3話 もしも俺の妹が中二病だったら
ぼんやりとした意識の中、突然目の前が明るくなる。
「...我の本当の力を見せる時が来たようだのう...いいぞ!我が魔法にひれ伏すが良い!」
そんな中ニ病ちっくなことを言っているやつが目の前にいたのではただ立ち尽くすのみだ。しかも意識がはっきりとした直後にこれとは、度肝を抜かれた。
「ほう...お主も我の本当の力を目にしたいか...」
「...どしたの?」
さすがに俺の妹がこんなことを言ってては心配になってくる。
ホントに、どしたの?
○○○○○○○○○○○○○○○○○
「そんで、我の本当の力とか言うのって、どんなのなんだ?」
中ニ病を経験したことはないが、こういう言葉に惹かれる。これも一種の中ニ病なのだろうか?だとしたら、この世の男の子全員が中ニ病かもね。俺の知る限りでは。
「我の本当の力...それは、この世を滅ぼす力...そんな力を、お主は望むか?」
「ああ。ぜひとも見てみたいねおまえみたいなやつが世界を滅ぼすところを」
こんな容姿をしていたら、世界滅ぼす以前に周りの目に滅ぼされるぞ。てか、この場合、俺も滅ぼされるわ。俺の妹だってバレたらそりゃあ兄の責任になっちゃうでしょ必然的に。
「あう...!お主、なかなかやるのう...なれば勝負!我が爆裂魔法を止めれる者はこの世に存在しない...なれば!我の爆裂魔法こそこの世一の魔法...つまり!最強!」
「おまえの脳内メンタルも最強だな。そこだけは褒めてやるよー葵ちゃん」
「なっ!それは我の名のことか!?我はそんな異名をもってなどおらね!なれば今ここで我の本当の名を教えてやろう...」
ほほう、どんな名前が来るのか楽しみだぜ。ちなみに、我の異名は『聖なる引きこもり』(ホーリーウィズドロウ)。なんかかっこいいな。
「我の名は...」
...君の名は?
「我の名は、星屑の皇帝(スターダストエンペラー)!」
だっせぇー!なんだよそれ!おまえ、皇帝なの!?そんないかにも魔女みたいな格好して!?
俺の妹なのにこんなに痛く思えてしまった...我ながら不覚!
「はぁ...そんで、その爆裂魔法とやらはどうやって出すんだ?」
「くっくっくー、そんなもの我が命をくだせばいつだって出せるのだぞぅ...」
「へぇ...それじゃ出してー」
「へ?」
おい、素でてんじゃん。ダメだろ、素だしちゃ。
「それよりもブラザー、今日は何をする?」
「ブラザーとか言うのやめとけ。そこはお兄ちゃん♡みたいな感じで言って欲しいからなー」
「お主、大丈夫か?」
「おまえにだけは言われたくねーよ!」
ダメだこいつ、早く何とかしないと...俺までおかしくなりそうだ。
○○○○○○○○○○○○○○○○
しかし、なぜいきなりこんな中ニ病になってしまったんだろう?俺の記憶の中、と言っても、先日出かけた記憶が一番新しいのだが、その最中もなにか中ニ病がいいみたいなことや、中ニ病キャラの人が近くを通ったようには思えない。もしそうだったとしたら俺、絶対覚えてるもん。中ニ病って、すっごーく痛く見えるから!
