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白崎のその話は、しかし黙っておくように言われた。
どうやら話が広まっていちいち対応するのがめんどくさいらしい。それはそれでタイミングを見計らって誰かにばらしてやろうと思ったが、そこは紳士たれ。俺は一人でイライラと格闘することにした。
今日の部活は今から一時間後。弁当を食べても時間がある。俺は白崎と二人で部室に一番乗りして、弁当を広げた。
「写真ある?」
俺はやっと色々なことを呑み込んで、一番訊きたかった質問をぶつける。
「あるよ」
「あ、あれね、加工とかしてないやつ」
「うるせえなわかってるよ。俺とツーショットのやつでいい?」
「いや、お前はいらない。切り取るか彼女さん単体の写真を用意してくれ」
「まっすぐだなあ」
と言いつつ白崎は携帯を操作する。
「はい、これ」
「どれどれ……」
そこに写っていたのは、栗色のショートカットの髪型に黒いリボンか何かのカチューシャを着けて、黒いコートの下にチェックのスカートを合わせた女子高生の姿があった。その表情はとても楽しそうで、幸せにあふれたというか、俺は到底勝てないレベルでリアルを充実させている人がそこにいた。
「これ……めちゃくちゃかわいいな」
「だろ!? こいつ声もかわいくてさ、アニメ声ってほどでもないんだけど、声優の野川さんいるじゃん」
「いるね。七色の声を持つといわれるあの野川さんね」
「そう。あれに似てるのよ」
優良物件にも程があるだろ。
「すげえ、よくお前捕まえられたな」
「ほんとそれ。あいつも女子校通ってるし、おんなじような状況なんだよ多分」
「なるほどねえ……」
俺は携帯を白崎に返す。箸ケースから箸を取り出して、やけ食いのように白飯をかきこんだ。
白崎と俺とは同じクラスだが、今日はあいつが掃除当番だったために別々にここに来ていたが、うちのクラスはとにかく帰りのホームルームと掃除が早くて雑なことで有名なので、部室にはほぼ確実に一番乗りする。今日も例外ではなく、恐らく次にA組が十分後に現れるだろう。早すぎだろ俺ら。
どうしよ。目の前の白崎は確かにイケメンではあるが性格がゴミなはずなのに。小学生みたいな行動をとる姿をよく見ている。今みたいにすぐ自慢するし。あ、でもこれ半年前からなのか。じゃあこれは粘った方だな。定期テストとかは二秒で自慢してくるのに。
はあ、もういい。いくら頭のなかで愚痴っても、俺はこいつに負けたのだ。彼女のいるいないは男子校の中ではその人の地位をエベレスト1個分くらい押し上げる。つまり天と地の差なのだ。
諦めた俺は携帯でアニメを見始めた。最近は録画して家で見なくても公式にインターネット配信されてたりするから、どこでもお手軽に見られるアニメが増えている。
「それ、面白いらしいな」
「そうなんだよ、これが今期の覇権になるのは間違いないな」
「だよなー、この渚ちゃんが一番人気だろ」
「そうだな。何せ声優が野川さんだもんな」
「野川さんなんだな」
「そうだよ。お前のせいで素直に楽しめなくなったけどな」
「それは野川さんに失礼だろ」
「ああそうだな。でもお前のせいだから謝るならお前が謝れ」
「なんでそうなる」
お前死罪なんだからな?
しかしあれだな、ほんとにアニメを捨てずに彼女を得たのか……これすごくないか? 彼女もアニメオタクだったなんてどういう確率だよ。
「クリスマスも近いし、サンタさんに彼女お願いしとけよ」
「悔しいがそうさせてもらうぜ」
サンタさんにお願いするだけで彼女がもらえるのなら何千回何万回とお願いしてやる。
「おいーっす」
「おっ、荻野じゃん」
と、ここでA組がやって来た。やはり二番手はA組だったか。
「あ、じゃあ黙っといてくれよ」
「うるっせえなわかってるわ」
俺は白崎に満面の笑顔を見せつけ、アニメに戻った。もちろん目は笑っていない。
「おっ、唐揚げじゃん、もらうわ。いただきまーす」
「あ、おい!」
荻野はいつもの位置に来るや否や、今日のメインを奪っていった。
「んー、お前んちの唐揚げはいつ食っても旨いわー! 肉汁っていうかなんていうか、総合的に旨い! 星三つです!」
「なんちゅうテンションだよお前」
「小テスト満点でした!」
週に十回くらいある小テストでいちいちそんなテンションになれるなら苦労しねえっつの。ちなみに僕はゼロ点。
「クリスマスが今年もやって来ますよ桑原さん」
練習が始まるとともに、荻野が言ってきた。世の中にはいくつかの地雷があるが、これはその中でもトップクラスに危険な地雷だ。特についさっき人間の不平等さを知ってしまった人間の前では。
「今年もクリスマス男子シングルですか?」
「ええ、十六年連続十六回目の出場になります」
「意気込みをどうぞ」
「えー、部活やって家帰ってアニメの無料配信見てネトゲしてクリスマスガチャ引いて徹夜ですかね」
「わーお典型的な男子シングルの戦い方ですね。一捻りも加えないのですか?」
「そうですね、定石で行きたいと思います」
「なるほど、クリスマス男女混合ペアには出場しない見通しですか?」
「そりゃまあもうそうですよー!」
「ですよねー!!」
はっはっはっ。
「荻野さんは?」
「僕も男子シングルでーす!」
「戦術は?」
「えーっと、家帰って寝まーす」
「変化をつけてきましたね」
「ええ、携帯も見ませんよ。メールは来ませんし、デートに行った知り合いのSNSを見る気はさらさらありません。間違っても見ないように最善を尽くします」
「なるほど、それが変化をつけた理由ですね」
「はい。自分の感情をコントロールするのです」
「なるほどー」
顧問がいない部活は気が楽でいい。俺に限らずほとんど全ての部員が適当に過ごしている。俺と荻野はサッカーに励んでいる。後ろでは数人でバレーボールをやってる。先輩はバスケやってる。何部だよ。
「クリスマスに彼女いねえとか生きる意味見失うわ」
「そこまでかよ」
「だって聖なる夜だぞ。聖なる夜ということは性なる夜でもあるんだ。つまり十六年間守り抜いたアレを効率的かつ確実に捨てられるんだ。大学生まで保守し続けるのは危険すぎる」
「それはそうだけども」
「ぶっちゃけ寂しいんだよなあ」
荻野はサッカーボール代わりのハンドボールを左手で拾い上げると、俺に向かって投げる。俺はそれをキャッチすると、慣れた動作で投げかえす。
「確かに」
俺の送球を両手でしっかり受け止めた荻野が、ゆっくりこちらにパスをする。
「ぼっちクリスマスかあ……」
いつもより格段に重い球が飛んでくる。俺はそれをなんとかキャッチすると、どこへというわけでもなく呟いた。
「せめてクリスマスだけでも……」
その呟きは、例えるなら小鳥の朝のさえずりのように、どこかへ溶けてなくなると思っていた。この大きな空が、無造作に拾い上げてくれるものだと勝手に考えていた。
でも、今回は違ったらしい。拾い上げたのは大空じゃなかったって気づいたのは、この何時間か後の話。
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