2-2
俺はその後もひとりでゲームをしていた。どうにも防御が弱すぎるので、その点を少し考えていたのだ。やはり原因は装備なのだろうか。それともプレイヤースキルなのか。
いかにせよ、あの洞窟を攻略できない限りは先に進めない。どうにかして強くならないと……
それにしても、さっきのあゆみさん、個性的な人だったなあ。なんていうか、単純にネトゲをしているだけではないというか、信念を持ってやっているような気がする。
「まあ、たかがゲームだけどね」
誰も起きてこないし、俺は静かな部屋で一人呟く。たかがゲームでそんなに熱い人生論を語ってもどうにもならない。ゲームなんてプレイヤーの顔が見られないんだから、二個でも三個でもたくさんの人格を使い分けようと思えば使い分けられるし、顔と顔を付き合わせての会話が苦手な人だってこっちではガンガン話したりするもの。
とりあえず、防御力を何とかしなくては。俺は新たなクエストに旅立つ。防具系のドロップが多いという噂のエリアに転移する――
その時、視界が歪んだ。足がついていたはずの地面はどこかへ消えてしまい、どっちが上でどっちが下かもわからなくなる。見回すと雑多な光がぐるぐると回っている。無重力状態のようにぷかぷか浮いた俺の体は、まっすぐにどこかの一点に向かう。そこは真っ黒で、一切の光がなくなっている。まるでブラックホールのよう。そこには光もニュートリノも物質も時間もなく、本当に何もない、無の世界だった。
俺はどうしたものか自分でそこに泳いでいった。なぜかはわからないけど、体が勝手に動いた。
全身の力が抜ける。あぐらをかいてゲームのコントローラーを手にしていた体勢のまま、俺はどうやら空中に浮いたらしい。なるほど、わからん。俺は肩関節を限界まで伸ばして、何かを掴もうとした。
「えっ」
次の瞬間、俺は視界を黒色に奪われた。真っ暗だった。俺は仕方がないので目を閉じた。それが最後の記憶。
遠くから何やら喧騒が聞こえてきた。わいわいがやがや。俺は重たいまぶたを上げるか否かを数瞬考えた。明らかに気温が低いのはここが屋外だからだろう。
しかし、やはり目を閉じたままでは何も始まらない。どこに何があるかとかここがどこなのかが他の感覚でわかるほど鍛えてないし。
徐々に。薄目から半開き、そして右から。そーっと。
まず目に飛び込んでくるのは黒山の人だかり。喧騒を作り上げていたのはこれが原因なのだろう。
そして目の前には私鉄の駅が。右を見れば大都会の街が開けている。
なるほど。
「横浜駅か……」
横浜駅。全国屈指の乗降客数で有名な駅だ。また日本のサグラダファミリアとしても有名。
よくこの駅は使っている。学校の立地の都合上遊ぶなら横浜近辺を使うのだ。
なるほど、つまり、出会いを求めている女性が横浜駅を待ち合わせ場所に指定して、俺がそこに転移されたのか。
なんの前触れもなくこんな人混みに人が出現したにもかかわらず、周りの人はおとなしかった。一人や二人叫んでもいいと思うけど。もしかして日常茶飯事なの? いやまさか。
駅ビルのコンビニの裏側に現れた俺は、とりあえず周りを眺めることにした。誰に呼ばれたんだろう。そっか、女子高生とは限らないもんな。大人はサンタさんの適用外だと思うから普通に考えて高校生以下だと思うけど。
まず左を見た。真横にはさすがに誰もいないので、奥を見る。なんか探偵の服みたいなのを着た人が壁に寄りかかって待ってるけどあれじゃないよな。俺今事件に関与してないし。いや、こうやってどっからともなく現れて来たのは事件性ありそうだけど、あの人が求めてるのはそういう事件じゃないはず。
右は誰も人を待っていなかった。職場に急いでいるであろう社会人や、クリスマスなのに部活に出掛けるであろう高校生、はたまた家族連れなどさまざまな人がいたが、一人で誰かを待ってるような人はいなかった。そもそも人の往来が多いのがこの通路で、待ち合わせには適していないのだ。
もちろん前にも誰もいない。サンタさん、なかなか考えて俺を転送したんだな。
となると……
「……嘘だろ」
え、あの探偵が俺の一人目の彼女候補ですか。マジかよ、参ったな。
しかしサンタさんや、何か目印を用意してくれよ。この人探しいくらなんでも難易度高すぎでしょ。
「めちゃくちゃめんどくさそう……」
話しかけて大丈夫なのかな。いやでもあの人と限った訳じゃないし、もしかしたら南改札じゃないのかもしれないし。横浜駅には北、中央、南の3つの改札がある。しかもこれはどの鉄道会社の横浜駅なのかもわからない。四つ乗り入れている私鉄の横浜駅だったらもっと難易度が上がる。たまたま俺は南改札のここに放り込まれたのであって、実は、って可能性もないわけではない。そうなればつまり、あの探偵もどきは俺の相手ではないということになる。普通の、普通の人がいい。
わずかな可能性を信じて足を動かす。
が、俺がこの場を離れるより、鹿撃ち帽が右目の隅に入ってくる方がワンテンポ早かった。踏み出した右足をもとあったところに戻す。あきらめてその顔の方を向いた。
「おお、やっぱり君か――」
探偵は何か企んでいるかのような、それこそ犯人を言い当てるときにでも使いそうな表情で口を開いた。
「な、何の話?」
「何って、あれだよ、クリスマスプレゼント」
波の音が聞こえた気がした。いつの間にかここは崖の上になっていたらしい。
「私は後藤翠。探偵さ」
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