1-4

「サンタクロース?」

「そうだよ。サンタクロース」

 なるほどねえ。

「あの、赤い帽子に赤い服、所々白くてふわふわしたものがついてるからだいたい予想はしてたけど、俺が訊いてるのは今日のコスプレのテーマではなくて、本当の名前なんだけども」

「いやいやいや、だから私はサンタクロースなんだって」

 うーん困ったな。コスプレのキャラを維持しているのかガチで自分はサンタだと思っているキチ○イなのかよくわからない。こういう人を俗に話の通じない人というが、本当に話が通じないのだから困る。

「人違いかな……」

 自称サンタはポケットから紙を取り出すと、そこにかいてある文字を読み上げる。

「神奈川県――――で合ってるよね」

「なるほど、正解は不審者だったのか」

 住所が流出している! これはひどい。ダイレクトにひどい。警察に通報していいんじゃ。

「不審者言うな! サンタさんだよサンタさん。血沸き肉踊るでしょ?」

 血沸き肉踊ったらあんた殺されてると思うわ。

「えー、まだ疑ってるよー。じゃあどんなお願いをされたか教えてあげるよ。思い出してね」

「うぃーす」

 これでどちらがいけないかがわかるだろう。俺はなんのお願いもしてないし、サンタさんが家の前に召喚される理由もない。


「12月22日。桑原誠くんのお願いは、『彼女がほしい』ですね」


 背筋がぞわっとした。聞き覚えのあるフレーズだった。

「もう、学校とかでお願いしないでよ。住所特定するの大変だったんだからねー」

 彼女がほしい、学校。思い当たるフシが……ある。

「えっ、もしかしてだけど、白崎に言われてダメもとでお願いしたあれ?」

「そうだよ。あれ」

 えー、サンタさんってほんとにいるんだ。サンタさん彼女がほしいですってお願いするとほんとにいいことがあるとは。なるほどねえ。

「って理解できねえな」

「なんでよ」

「順に言おうか? ひとつ、サンタさんが存在する。ひとつ、呟いた程度のお願いがあなたに届く。ひとつ、あなたがここにいる。以上より導き出される結論は」

「結論は?」

「――あなたは不審者だ」

「不審者扱いなの!?」

 不審者だろそりゃ。

「わかった、全部説明するね」

 コホン。ひとつ咳払い。

「私は、彼女ほしいってお願い担当のサンタさん。日本で彼女ほしいってお願いを受けたら、12月22日にその人――分かりやすく言えば依頼人さんのお宅を割り出して、そこに向かうの。桑原くんで何人目だろう……でも、十人は越えてると思う」

「なるほど」

「おっ、わかってきたかな?」

 そういう振りでもしないと話が進まないんでね。

「私は出会い系サイトの人間版みたいなものなんだけどさ」

 ものは言いようだな。

「桑原くん、君には明日、三人の女の子と順番にデートをしてもらうよ。午前、午後、そして夜。君と同じように彼氏が欲しいってお願いする女の子もいるんだよ。その子たちからランダムに選ばれた三人と一日を過ごすの」

「それってどういう?」

 ひゅー。冷たい風。

「寒っ」

 両腕を胸の前でクロスさせて露骨に寒がるサンタさん。

「その服って温かいんじゃないの?」

「なわけあるかい。コスプレ用なんだから適当だよその辺は」

 コスプレ用なのかよ。

 しかしあれだ、曲がりなりにも女の子を外に放置している格好になってしまっている。窓を開けっぱなしにしてるからこっちも寒い。

「じゃあ、とりあえず上がって」

「おっ、気が利くねえ」

 サンタさんが窓から入って今まさに子供に夢を与えている。しっかり靴を揃えて外に置く。マナーがしっかりしていて教育によろしいサンタさんだ。

「よいしょっと。寒いね」

「あんたと窓開けっぱで喋ったからだよ」

「私のせいなの?」

 200パーセントそうだと思うけど。

「で、どこまで話したっけ」

「三人と過ごす」

「そうだった。具体的に言うと、明日12月23日、朝9時に桑原くんはまず最初の女の子のところに召喚されます。女の子が決めた集合場所に、私が男の子たちを一人ずつその場所に転送して、それで四時間デートしてもらいます。13時で次の女の子へ。17時に次の女の子へと転送するの」

「デートしてもらいますって、何も考えてないんだけど」

「そんなの今から考えなよ」

「いやいやいや」

「なに、彼女ほしいんじゃなかったっけ。デートコースの一つや二つ、すぐにパッと思いつかないと、彼女が仮にできても飽きられちゃうよ? できた後どれだけ維持できるかも勝負なんだから」

 悔しいがごもっともだ。

「でもまあそれは女の子も考えてるだろうし、いざとなったら相手の子のコースに乗っかればいい。同じコースを三回とも回ってもいいんだし、気楽に考えなよ」

「なんか上から目線なのがムカつくなあ……」

「だってこういうの見てるのってすんごい楽しいんだもん」

 そりゃわかるけどさ。

「誰が最初の相手なの?」

「それは言えない」

「なんで?」

「言っちゃったら面白くないじゃん」

「いやいや、出会い系サイトなら趣味とか年齢とかわかった状態で会いに行くでしょ。いくらなんでもそんな何も知らない状態で行ったって」

 俺の言葉に、彼女は澄んだ目で答える。

「私ね、趣味が合う人とだけ付き合うのって、なんか違うと思うの」

 部屋に入って以来正座をしていたが、その足を若干崩すと、彼女は息を吸う。

「好きになるっていうことはさ、その人のいい面はもちろんだけど、悪い面までまるごと好きになるってことなんだと思うの。一緒に過ごしてて楽しいっていうならそんなの友達レベルでいいわけ。それなのに、恋愛関係になるっていうことは何か特別な感情が芽生えてるってことでしょ。それってさ、その人が同じ趣味を持ってるからなのかな?」

