2話 もしも引きこもりの俺がお出かけに行ったら
ぼんやりとした意識。刹那、明るくなり、意識がはっきりとしたものになると、そこには葵がいた。
「ちょっとあんた、大丈夫?」
「...ん、あー大丈夫だ。」
「ならいいんだけど。」
そんなやり取りを終えると葵は携帯をいじりだす。なんで今どきの若い人ってなにもすることなくなるとすぐに携帯いじっちゃうの?俺もだけど。
「あ、そうそう、今日出かけるから。あんたも付いてきなさいね。」
「はい?」
訳の分からないことを言われて俺は即答してしまった。疑問形で。
「だーかーらー、今日は先週約束したお出かけの日でしょ?まさかあんた、忘れたとかいうんじゃないでしょうね?」
「言い方がおかんくさいぞ...」
「茶化さない。んで、返事は?」
「...覚えてるよ。」
事実、記憶が薄らとだがある。
先週。というより、俺の夢の世界では昨日の出来事だ。
なぜ一週間経ってるかわかるって?葵が答えを言ってくれたからだよ。
先週、夢の世界では昨日、俺は布団に潜る前に葵に寝室に呼び出された。携帯で。
「んだよこんな時間に。」
「そんなことはどうでもいいから、早く入って!」
寝ようとしていたのにそれを邪魔されて結構冷たく当たってしまった。だが、葵は気にすることなく部屋に招き入れる。
「それで、話ってなんだ?」
「ふふーん。」
語尾に音符マークでもつきそうな勢いで満面の笑みを作ってから
「来週、お出かけしよっ!」
「なっ...!」
可愛い!こんな姿をしている女の子なんて、一目見たら惚れるわ!やべー!俺、惚れちゃった!妹に!
唇を尖らせ、そこに人差し指の先っぽを当ててとてもキュートでセクシーだ。
落ち着け俺、落ち着け俺。こいつは俺の妹だ。襲ったりなんかでもしたら、確実に殺される。親に。
俺は心を落ち着かせてから
「どこに行くんだよ?」
「...珍しい。あんたがお出かけの誘いに乗るなんて。」
「たまには休日にも外出しないとな。体が鈍っちゃうでしょ。」
「引きこもりのあんたがそれ言っちゃうー?」
「いいだろ別に!」
「シーッ!パパとママが起きちゃうでしょ!」
「やべ、忘れてた。」
時刻はとっくに丑三つ時の三十分前だ。こんな時間に騒いでて起こしちゃいましたーだなんて、洒落にならない。
「大きいショッピングモールがあるでしょ?そこに買い物に行きたいの!にいちゃーん、連れてってー?」
「変わりようの早いやつなのな...」
「うるさくしなければいいだけの話だしねー。」
そう言いながら葵は携帯を机の上から取り上げ、カチカチと、待て、スマホだからタプタプか?わからん。そんな感じに操作しながら俺に目的地の場所の地図を見せてくる。携帯で。また携帯で。いやー、携帯って便利だね!
「ここ!最近出来たばかりのショッピングモール!最近学校でも話題になっててさー。」
「おまえ、もし俺と行動してるのクラスのやつとかに見られてもいいのかよ?」
「なんで?別に普通じゃない?兄妹だからって言えば済む話だし。」
「そりゃあそうだが...」
反論ができない。こいつ、正論を俺にぶつけてくるとか、どんだけ俺のことわかってるの。
「まーわかった。とりあえず行くか。」
「うん!」
あー、引きこもってたい!
○○○○○○○○○○○○○○○○
身支度を整えて、リビングで携帯をいじっていると、葵も身支度を整えて2階から降りてきた。
「よしっ、それじゃあ行こっか!」
「おまえ、やたらテンション高いな。」
「あったりまえじゃん!にいちゃんと買い物だよ?そりゃあなんでも奢ってもらえるからね!」
「...やっぱ寝てるわ。」
「ちょっとー!それくらいいいでしょうよー!」
「なんでこういう時だけねだってくるんだよ...」
ま、かわいいから断れないけどね!