とりあえず全国の中ニ病、及び中ニ病ファンの人に土下座をしておいて話を戻そう。
中ニ病になった原因。いくら考えても思いつかない。そんなことを黙って考えていたが、なぜか俺は自然と口にしていた。
「おまえ、何かあったのか?」
無意識だった。口が勝手に動いていた。口が滑ってしまった。それは違うか。
「くっくっく、愚問よ凡愚。我の真の姿がようやく表に出てきたのだと思っているがよい...そしてそれは事実だということも忘れるでないぞ...」
だーめだこりゃ。中ニ病治るまで聞き出せないやつだわこれ。もうお手上げー。
「てかおまえ、学校でもその喋り方なのか?」
「当然よ...これが我の本当の姿なのだからな...」
「あーはいはいわかりましたー。それで、何か言われたりしないのか?」
「そうだな...今のところは何も言われてないぞ...」
「そうか、それならよかった」
中二病キャラの人はクラスで浮きやすいから少し不安だった。しかし、ハブられていないようなので胸をなでおろした。
「それじゃ、学校行くか」
「ラジャー!ただ今より起動シークエンスに入る!」
「ちなみにそれは何分くらいかかるんですか?」
「ざっと二十分程度だ!」
「なげーよ!早くしろ!」
「いたっ!」
瓦割りならぬ額割を一撃。優しくしたのでさほどダメージはないだろう。
仕方なく俺が手伝うと、準備は五分くらいで終わった。
「おいおまえ、二十分は盛っただろ?」
「そ、そんなわけないっ!」
「動揺で普段の口調に戻ってるぞー」
「なっ!...こ、これは!...うぅ...」
「ほれ、早く乗れ」
下を向きながら無言で俺の後ろに乗る。
「それじゃあ、お捕まりくださーい」
そう告げ、地面を思いっきり蹴った。
〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇〇
「じゃーな。また放課後」
「くっくっくー、せいぜい足掻くがいい!放課後まで耐え抜くことができるかな!?」
「おまっ、俺の隣で言うのはやめろっ!」
昇降口を向いていたが、葵の言葉に思わず振り返ってしまった。
葵と別れ、教室に行くといつもより少し騒がしかった。が、その騒々しさも俺が教室に入るとピタリと止む。そして全員の視線が俺に向けられる。まーこれがぼっちの運命(さだめ)だな。
「おいおまえ、妹に変な事教えてるんだって?」
突然話しかけられた。
「...はい?」
「おまえの妹さん、いきなり中二病になったからさ。おまえが原因なんじゃないかって思ってさ」
「待て待て、なんで俺が原因なんだ?そこの説明を求む」
「ほら、今のだって少し中二病っぽかったろ。それに、おまえアニメ好きだろ?兄がしている事って意外と妹は見てるもんなんだぞ?アニメを見て感じたこと、それは妹にも影響を与えるってことをわかってるのか?」
「つまり、俺がアニメを見てるからいけない、そういうことか?」
「ああ。見るなら妹に見られないような場所で見るんだな」
「生憎、俺は自室で一人っきりの時に見てるんですが?」
「だとしたら何かしらの方法でバレてるに違いない。とにかく、おまえが可愛い葵ちゃんに悪い影響を与えてるんだよ」
「そっか、それは悪かったな」
俺は机に突っ伏す。これ以上聞いていると本来の俺でいられなくなってしまうような気がした。
「サイテー野郎め」
「ホント酷いよねー」
「あんな奴の妹になった葵ちゃんが可哀想に思えてくるわー」
「あんな奴、消えてしまえばいいのに」
はっ、言いたければ好きなだけ言え。俺の苦労も知らずに。勝手に勝者ぶってればいいさ。俺は勝負を受けた覚えなんてないからな。
腹の中が少しだけ熱くなったように感じた。
罵りは放課後まで続いた。そして遂には葵のクラスメイトと名乗る者まで現れては罵っていった。あなたのせいで葵はクラスで浮いている、と。
──もう、どうにでもなれ。俺の知ったこっちゃあない。
なんで俺が責任取らなきゃいけないんだよ?そんな義務どこにあるんだよ?
そうやって、どんどん俺は沈んでいった。
「ほれ、早く帰るぞ」
「了解した」
帰り道、同じ学校の奴の視線がやけに多いように感じたが、ただ、自転車を漕ぐことに集中した。
空は少し雲がかかっていた。夜には雨になりそうだ。
「着いたぞー」
「よくやった我が眷族よ。褒美としてこれを授けよう...」
そう言って手を差し出してくる。その中にあるのは
「...ありがとよ」
俺の好きな飲み物、ミルクティーだった。葵、マジありがと。
家に入ると俺は真っ直ぐ自室へ向かう。
っと、一つ言わなきゃいけないことがあったんだ。
「おーい葵、もう俺の部屋には入るなよー。なんか用ある時はドア越しに言ってくれればいいからー」
「了解した」
決めポーズをとっているのか、それっぽいポーズをしている。