 彼女はさらに続ける。

「私はね、そうやってひとつの共通点だけで彼氏彼女になるのが気にくわないの。だから、そういうのを越えた恋愛っていうのがいいと思ってるの。だから、私はそういう情報を訊かないの」

 まっすぐだった。彼女の瞳は様々な方向を向いたが、俺の目をまっすぐ見るときは、俺の中身全てを射抜くような、まっすぐな視線を受けた。そうか、彼女は本当に、真剣に考えてるんだって、そう思えた。

 でも、ひとつだけ疑問が。

「じゃあ、サンタさんは人と付き合ったことあるの?」

 これだけ信念を持った彼女には、相応の経験があるのだろう。彼氏がいるのは当たり前で、そこからどのステージまで登り詰めたのだろう。ヤリ○ンである可能性もある。

 しかし、彼女の回答は違った。

「いや、ないよ?」

「えっ」

「あるわけないじゃんよ。私が通ってるサンタさん学校は女子校だからね」

「サンタさん学校?」

「私たちサンタさんはサンタさんになるための特別な訓練を受けるために小中高とサンタさん学校に通うんだよ。サンタさんも広範囲をカバーしないといけないから、それなりの人数がいてね。しかも学校もいくつかある。私は家系が神奈川担当だからそれを引き継いで神奈川のサンタさん学校に通うの。各県に二、三校あるかな」

 サンタさんってそういうシステムだったんだ。先祖とか関係してくるのかよ壮大だな。

「でも神奈川は男子校と女子校が二校ずつあるだけで、共学のサンタさん学校はないの。ていうか、共学のサンタさん学校は過疎ってる地域に人数不足を考慮して作られるくらいだから、普通男子校か女子校なんだよね」

「なんで?」

「サンタさんって男女で仕事が全然違うんだよ。男の子は体力使ったり物のプレゼントを仕入れたりとかするから大変らしい。私たちはこういう気持ちとかのお願いを担当するかな。ていうか小学生の時はサンタさん来てたでしょ」

「来てたけど」

「何頼んだ?」

「いや、年齢と時代に合わせたおもちゃだったけど」

「あれ男の人たちがやってる。仕入れから配布まで。当日は女の子も手伝うけど、下準備は全部男子担当だよ」

 すごい、ただの社畜じゃないか。うわあ野球盤とか頼んだ自分はサンタさんに迷惑かけたんだな。重いしでかいし。すみませんでした。

「そういうのもあって、男女で別れてた方がそもそも教育しやすいから、元から分けちゃってんの。で、一応横浜と秦野に女子校があって、横須賀と小田原に男子校がある。学校間が遠いから交流もない。だから男の子とは喋れないよ」

「なんか残念だな」

「桑原くんも男子校じゃなかったっけ」

「情報化社会の闇だね」

 なんで知られてんのさ。やだやだ怖い怖い。

「じゃあ似たような境遇じゃん。桑原くんだって女の子と会えないでしょ?」

「確かに」

 俺の通う高校は近くに女子校がない。あれば話は違ったんだけど、ないのでそういうパイプがない。

「そういうこと。私も一回誰かと付き合ってみたいなあ……」

 なるほど、彼氏いない歴=年齢の人がさっきの恋愛論を語ったのか。それはそれでなんとも言えないものがある。なんか……こじらせちゃったんだね。

「何その目は」

「いや、ねえ?」

「あーっ、なんかバカにしたでしょ! 自分のこと棚に上げて!」

「あーごめんなさいごめんなさい」

「何よ桑原くんも童○なんでしょ!?」

 なぜわかったし。

「図星!」

 サンタさんは俺を指差しながら笑う。爆笑だ。自分のこと棚に上げてるのはどっちだよ。

「とにかく、明日は朝9時にどっかに召喚されるから、それまでに起きて髪の毛とか服とか整えときな。今まで何人か寝てる状態で召喚された人見たけど、すごい変な感じになってたからね。パジャマだと寒いし、ちゃんとしときなよ。そいじゃね」

「え、もう行っちゃうのかよ」

「だって別の仕事あるし」

 ああなんか俺で十数人めとか言ってたな。

「頑張って」

 サンタさんはそう言うと、マンションの五階の柵から飛び降りた。びっくりして外に出た俺の目の前を、二匹のトナカイの引くそりに乗って彼女は夜空に消えていった。

 頬をつねる。どうやらこれは夢じゃないらしい。社会のレポートのネタが見つかってしまった。これはやらざるを得ない。サンタさんは夢じゃなかったってタイトルにしよう。はは、今日から僕もキ○ガイの仲間入りだ。

 そうだな、今起きたことを一言でまとめるなら……

 ――あわてんぼうのサンタクロースが、クリスマス前にやって来た、ってことで。

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