「ほれ、そろそろバス来る時間だぞ。」
「え!?もうそんな時間!?いっそげー!」
「慌ただしいやつだな...」
そう言いながら俺は葵の後を追いかける。
玄関を出ると、葵は足踏みをしながら
「早く早く!」
「そこまで急ぐ必要ないだろ...。あと五分あるんだし。」
「ここから五分くらいでしょ!?乗れなかったらどうすんの!」
「その時は、このおにいちゃんが自転車で連れてってやるよ。」
「うっわ、自分のことおにいちゃんとかキッモ。」
「うっせーわ!そんなことより、間に合わなくなるぞ?」
「そーだった!にいちゃん、ダッシュ!」
「はー。はいはい。」
言いながら俺と葵は並んで走る。バス停までは歩いて五分ほどかかる。走ればなにも問題ない。
俺らが到着するのと同時にバスも到着する。
「ったく、あんたがもう無理ーとか言うからギリギリだったじゃん!」
「仕方ないだろー。俺は普段引きこもりなんだし。」
「はぁー。いいから、早く乗ろ。」
「はいよ。」
何気ない会話を交わしてから俺らはバスに乗り込む。
けど、なんだろう、この既視感。デジャヴっていうやつか。まー家の近くのバス停だし、そりゃあ見たことあって当然か。
「ところでおまえ、サンライズで何買うか決めてんのか?」
サンライズとは、俺の住んでいるところで一番のショッピングモールの名前だ。そして、今日の俺らの目的地だ。
「んー、特にないかなー。」
「じゃあなんで来たんだよ...。」
「ふっふーん、それはね、あたし、にいちゃんとお出かけがしたかったんだよ?」
「なんじゃそりゃ...普通に嬉しいけど。」
「うっわ、キッモ。」
「おい!言ってることが矛盾してるぞ!」
「そんなことよりー、行きたいところ、一つ思い出した。」
「そんなことって...。」
「ゲーム!にいちゃん、あたしにゲーム買って!」
「なんでおまえの欲しいゲームを俺が買わないといけないんだよ!」
半ギレというより、ガチギレに近かった。そんな状況でも葵は動揺一つせずに
「だってーあたし、今月金欠なの。」
涙を浮べながら言われた。
そんな風に頼まれたら世の中の男の子は断れねーよ...。
「まーわかったよ。いくらか持ってきてるから、それで買えるやつなら考えてやる。」
「やったー!...ってあれ?最後なにか引っかかったけど...。」
「大丈夫、気のせいだと思うぞ、多分。」
とりあえずこのまま騙しておこう。なんせ、今日の俺はそんな大金を持っていない。いつもの癖で、金を持ち歩く時はせいぜい千円程度だ。そんな金でゲームを買うなんて不可能。
だが正直なことを言うと、葵に奢ってあげたい。昼飯くらいは奢ってやるか。
おにいちゃん面してる俺でした。
○○○○○○○○○○○○○○○○○
「つーいたー!」
「なんで最後の方であんなに人が乗ってくるんだよ!」
俺はバスの中でもみくちゃにされてすでにクタクタだ。ただでさえ朝にダッシュさせられてるのに。
一歩一歩、重く、されど確実に前に進む。葵はというと、あちこちの店に行ってはショーケースをキラキラと目を輝かせながら見ている。
やっとのことで葵に追いついてから
「ちょっと疲れたからそこで休んでるわ。」
「はっや。まーあたしも一人で見て回りたいところとかあるからそれ終わるまでそこで休んでていいよ。」
なんだかやけに優しかった。ほーら見ろ、妹ってこんなに優しいじゃねーか。なんであんなに悪口言ってる兄がこれでもかというくらいいるんだか。
「...ちっ、気分悪くなった。なんか炭酸飲みてー。」
俺は中学生になって以来、ストレスを感じると炭酸を一気飲みする癖がついた。
「さてさて、ここにはどんな炭酸があるかな...。」
ちなみに、俺はメロンソーダ大好きマンだ。やべー、メロンソーダ好きのみんなに愛されそう。
ちょっとだけ気分がよくなったので、俺はメロンソーダではなく、カフェオレを飲むことにした。
結構な甘党の俺は気分がよくなるとカフェオレを飲む癖が高校に入ってからついた。カフェオレ大好きマンだ。やべー、カフェオレ好きに愛されそう。よって俺は超人気者。