「んじゃ、飯時になったら呼んでくれ」
そう言い残して再び俺は自室へと向かう。
部屋に入り、鍵を閉める。
──こんなところ葵に見られたら、生きてられない。
俺は今までなんとな踏ん張っていたが、もう限界だ。溜まっていたものが一気に流れ出す。それのせいで制服にぽつぽつと斑点模様ができる。
目から流れ出てくるものを制服の袖で荒く拭い、俺は視線を上げる。だが上げた視線もいつの間にか下を向いていた。もうどうしていいのかわからず、俺はベッドに倒れ込む。
イヤホンを耳に装着し、仰向けになって横になる。そのまま目を瞑ると、眠りについていた。
目が覚めたのはくしゃみをしたからだ。
「っくし!うー寒っ!」
外を見ると、既に日は落ち、闇に包まれていた。
なんのやる気も出ない俺はとりあえずカーテンを閉めて、ベッドの上に体育座りした。音量を一つ大きくして完全に一人の世界に閉じこもる。
しかし、その世界にいられたのはほんの五分ほど。
いきなり背中に柔らかいものが当たる感触がし、何かが身体を優しく包んでくる。
後ろを振り向くとそこには
「ごめんね、にいちゃん」
ロングヘアーで俺と同じ茶色い瞳をしている少女。八重歯がさらに愛らしさを引き立てている。
「お、おう、葵。何しに来たんだ...」
イヤホンを外して傍に置く。
「ご飯、出来たから呼びに来たの」
「それなら...ドア越しに言ってくれればよかったのに...」
「言ったよ。でも返事が無かったから心配になっちゃって」
「なら、荒くドアを叩いてくれればよかったのに...」
「そんなことできないよ。万が一、あたしの力でドアが壊れたらどうするの?」
「はっ、そん時はおまえが馬鹿力ってことを褒め称えるね」
「ばか......ごめんね」
「何さっきから謝ってんだよ...話し方も最近のおまえらしくないぞ...」
「そんなの、こんなにいちゃんの姿見せられたらできるわけないよ。それに、全て、あたしが悪いんだから。だから、泣かないで」
「泣い...て...なんか...ねー...よ...」
あれ。なんで俺、泣いてるんだろう。こいつの前では絶対に泣かないって決めてたのに。何でだろう。
「あたしでよければ、聞かせて」
俺の肩を掴み、方向を百八十度回転させられる。
葵と視線があった。俺は視線を逸らした。
「おまえには、関係ねーことだから。気にすんな」
「そんな嘘、つかなくていいんだよ。にいちゃんの顔見てれば、わかるもん」
「はっ、そんな適当なことで俺の傷が癒えたなら、世界中の人皆が幸せ者だろうな」
「これは、にいちゃんの妹だから、にいちゃんの妹にしかわからないことだよ」
「なっ...」
「伊達に十六年間兄妹やってないよ」
少し違う。俺の中ではだが。
「そうか。それで、俺が今、なんでこんなんになってるのかわかるのか?」
「あたしが、中二病だからだよ」
「......すまん」
「いいんだよ、あたしが興味本位で始めたことだし。でも、それでにいちゃんのこと傷つけてたなら、妹として責任を負わないと」
「...妹の責任は、兄が負うもんだ。だから俺から役目を奪わないでくれ」
「じゃあ、こう言う。......兄が負う責任は、妹も負う義務があるんだよ。これは妹ならば守らなきゃいけないことなんだよ」
「......そう...か...」
再び、目のあたりが熱くなるのを感じた。
「ありがと...う...な...葵...」
堪らず、俺は葵に抱きついてしまった。これほどありがたいと思ったことは今まで一度もない。
「一人で抱えることは、何も無いんだよ、にいちゃん。どうしようもない時は、あたしを頼って。そうしてくれると、あたしも嬉しいから」
「ありがとう...ありがとう...ありがとう!」
酷い顔をしていただろうなー。でも、そんなの気にしてる余裕は無かった。
「落ち着くまでここにいるから、落ち着いたら一緒に下に行こ?」
「ああ...ありがとうな」
ダメだ、ダメージ受けた後にこんなに回復魔法かけられたら、動けなくなっちゃうだろうが。それは、葵、おまえも同じだろ?
──やっぱり、妹っていいなー。
「よし、行くか」
「うん!」
俺の手が自然と葵の頭の上に乗っていた。
「ちょ、いきなりなにすんの!?」
「ああ、いや、何となくしたくなってな」
苦笑いを浮かべながら言った。
「まったくー。今日だけ特別だからね?他の日にやったらはっ倒すからねー」
そんな怖い笑顔で言わなくても......
でも、正直嬉しかった。葵に俺のことを認めてもらえた。それだけでよかった。
俺たちは下に降りた。
俺の涙の跡とその温もりだけが俺の部屋に残されていた。
もしも一人っ子の俺に妹がいたら タツノオトシゴ @Tatsunootosigo
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