第二十四話
おじさんへの苛立ちを増々募らせたあと始まった朝食の時間。食卓にはモミジ手製のサラダとパスタ、そして――。
「おいひい! おいひいおいひいおいひいわ!」
宇宙人の笑顔があった。
「柔らかくて味がする! だからおいしい!」
朝露キラキが歓声を上げて口へ麺を詰め込んでいる。飲み込むのを待たない幼児じみた食べっぷりは見ていていっそ気持ちがいい。
「は、はぁ……どうも……お口に合って何よりです」
料理を振る舞ったモミジは皿へ麺を移す手を止め訝しげにキラキを見つめている。戸惑う理由は味の評価基準が甘過ぎるせいではない。
モミジの頭の中で《朝露キラキ》は政府側の宇宙人ということになっているので、そのイメージとこの無邪気さのギャップなら当然面食らう。学校で知り合った彼女ともまったく様子が違うから尚更だ。
(コイツら、《宇宙人》で《ヒーロー》で《地球人の振り》までしてるんだから、立場だけならモミジよりややこしいんだよな)
それを考えればキャラがブレるくらいは寛容になれる。
(まあ、どうでもいいか。このままモミジに正体をバラさないで、モミジの正体にも気付かないでいてくれたらそれでいいや)
いたら折角のモミジの料理が冷めてしまう。
「ねえブンブン、ホラ貴方も早くいただきなさいよ。基地で支給されるスッカスカの《宇宙食》とは別次元の味わいなんだから!」
複雑な立場の奴の口から早速宇宙ワードが飛び出して、冷や汗が吹き出た。口に入れたミートスパの味が感じられない。
「宇宙……今、宇宙食って言った……?」
モミジも聞き咎めていた。サラダを選り分ける途中で姿勢を止め、もの凄い剣幕でキラキを凝視している。
これはよくない流れ、かと思ったらそこはさすがモミジだった。
「ううん、宇宙食なら地球にもあるもんね。きっと『親が宇宙マニア』っていう設定で地球に潜伏してるんだ――って、不自然過ぎるよそれは。他にもっと自然な理由が……」
ブツブツとこぼれる呟きを聞けば、設定を付け足しひとりでに言いくるめられようとしているとわかってひとまずホッとした。
(これなら俺が下手にごまかさないほうがいいな……。コイツらがこれ以上変なこと言わなきゃ大丈夫だろ)
口の中の麺を飲み込みつつ、警戒して横目に見るキラキはまだ騒いでいた。隣のブンブンは迷惑そうだ。
「ホラなにやってんの、アンタも早く食べなさいよ」
「ええい、貴様に揺さぶられていなければとっくにそうしている。《宇宙ヒーロー》ともあろう者が食べ物ではしゃぐでない」
「――ブーッ!」
思わず咽て鼻から麺が出た。
「タカくん大丈夫?」
すかさずモミジがコップに麦茶を差し出してくれたが、視線はブンブンに釘づけになっている。
「ああっ、じゃあ学校で見かけたヒーローがこのふたりのどっちか……。そんな! だとしたらヒーローは敵? そんなぁ……」
設定が辛いほうへ進んでいるようだ。声がかなり大きくなっていることにも気づいていない。手が震えて中身をこぼしそうになっているコップをそっと受け取ってテーブルに置き、まだ騒いでいるバカふたりに体を向ける。
(頼む! もうこれ以上余計なこと言わずに黙って食べててくれ)
祈る思いで掌を合わせて拝むと、キラキは不思議そうな顔をして、少しの間を置いてから頷いた。
「そう言えば忘れてた……。ブンブン、『いただきます』よ。この地域では食事の前に手を合わせて『いただきます』って唱える儀式があるの」
「バカめ、一体誰が返事など――モガっ」
「だーっ! もう黙ってろ!」
取り分け用の大ぶりな木のフォークで、大量のパスタを絡め取りブンブンの口へ突っ込んで黙らせる。宇宙人は目を合わせればわかり合えると古い歌にあるが、まるで通じない。もっともモミジに筒抜けになってしまうからテレパシーが本当にあったら困る。
口に出さなければ伝わらないのなら、もうまどろっこしいことはなしだ。
「お前らは地球人だ!」
力を込めて一喝すると、一拍のあとキラキは相棒の口からパスタ麺の塊を引っこ抜くと同時、「あ!」と高音を飛ばした。自分たちの立場、おじさんに何を命令されたかを思い出したらしい。
「そうだった、そうだった……。さあブンブン! いつも通り『いただきます』してこの見慣れた料理を食べるのよ」
「ククク……我は通であるからこのゴキゲンに赤いエキスを……地獄のように辛い!」
このふたりの反応も不自然で「お前らは地球人」という宣言は極め付けに異常だ。だがこのバカ共が目配せ程度でコントロールできるとは思えない。ここまでしなければきっとダメだった。
それにモミジは問題ない。モミジの設定では宇宙人は地球人の暮らしを模倣――というよりも偽装していることになっている。そしてこのふたりは明らかにそのルールから逸脱した言動を取った。なら叱られるのは当然の流れ、ということになる。むしろホッとするはずだ。
確信はあるものの、予想外の展開が不安で恐る恐る目をやる。モミジは作り笑顔でカラになった大皿へおかわりを足していた。