脳内お花畑になっている俺の頭をなにかに打たれた。
「いって!なんだよ!」
怒りながら振り向くとそこには葵がいた。
「ちょっと!どこほっつき歩いてたの!?」
「俺が座ってたのはすぐそこだろ...。飲みもん買いに来ただけだ。」
「あ、それじゃああたしメロンソーダ!」
「それくらい自分で買えよ...。」
「たまには奢ってくれてもいいでしょー?」
「おまえってやつは...。」
呆れながら言ったが、正直嬉しい。俺を頼ってくれている人がいるというのはこれほどか。
二人でベンチに座り、一息ついてから葵が
「それじゃあ、ゲーム買いに行こっか!」
ニヤリ。
おっと、つい気持ち悪い笑いをしてしまった。幸いな事に、葵は気づいていないらしい。
「そうだな、とっとと行こうぜ。」
「あり?さっきまでの拒絶はどこに行った?まー都合いいか気にしなくっていいか!」
ふっ、この際の都合のいいのは俺の方だぜ、妹よ。
そんなことも知らずに...ぐふふ
「はー!?ありえないんだけどー!?」
「ちょっ、うるせーって。」
「知らないよ!そんなことより、買うお金が無いってどういうこと!?」
「どういうことって、そのまんまだよ。」
「...ったく、備えあれば憂いなしってうまい事言ったもんね。」
「...へ?」
訳の分からないことをボソッていたのでつい口にしてしまった。
「あたしが立て替えておくから、貯まったら払ってよね!」
そう言いながら葵はゲームソフトの入ったケースをレジに持っていく。
俺はその光景をただ呆然と眺めているしかできなかった。
三十秒もしないうちに葵は精算を済ませて満面の笑みで俺のところへ来る。スキップをしながらとかタチ悪すぎだろ。
「ありがとねっにいちゃんっ」
うわー、これ語尾に音符マークついてるパターンだよ。
最近のJKは語尾に音符マークつけるの流行ってるかな?俺は無理なので俺の前ではつけないでね。
「なー、昼飯奢ってやるから帳消しにしてくれないか?」
「なーに言っちゃってんのー。そんなので帳消しにできるとでも思ってたの?甘いよ、甘いよにいちゃん。」
「マジかよ...。」
落ち込みながらだが、一つ違和感を感じた。
あーこいつ最近俺のことにいちゃんって呼んでくれるようになったな。もしかして、俺ってにいちゃんに向いてたりする?
「ただ、軽くならできるよ。」
「葵さん。ラーメン奢るのでそれで帳消しね!」
「あたしの話聞いてたー!?」
よっし、これで帳消しだ!ん?帳消し出来てない?知らんな。
葵の買い物は以上らしい。女子にしては珍しい方なのかな?俺の女子の買い物のイメージは長引くものだと思っていたのだが、葵は例外らしい。
「それじゃあラーメン屋に行こっか!」
「そうだな。」
「なんかテンション低くない?」
「あー、ちょっと疲れた。今回の疲れたは歩き疲れた方の疲れたな。」
「長ったらしい説明をありがと。」
「それ、褒めてないよな?」
「ところで、どこのラーメン屋にするの?」
「無視かよ...。あそこの全国チェーン店でいいだろ?」
「んー、なんか物足りない気もするけど、まーいいや。いいよー。」
俺らはショッピングモールの向かい側にあるラーメン屋に入る。
その店の味といえば、いかにも全国チェーン店らしい味って感じのする味だ。説明しづれー。
席につくと間もなく店員さんが水を持ってくる。
「いらっしゃいませー。ご注文お決まりになりましたらそちらのボタンを押してください。」
「あ、もういいですか?」
「少々お待ちください。」
店員さんは手帳型の機械を取り出してそれを開いてから
「どうぞー。」
「中華大一つ。」
「中華の大がお一つですね。そちらの方は?」
「あ、あたしもそれでー。」
「かしこまりました。中華の大がお二つですね?」
「はい。」
「ありがとうございます。」
そう言って店員さんは立ち去る。
待ち時間。俺はぼーっとしながら鼻歌なんかを歌っている。葵は携帯をいじっては時々笑っている。やめて、不審に思われるから。
「お待たせしましたー。中華の大ですー。」
早すぎだろ。まだ五分も経ってないぞ?
