1-3
「ただいまー」
夜七時。俺は家に帰ると、まずベッドに倒れ込む。学生の一日の疲れというのは色々なものが混ざった疲れで、特に今日みたいに部活をやって来たりしてると、格段に疲労感は増すのである。
こうして着替えもせずに本能の赴くままにまどろむという至福の時間。この時間が一日で三番目くらいに好きだ。
十五分くらいこうした後、俺は夕食をとって自分の部屋に戻った。明日から冬休み。宿題なんてのは二週間後にまとめてやるとして、今日のところは部屋の整理でもするか。
机の上に無造作に置かれた教科書とか漫画とかを背表紙が見えるようにきれいに並べかえる。冬休みのお供になる本のドラフト会議だ。まあ教科書はドラフト外だな。
どうやら冬クールのアニメも面白いらしい。俺が読みきり時代から追っかけていた漫画のアニメが始まるので期待も大きい。
やれやれ、どうやらこの冬休みもアニメのオタクの典型例のような生活をするわけだね。何日もすれば冬コミが始まってしまう。今回は三日とも始発で行くことにした。
そういえば冬コミのカタログがこの辺に……あった。分厚すぎてカタログって感じが一ミリもしないけど、それだけこういう文化が人々に根付いたってことだよね。しかもここに来たくても来れないサークルもある。運と実力を兼ね備えた精鋭たちが集まるのだ。
そうそう。俺はこことこことここ……おっ、ここ壁サークルになってんじゃん。成長したなー。
「ってだめじゃん」
あぶないあぶない。片付けしてるときあるあるの片付けようとした本読み返しちゃって時間食われるあれになりかけてしまった。あぶない、二時間くらい軽く持ってかれるとこだった。
そんなこんなで三十分くらいがたったころだろうか、学習机は本来の用途を守って使えるようになった。漫画や教科書や漫画に包まれていたのが嘘のよう。なんということでしょう、消しカスひとつ見当たりません。
さて、と。冬休みに限らず長期休みの冒頭に俺がすることは決まっている。「宿題を机の上に山積みにして、それを眺めつつ静かにリビングに戻る」だ。
なまじ進学校の課題は膨大だ。多過ぎて提出期限が二月の始めに設定されている。許すまじ。本末転倒じゃねえか。
数学、英語、英語、国語、英語と机にのせて、いざ長考。これを年内に、これをギリギリにと大まかに構想を練っていく。どうせくたばる予定をたてるのは甚だ無意味で楽しいものだ。
社会の宿題のプリントが出てきた。レポート課題だ。「小論文対策」とか言って課されたこの課題、テーマが「夢と現実」だ。先生、これ社会ですから。
なんだなんだ、そろそろ実現不可能な将来の夢をやめろってか、現実見ろってか。十年後に八割の職業がなくなっているとされる現代に、夢と現実ですか。今の夢は将来の現実かもしれないだろ。
はあ、あれか。人生は夢だとかそういう話か。そういうことなら期末テストにあなたがつけた3点という現実も夢だってことで処理してくださいよ。
まあ、これはやらないかな。社会赤点になったって英語や数学じゃないし、そもそも3点てのは前のテストが80点だったからで、赤点を回避したために勉強しないで行ったからだ。つまり頑張れば赤点はない。仮にこの提出課題を出さなくて減点になっても大丈夫大丈夫。つーかネタが見つかんなかったら始まらないよ。ネタが見つかったならやってもいいと思うよ。書けるのなら提出した方が得だからね。
「夢、ねえ……」
夢。ドリーム。宝くじもドリームだな。将来の夢、または非現実のものも夢。宇宙人とかタイムトラベルとかそういうのも夢のうちに入るのか……
いや、やばい。考えが堂々巡りになってしまった。
こういうときはあれだな、もういっそ何も考えない。頭を冷やそう。あと二週間でネタがでなければゲームオーバーだ。それでいい。
冷やすといえば、昼間の時点で一桁だった気温は今どのくらいになったのだろう。相当寒いはずだ。冷やすにはもってこいだ。
机の後ろにある窓に手をかける。すでにこの時点でかなり冷たい。そういえば今日は一年で一番日が短い日だった。冬も佳境に入ってきたな。
右腕に一気に力を入れる。マンション特有の断熱性の高さが密閉度を上げて、開けるので一苦労だ。まあ寒いより全然ましだからかまわない。
マンションの廊下が目の前にあるので、いつもなら俺はカーテンを閉めたまま窓を開ける。不審者とかあるし。
だが、今日は何となく外が見たかった。もしかしたら夢ってのは外に転がってるんじゃないかって思った。
窓を開けたあと、北風で揺れるカーテンを開ける。
――実際、夢は外に転がっていた。
「おっ、なんだー、そっちにいたのか」
カーテンで閉ざされた外、マンションの廊下に立っていた、赤い影。俺に話しかけてくる。
「ってあれ、聞いてんの? こっちこっち」
飛び込んでくる赤色は、その帽子と、コートのような服だった。帽子のてっぺんと首もとには白色も見える。
「だ、誰?」
ごちゃごちゃになった思考回路と言語か色がやっと結び付いた。捻り出した問いが全てを物語っている。
「誰って失礼な」
長い金髪を北風に乗せてふわりとさせた女の子は、こちらに向かって笑いを飛ばしてくる。失礼な、なんて言われても会ったことないしそんな覚えもないのに、むしろ不審者はあなたなんですから。しかもその格好。
「だってお願いされたんだもん」
彼女は両手を寒そうにこ擦り合わせながら、さも当然かのように言う。
えっと……お願い? そんな記憶どこにもないぞ。まさか本物の不審者なんじゃ。
「えー、ほんとに覚えてないの?」
白い吐息とともに、彼女は続ける。
「どうも、サンタクロースです」
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