「アハハ……そう、ここにいるのはみんな……地球人。私は何も疑ってないし、隠してませんよ……?」
設定の範疇に持ち直したはずだが、かなり苦しそうだ。考えてみればクラスメイトともマトモに会話できないのに、今日会ったばかりの敵対勢力と仲良く食事なんてできるはずがない。
(こりゃあなるべく接触させないほうがいいか……。本当なら簡単に打ち解けられたはずなのにな、だって同じ宇宙人同士なんだから)
おじさんがちゃんとしてさえいれば、とため息を鼻息に変えて噴き出したところで、自分も食事に戻ることにした。お互いに自分の立場を意識するようになったのでこの場はもう動かないはずだ。
食事風景はそれぞれがそれぞれに正体を隠し秘密を抱えているだけに気まずくなると思いきや、意外にも賑やかなものになった。主にキラキのお喋りが止まらない。
「なにやってるのブンブン、野菜も食べなさいよ。この地域じゃバランスよく食べることが大切らしいわよ。右からと左から、交互にかじりなさいね」
「バカめ! 食事のバランスの話なら、アレは左右どちらの歯で噛むかを言っているのだ」
多分宇宙人のことなので普段の食事は錠剤や点滴で済ませているのだろう。
(あれ……コイツら、飯食ってる。だったらおじさんも……)
おじさんもご飯を食べられる。そのことに少しも思い当たらなかった。モミジの食生活は普通なのだから当たり前なのに、おじさんが何か食べるところを一度も見ていないことにまったく疑問を感じなかった。
地球人をマネる必要がない本格的な宇宙人に奇妙なところがあっても不自然とは言い切れない。わからない以上推し量ろうとするのは不毛だ。そういう、ある種の思考停止に陥っていたことを自覚する。
(改めて考えてみれば……おじさんには色々気になるところがあるんだよな)
そんなおじさんはモミジにキラキとブンブンを紹介するも「このふたりは遠い親戚だよ」「これからこの家に住むよ」と簡素に済ませ書斎に行ってしまっている。
そんな風にバトンを投げ渡されてモミジが平然としていられるはずがない。なにしろこのふたりはモミジの設定上天敵に当たる宇宙人政府側の人間だ。
だと言うのに、モミジからはいつの間にか警戒色が抜けていた。
「あ、あのっ。おかわりならまだ用意できますから、ゆっくり食べて平気ですよ」
表情に緊張こそ残しているものの、積極的に自分から話しかけている。普段のモミジならこんなことはありえない。
「あっ、ねえねえ! コレどうやって作ったの? ……もちろん飽き飽きするほど食べたことあるし、知っているわよ。……植物を粉末にして練ったのよね?」
「え? うんと、麺から作ったんじゃなくって……。じゃあ一緒にやってみませんか?」
クラスメイトどころかうちの家族を相手にする以上に親しげだ。これまでのモミジなら極力人間関係を希薄にして、そっと物陰に潜んで過ごすような付き合い方しかできなかった。一体なにがそうさせているのか。
困惑している間にモミジのお料理教室開催が決定していた。
「じゃあ今から早速お願いするわ! あっちがキッチンね? ……なにしてるのブンブン、一緒に来るのよ! 憶えて作るのはアンタなんだから!」
「クク、貴様が言い出したら拒否権がないことはお見通しだ」
キラキがブンブンの首根っこを掴んでキッチンへ行くのを見送って、そのあとへ続こうとするモミジの手を掴んで引き止める。
「一体どうしたんだ急に。なんでそんなにアイツらと関わろうとするんだ?」
どうか「宇宙人同士のシンパシー」などという事情ではあってくれるなと祈る気持ちで返事を待つ。
「だって、チャンスなんだよ? あのふたりは地球に来てから日が浅そうだから今のうちに『地球人は素晴らしい』ってアピールしておけば、地球の文化だけじゃなく地球人そのものを好きになってくれて味方になってくれるかもしれないじゃん」
ギュンと首だけ振り向いて早口にまくしたてるサマは完全にテンパっている。瞳孔が細かく揺れて手も震え、脂汗は滝の如し。いつものモミジでホッとしていいのかどうか。
「なんだそういうコトか。……だったら俺も手伝うよ。他の――宇宙人の前で包丁使うのは怖いだろ?」
あのふたりにモミジの正体がバレないよう気を付けなくてはいけない点は変わらない。
「ホント? それじゃあお願い、一緒にがんばろ! 私たちふたりに地球人の運命がかかっているんだよ。エイエイオー! ……ハァ」
天井に向かって力強く拳を突き上げたかと思うと、すぐにヘナヘナ萎んでしゃがみ込んでしまった。意気込んでは見せても普段以上のプレッシャーに追い込まれて張り詰めているに過ぎない。
「うう……怖い。でもやらなきゃ。地球のどこかで私と同じように匿われている地球人の為にも!」
そんな奴はいない、とは言い切れないのが怖いところだ。
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