まー早いに越したことはない。俺はとっとと食い終わらせることにした。
俺が食い終わるのとほぼ同時に葵も食べ終えた。
「おまえ、結構な早食いなのな。」
「ついでに大盛りだよ!」
「なんでそこ主張するんだよ...。」
「大事だからだよ!それより、奢ってくれるんだよね?」
「あー。今日だけだぞ?」
「ゴチになりまーす!」
テレビに影響されすぎだぞ、それは。俺の中でも一時期流行ったが。
「ねーねー、これからどうする?」
精算を終えて外に出ると言われた。
「俺はもう帰りてーよ。やっぱり俺に外は似合わねー。家の中じゃないと!」
「そこまではっきりと言っちゃうか...。ま、あたしもそこそこ疲れたし、今日のところは撤収かな。」
時刻は二時に差し掛かろうとしていた。ショッピングモールにいたのはせいぜい一時間から二時間だろうか。その時間のほとんどが葵のゲーム選びなんだけど。
バス停でバスを待ち、バスが来ると俺達は無言で乗り込む。バスが来るまでの間もずっと無言だった。葵が携帯をいじっていたから話しかけようにも話しかけれなかった。
奇跡的に、座席に座ることが出来た。葵を窓際のセーフティーゾーンに座らせてから俺はその右に座る。
しばらく揺れていると、左肩にズシッと重みがかかった。
そちらを向くとそこにはなんとも微笑ましい光景が広がっていた。
「あー、俺は今、最高に幸せだよ。」
言いながら肩に乗っかっている頭を撫でる。こうして葵の頭に触れるのは初めてだ。こんなこと、葵に知られたら後で殺されるだろう。
俺は嫌がることなく、そのままの体勢を維持した。それでも少し不安で
「風邪ひくと悪いぞ。」
脱いでいた上着を葵の体に被せる。
「ったく、こんな可愛い姿見せられたら起きる気になれねーじゃねーか。」
これは夢の世界。起きてしまったら忘れてしまうだろう。
「ほら、降りるぞ。」
「...んぁ...にいちゃーん、おんぶー」
「おまえ、いい年こいておんぶなんて恥ずかしくないのかよ。」
「にいちゃんになら別にいいよー」
うつらうつらとしながら葵は言う。
「じゃあせめてバスは降りてくれ。」
「はーい」
まったりとバスの昇降口を目指す。
なんだかこけそうな雰囲気だったので手を握って先導した。
「すみませんでした、あはは...」
「いいよいいよー。ちゃんと面倒見てあげるんだよ。」
「は、はいー。」
バスの運転手さんに言われるとなんだか恥ずかしかった。暖かい微笑みで見つめられたらそりゃあね。
「ほら、乗っかれ。」
「うーん...」
しゃがんだ俺は蒼の方を見る。
葵は目を閉じたままゆっくりと近づいてきて、俺の尻を一回蹴ると静止し、ぐぅーっと俺の背中に体重を預けてくる。何気におもてー...。
俺は一気に持ち上げると家路についた。
耳元で葵の寝息が聞こえる。
かなりくすぐったかったが、そんな気持ちよりも嬉しい気持ちでいっぱいだった。
やっぱり、妹っていいなぁー...。
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