第二章 見た目は探偵
2-1
窓とカーテンを閉めた。冷えた空気は徐々に暖かくなって、またいつも通り快適な空間に戻るだろう。俺はとりあえず自分の部屋から出てリビングに戻る。
サンタさんがクリスマスプレゼントで彼女をくれるらしい。
なるほど、一言これだけなら全く夢のある話だ。駅で出会って話しかけたり頑張った末に彼女を得る白崎のようなやつもいるが、そもそも出会いがないんだから話にならない。そういう人は婚活パーティーとか合コンとか出会い系サイトとかに手を出していくのだろう。
しかし、これは話が違ってきたな。なんの努力もしていない、ただのお願いだけで彼女がもらえるのだから。
いや待て、彼女がもらえるのは何も努力せずではないか。明日本当に女の子と時間を過ごすのならそこでいい感じに持っていかないといけないってことか。なるほどね。
いやはや、チャンスをいただきましたよ。明日は12月23日。明日ゲットしてしまえばクリスマスもぼっちを回避できるではないか。いいぞいいぞ。
期待に胸を膨らませる。こんなに楽しいクリスマスは小学生以来だ。ダメもとでも願い事とかしておくべきだな。今度からお賽銭を倍にしよう。
翌日。
目が覚めたのは七時ちょうどだった。俺はすぐに飛び起きて持てる全力のファッションセンスを活かして服を選ぼうとしたが、そもそも家ではジャージなので服がなかった。仕方なく二枚から一枚を選んで着る。ズボンはジーパンしかない。服くらい買っとくか。
しかし、女の子どころか男友達とも最近は外に出ていない。土曜は学校、日曜にはまんべんなく部活が入っているから、私服でどっかに行くということが少ないのだ。だから服も少なかったのか。
誰が来るかもわからない。当たり障りのないであろう黒いパーカーを着て、俺は時間の経つのを待つことにする。
朝ご飯を適当に用意する。祝日に朝早く起きるほど真面目ではない両親は、多分あと二時間は活動をしないだろう。今日は部活もない。起きる理由がないのだ。
食パンを焼いて食べる。なんとも言えない朝だが、俺はこのタイプの朝食が一番早くて簡単だと思っている。食パンくわえて遅刻とか一度やってみたいものだ。男に需要はないか。
朝のニュースは特にない。今日最終回らしいドラマの出演者がアナウンサーと談笑している。
「ごちそうさまでした」
所要時間五分の朝食を済ませ、俺はもう一度ベッドに潜り込んだ。冬の朝は寒くて嫌だ。
8時になったかなってないかくらいだろう。俺は布団の中でゲームを始めた。うん、さすがに早く起きすぎたね。
ゲーム機の電源を入れて、一週間前に買ったRPGを起動する。
「あっ、今日ドラゴン戦か……」
昨日セーブしたポイントは洞窟の前だった。この奥を進むと期間限定イベントであるドラゴン戦が待っていて、レアドロップが期待できるものとなっている。
「パーティを組まないとな」
ここは二人一組となって討伐を進める区間だ。俺が募集をかけると、すぐに一人から申請が来る。あゆみ、という名前らしい。
「光属性の回復職か」
洞窟のドラゴンは闇属性。ゆえに弱点は光だ。俺も対闇属性用の装備に身を包んでいる。騎士職なので回復がつくのはありがたい。意外とここは攻撃力で特攻するのが攻略法らしいんだけど、いくらなんでも博打過ぎる気がしていたのだ。
パーティ申請許可。
『よろしくお願いしますー』
「速っ」
パーティ結成から挨拶まで二秒とかからなかった。
『よろですー』
『パーティありがとうございます! ずっと許可されなくて……』
なるほど、そういうことか。大分前から申請し続けてたのだろう。で、フラれまくっていた、と。それなら確かにすぐ挨拶する理由もわかる。
『やっぱり、回復職ってここだといらないんですかね??』
『そうですね……ウィキにそう出ちゃってましたから』
『やっぱりそうだったんですね……』
女性アバターだ。可愛い系の装備を基本に身に付けているが、別に弱いわけではない。
「ネカマかなあ……」
なんか最近女性アバターに対する不信感が半端ない。この前パーティ組んだ人なんて『よろしくですー♪』みたいに♪を多用して来る話し方だったのに一人称俺だったし。ちょっと、うん。いやまあ画面越しの人に期待する俺も俺なんだけど、もうちょっとこう、せっかくなんだから色々統一してやりきろうよ。
『あゆみさんは何時までいられますか?』
『あっ、ちょっと用事があるんで、三十分くらいで落ちます。すみませんです』
『あ、いえいえ、こっちもそれくらいで落ちるんでちょうどよかったかもしれないですね』
『そうなんですか! ですねー。じゃあ始めますかー!』
『了解です!』
俺はそう送信すると、目的の洞窟に転移する。
『わっ、くわさん強いんですね』
洞窟に入る前、そう話しかけられる。ステータスを見られたのだろう。まあ確かに最初に確認するよねそれは。あらためて評価されると恥ずかしいんだよな。課金してないからちまちま拾ったやつばっかだし、攻撃力ばかり上げて防御力は皆無なので、回復職を味方につけておいたのだ。データ的には三回攻撃を受けただけで死んでしまう。
『まあ、攻撃だけですけどね』
『いえいえ、こういうその道のプロって感じの人、かっこいいなって思ってるんです』
『そうですかね』
そう言いつつ俺も彼女――見た目は女の子なので――のステータスを見る。なるほど、回復以外はゴミのような装備だ。攻撃力200台はこのゲームにおける初期装備レベル。そもそもヒーラーの武器は攻撃力に欠けるが、それでもある程度合成したりすれば変わってくるものだ。しかしこの装備は防御とか回復の魔法に特化したもので、レアリティこそかなり高く、それはそれで需要があるが、まあなんと言ってもパーティメンバーが死んだらそれまでというものなのであまり使われない。やっぱり自分が最強の世界に行ってみたいと思うからね。
『あゆみさんも魔法に突出してるじゃないですか』
『ええ、そうですねー。できる限り頑張ってみた結果です。ドロップだけで何とかしたらこうなりました』
『なるほど』
しかしまだ発売一週間だ。俺は一日五時間を費やしてここまで来たが、彼女も同じくらいやりこんでいるはずだ。なぜなら俺が五時間休みなくレベリングとクエスト消化に時間を費やしてきたからだ。一切他のことをせず淡々と続けてきてこの装備。彼女の武器はレア度が高いので、ドロップするまで時間がかかったことだろう。
『じゃ、入りますか』
『はーい』
クエスト開始。
結論から言うと、倒せなかった。
原因は俺のヒットポイントが予想以上に低かったことだ。どうやら対ドラゴン用の装備を身に付けないと何倍かにダメージが膨れ上がってしまうらしい。運営め、課金させに来たな。
『すみません、遅れたかもしれませんです』
『いえいえ、俺の防御力のなさが原因ですから気にしないでください』
『すみませんです……』
彼女のアバターが頭を下げる。エモーション機能だ。俺も一応頭を下げておく。
『あっ、時間です。すみません、ありがとうございました』
『あっ、はい。おつかれさまでしたー』
『あれ、このイベントっていつまででしたっけ』
『今日の夜六時ですね』
『そうですか、ありがとうございます!』
そう言うと、画面にフレンド申請の文字が。許可っと。ボタンひとつで友達になれる優しい世界になりましたね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます