あわてんぼうのサンタクロース

奥多摩 柚希

第一章 サンタの正体

1-1

 12月22日。

 二学期の終業式が行われ、名実ともに明日から冬休みだ。二週間ほどの休みは主にベッドから起きたあとこたつでぬくぬくして、天皇杯やら駅伝やらを適当に眺め、年末年始の歌番組とかバラエティーとかを見ながら気がついたら始業式――みたいな感じで怠惰に過ごす予定だ。

 短いなあ……二週間なんてあっという間だ。夏休みの半分かそれ以下しかない。土曜日も授業あるし週休一日制なんだから、もうちょっとここ長くてもいいんじゃないだろうか。

 そんなことを考えながら、学校の敷地を歩く。グラウンドに降りる大きな階段に差し掛かったとき、後ろから肩を叩かれた。

「おっす、桑原」

「白崎か」

「うぃーす」

 彼の名は白崎隼人。同じハンドボール部員だ。ちなみに二軍。

「明日から冬休みだなー」

「だなー。寝正月待ったなしだ」

 単純に笑顔で答える彼だったが、その表情も次の瞬間には暗くなってしまう。

「……が、とりあえず部活だよなあ」

「そうだった……」

 部活。この高校にはたくさんの部活がある。野球、サッカーなどの有名どころから、アーチェリーなどの比較的珍しいとされるものまで様々だ。俺らはその中でも屈指のブラック部活であるハンドボール部に所属している。

 ブラックなのは、週ゼロの休み、顧問から罵声を受ける、そしてたまに情けでくれる休みも顧問の独断で消されるなどなど様々な所以があり、特に週ゼロの休みは慣れるまでに時間がかかる。もっとも、慣れてしまえば問題ないんだけど……俺もおかしくなったな。

 そんな集団が二週間もハンドボールから離れるなんて事態は全くもってあり得ない。学校が全体で休みの五日間を除いて毎日三時間の練習が設けられている。

「今日なんて気温一桁だぜ? 寒いしさ、手は満足に動かないし、もうどうすればいいんだか」

「サボればいいんじゃね」

「なんでわざわざ顧問の評価下げに行くんだよ」

 うちの部活は出欠確認が緩い。風邪とかで休むときもただ単にサボるときも、顧問に連絡を入れたりする必要がない。めんどくさいと言われれば確かにそうだ。しかし、記録には残らないが記憶には残っているので、なんで休んだんだとか突然訊かれることもある。そんなときは運が悪い。

「こう何日も部活に縛られてちゃ高校時代をパーにしちゃうよ。人生に一度しかないんだから、一番楽しいこの時期を一番楽しんでおくのがいいってわけよ」

「そう言われちゃ反論ができないけども」

「だろ? 俺にとって青春は部活じゃない。そりゃまあ甲子園とか花園とか行くんなら別だけどさ、プロを目指してる訳じゃないし、将来にも直結しないんだよなあ」

「お前……典型的な二軍思考だよな」

「悪かったな」

「別に」

 さっきちらっと出したが、俺と白崎はハンドボール部では二軍だ。ベンチに入るか入らないかとかそのレベルなのだ。だからめっちゃ部活やるとかそういうこともないし、お互いにお互いの足を引っ張りあっている。部活ものの感動秘話なんてのは一軍だけの話だ。

 そんなこともあるから二軍は考え方がくさっていくんだ。くさらず続ける二軍のやつなんていない。

「あと二日もすればクリスマスだってのに、こんなんじゃそういう年末独特の雰囲気も感じねえよ」

「それな」

 せっかく高校に上がってなにか楽しいことでも起こるのかと思っていたが、特になにもないようだ。何せ中高一貫校ではメンバーが変わらないし、部活も同じメンバーで続けるから、何一つ新鮮味がない。それは例えば謎の転校生とか、超高校級のプロ注目スラッガーとかが入ってこないということ。人数が動くときは赤点で進級できないとか色々あって退学とかのマイナスしかないのだ。

 人が変わらなければ雰囲気も変わらない。特に変わらないのは自分自身で、高校デビューとかするのはこの学校にはいない。そういうのをやるのは知り合いが誰もいない高校に進学したやつだけ。ここでやっても笑い者になるだけだ。

 さらに追い討ちをかける条件がある。それはここが男子校だということだ。

「そういや中学生の大会があったじゃん」

「あったね。いいところまで行ったやつでしょ」

「そうそう。あれの二回戦があったんだけど、前半で二十点差つけられて負けてたらしいんだ」

「は? なにそれ。でも勝ったじゃん」

「そうなんだ。相手チームの女子マネージャーがすんごいかわいかったらしくて、それに気づいた中二のエースが『その人の悔しそうな顔が見たい』って思って、一人でその点差を返したとさ」

「変態じゃねえか」

「変態の一言で片付けられるとも思わんけどな。才能の無駄遣いとでも言おうか」

 なるほど、バカなのか。

 男子校。その三文字は青春の運命を全てさらっていく。男子校とは男子限定の学校だ。男子しかいない。つまり女子中学生も女子高生もいない。華がない。朝起きる、学校行く、帰る、寝るまで女子と話をすることなど年に数えるほど。電子上の繋がりもなくはないが使わない。そんな感じ。

 つまり、出会いが消えてしまうということ。

 クラスに十数人、または学年で数えきれないほどいる女子という存在が、全くのゼロになってしまっている。なんてこった、出会いがなければ発展もしない。彼女どころか友達にもなれない。

 何が言いたいかって、もうすぐクリスマスなのに一緒に過ごす相手がいないってこと。

「クリスマスねえ……」

 ぽろっと。ちょっと出てしまった。口から出任せだったわけではない。意識とは無関係に、ぽろっと出た。

 彼女が欲しいとかは仲間内で何度も笑い合ってきた。半ば自虐的に、叶わぬ夢に対して不毛な議論を積んできた。だから別によくあること。

 それでも、今日だけは、今回だけは失敗だった。まさかこんな返しが来るとは思わなかったのだ。


「まあ、俺は彼女とデートだし」


 三秒前の俺と全く同じ口調で、白崎は言い放った。軽く、さも当然かのように。

「お、お前……」

「ん?」

 俺は自らの耳を指名手配して、確認の証人喚問を行う。

「今、なんて言った?」

 被告人は階段を降りきって、人工芝のグラウンドに差し掛かったところで口を開く。


「だから、デートなんだって。彼女と」


 俺は人工芝をかつてないほどの全力で踏み潰した。靴底でずりずりやった。ついでに三本引き抜いた。ゴムチップを出来る限り掴みとって白崎に投げつけた。

「死ね!」

「何すんだよお前!」

「死ね! いっぺん死ね!」

「なんだなんだ、どうしたってんだ」

「どうしたもこうしたもねえ、ただ死ねばいい。または今すぐ呼吸を止めろ!」

「ちょっとどうしたんだよお前、おかしいぞ」

「おかしいのはお前だ! ほんの最近まで彼女の影なんてこれっぽっちもなかったじゃねえか! 騙したのか!?」

「騙したんじゃねえよ別に。ただ、ほんとに最近できたんだよ」

「いつだ?」

「半年前」

「そこそこ付き合ってんじゃねえか!」

 そしてこいつは二週間前くらいに彼女なんていないと言っている! この嘘つき野郎が。

「騙したわけじゃねえって、だってそんなこと……言った?」

「言ったよ!」

「どんな風に?」

「『彼女なんて、出会えもしねえのにできるわけねえ』って言ったろ!」

「あれはその場の流れに合わせたんだよ。あん時は桑原が彼女できねえって言ったから、その感じに合わせてあわれみをこめて言ったんだ」

「俺への忠告だったのかよ」

「そうだよ」

 なおさらムカつくやつだなお前。

「え、どういう関係のやつ?」

「小学校の時の知り合い」

「きっかけは?」

「駅で会って一緒に帰ったときに意気投合」

「何で意気投合したの?」

「好きなバンドが二人とも一緒だった」

「他には?」

「それだけ」

「おっけ、死罪」

「なんでだよ!」

「おお詳しく罪状を知りたいか。全く好奇心旺盛でよろしい。ひとつ、駅で女子高生と会って喋る。ひとつ、一緒に帰る。ひとつ、そこから付き合うまで持っていく! 裁判長は死刑を求刑する! はい即執行死ね!」

 俺は持てる全ての力で白崎を突き飛ばした。割りと吹っ飛んだ彼の身体は足元から崩れて人工芝に倒れる。

「何すんだよ!」

「はあ……君はやってしまったことの重みを理解していないようだが……男子校で彼女がいるのは巨人側の応援席で阪神を応援するようなものなんだ。つまりタブー。君はそれを犯してしまったのさ」

「なるほど、確かに俺もそのようなことを考えていた時期もあるが、しかし俺は気づいたのだ」

 白崎は大空を見上げる。この場の全ての元素を仰いで自分のものとしようとでも思っているかのような、はたまた自分が軸となって地球を回しているかのような、とにかく大きな態度だった。


「――リア充こそ至高」


 その言葉は、俺の口をひきつったように歪ませるのに十分すぎたセリフで、かつ、心をコンパクトにえぐってくるものだった。

「お前とかその他もろもろが彼女ほしいとかわめいている間に、俺はかわいいかわいい彼女と映画も観に行ったし遊園地も水族館も行った。お互いの家に泊まりに行ったりもしたし、もう二回経験済みだ」

「なっ、お前、俺と一緒に30まで童○守って魔法使いになろうと誓いあった仲じゃないか! 何が『経験済みだ』だよ!」

「はあ、これだから○貞はダメなんだ」

「なん……だと……」

 白崎は俺を見下すような視線を飛ばす。

「合法的に女子高生の身体を触れるのなんて今しかないんだよ」

「へ、変態だ!」

「なんてこと言うんだ、今までに感じたことのない快感だったぞ。あ、もう俺この為だけに生まれたんだなって」

 くたばれヤリ○ン野郎。

「どうだ桑原、お前は何か青い春を感じるものはしたか? もう高校生活も3分の1、受験も考えたら残りわずかだ。そんな中で、世の中にはもう何度も女子高生と愛を確かめあっているやつがいる中で、お前はなんだかよくわからない画面の中で美少女が踊るアニメに没頭している。そんなんでいいのか?」

「うぬぼれるな! お前だって前はこちら側の人間だったろ!」

「そうとも。むしろ今もアニメオタクは続けてるしオタ芸は打てる」

「なっ、アニメを捨てて彼女を得たのではないのか!?」

「そうだ」

「どういうことだ! 普通こういうのは女子目線から考えると気持ち悪い部類に入るのは重々承知している! だから捨てたんだと思ってたんだが違うのか!?」

「そうさ。彼女もアニメオタクだったのさ!」

 優良物件だ!

「一緒に映画も観に行ったよ。お前に誘われたあの萌えアニメの劇場版をな」

「なん……だと……」

「悪いがお前の誘いは断らさせてもらったよ。同じ日にあいつと観に行く予定だったからな」

 今明かされる衝撃の真実!

「なあ? 趣味が合うっていいことだよ。しかもあいつイラストレーター志望だからめちゃくちゃ絵うまいし」

 優良物件すぎる!

「とにかく、俺には彼女がいる。クリスマスも余裕で一日デート。浦安に行ってきまーす」

 白崎はおのろけ前回のにやにやスマイルをぶつけてくる。俺はその顔をめがけてまた地面のゴムチップを全力で投げつけた。

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