんですか?」

 と、ここは店員の側から先手を打ってきてくれた。

「ああ、まあ……そんなところですかね」

「なるほど……」

 店員は自分に言い聞かせるように大仰にそう言うと、もう一度深く息を吸い込んで、

「頑張ってくださいね!」

 突然手法を変えてきた。

「は、はい……」

 なんというか、接客業の難しさを垣間見た気がする。デパートにはたくさんの店があるし、来るものを拒むわけにもいかないので、どうしてもこういう変な客は来てしまうだろう。来させないのではなく、来てしまったときにどのような対応をするか、それが大事になってくるはずだ。

 店員が仕事に戻ったので、俺も元のように彼女の姿を追いかける。が、見える範囲にすでにその姿はなかった。俺はとりあえず確実に通ったであろう通路を進む。

 しかし。

「あいつどこ行ったんだよ……」

 どこにもその姿はなかった。このフロアは一周してしまったけど見つからず、先の見えない不安にかられる。さっきの店員がにこにこしながらこちらを見ている。その目はなんだ。

「上か……」

 こうなるともう上の階に行ったとしか考えられない。どんな思い付きにも沿って行動しちゃうらしいし、俺はそれに何時間も振り回されてきた。もっとも、そろそろ理解してきたつもりだったが。この辺が彼女の彼女たるゆえんなのだろう。

 エスカレーターの右側を全力でかけ上がる。もしかしたら警報音でも鳴り出すんじゃねえかって思うくらいに全力で走った。

 三階のフロアは若い女性でいっぱいだった。今日はクリスマスの前日である前に祝日だから、このように買い物に来る客も少なくない。

 その中を縫うようにして進む。何、あんな服装こんな人混みでもわかるだろう。

 ……が、それでも見つからなかった。またフロアを一周した。どこかですれ違ったのかもしれない。荒れた呼吸をしっかり整えて、とりあえずまた辺りを見回した。が、たくさんの人混みに紛れてもうどこにいるのかわからない。探す気も失せる。

 こうなったら聞き込み調査するしかない。今日身に付けた技だ。

「すみませーん」

 俺は一番近くにいた女性に声をかけた。その人は驚いたように振り向く。

「な、なんですか……?」

「探偵みたいな人見ませんでした?」

「探偵?」

「あの、鹿撃帽にベージュのコートとかいう、いかにもって感じの……」

「ああはいはい、見ましたよ。多分エスカレーターを上がっていったと思いますけど」

「そうですか、ありがとうございます」

 俺はそう言うと、エスカレーターに向かう――ところで呼び止められる。

「彼氏さんですか?」

 その問いに、俺は少し困りながら答える。

「いや、助手みたいな感じです」

「えっ、本物の探偵さんなんですか?」

「どちらかと言えば本物ですね」

「それはどういう……」

「すみません、ありがとうございました」

 なんか長くなりそうだったので切り上げる。若い女の人ってよくこんなに話し続けられるよな。他愛もない話を何時間もコーヒー一杯で話すんだからすごい。

 四階も洋服屋ばかり。そしてまた女性向けの店ばかり。うーん、一体何をしにここに来たんだ? いつからショッピングタイムになったんだろう。

 しばらく歩いた。また人混みを歩かなきゃいけないと思うと気分が乗らなかったが、それにしてもこの階で見つからなかったら本当にどこにいるかわからない。しかも四階より上には洋服を扱う店があまりないから、洋服探しならこの階で決着をつけるはずだが……

 とかなんとか考えていたら、とある店の前で決着はついた。もう見慣れてしまった服が目の前に立っていたからだ。

「ったく、どこ行ってたんだよ。俺ずっと探して――」

 そこまで言って、異変に気づいた。探偵の前に一人、男が立っていたのだ。中肉中背、黒ずくめの服にブランドもののバック。

「あっ」

 なるほど、ほんとによく見る三十代の人だわ。こんなどこにでもいそうな人を今までずっと見つけようとしていたのだからそら難しいわ。

「関根隆幸さん、でよろしかったかな」

 

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る