第二十三話

 お望み通りボコボコにされ、目を覚ますと照山家に移動していた。リビングの椅子に座らせられている。

(最近多いな、こういうの)

 なぜこうなっているかについてはそう不思議に思うこともない。地下で失神して運ばれただけで、場所がリビングなのはもう昼時だからだ。こんなことで深く考えても仕方がない。

「どんなの食べさせてもらえるのかな、アタシ地球の料理って初めて!」

「当然であろう。好んでこのような辺境を訪れる者などいるものか」

 同じテーブルに薔薇仮面のふたりもついている。いや、スーツを脱いだ朝露キラキとブンブンだ。ブンブンのほうは意味もなく邪悪顔をしているが、キラキのほうはスプーンとフォークを握りしめ待ち遠しそうにキッチンのほうへ首を向けている。

 照山家での食事なら、そこで誰が仕度をしているかは明白だ。

「ねえ……パパ。タカくんまだ起きない?」

 予想通りモミジの声はキッチンから聞こえた。

「ああ、まだ眠っているよ」

 そしておじさんの声は不意打ちに背後から聞こえた。

「ああ、よほど疲れているらしい。若いのに苦労が多いようで大変だ。このまま寝かせておいてあげよう」

 苦労の元凶のくせにしゃあしゃあとそんなことを言う。

「そ、そうだね……何か苦労してるのかもだから、優しくしないとだね……」

 一方モミジは「幼馴染はテロリスト」という秘密を抱えているつもりでいるから歯切れが悪い。おじさんとは逆に実際は潔白だというのに、俺の嘘のせいで負担をかけている。

(今までごめんな……。でもそういうのはもう終わらせる。終わらせるんだ)

 決心を胸のうちで確認する。罪悪感に駆られて何度も何度も繰り返してきた。

 だが今度ばかりは違う。

 これまでモミジと同じ宇宙人はおじさんが唯一だった。その状況でモミジに真実を打ち明けたとしても、そこから事態が好転するとは期待できなかった。しかしもう事情が違う。

 今ここには他の宇宙人がいる。敵ではないとわかって、おまけにヒーローだ。おじさんと同じピュア宇宙人とは言っても彼らまでが平然と非人道を歩むとは思えない。

 つまり俺はここでモミジに真実を打ち明けられる。このチャンスは逃せない。

(なんだかようやく……正しいことができる気がする)

 モミジが宇宙人の国に行ってしまっても問題ない。宇宙ヒーローならどこへだって追いかけていくことができる。モミジと一緒にいるため、そう考えればこれからの訓練にも張り合いが出てくるというものだ。

(さあ、言うぞ!)

 声を出せばモミジに届く。早く言って、モミジを安心させてやりたい。


 でも、モミジは赦してくれるだろうか。


 嫌な予感が囁いて開きかけた口が止まった。

 モミジの妄想には俺の嘘が加担している。モミジのためを想って――と言えば聞こえは良いが、正確には自分で説明できないから黙っていた。それは紛れもない怠慢だ。

(あ……俺、モミジにひどいこと……してるんだな)

 決心が沈んだその一瞬の間に視界が半分暗くなった。

 なにかと思えばおじさんの顔だ。おじさんが同じ高さに頭を下げて異常接近している。

「君、あの子が宇宙人だと密告するつもりだろう」

 横にいるふたりにも聞こえないような小声。内臓に触れられたような寒気が走る。

「あの子のことを第一に考えて動いてくれていることには感謝するが、それはよしたほうがいい。……あの子の為にも」

 ここでおじさんの口先三寸に乗るようではいつまでも俺はこの人の操り人形だ。

 しかし、気になってしまった。おじさんが本当に俺を操り人形にしようと思ったら口先なんて要らないはずだ。脳をいじればきっとそれで済む。

 なにより、いつもと同じはずのおじさんの顔つきに緊迫を感じた。いつになく真剣、そんな風に思えた。

「実は地球に来る際、面倒で正規の手続きを踏まなかったんだ。本来なら宇宙の特殊な病気を持ち込まないよう事前に検査をしなくちゃいけなかったのだが……あの子はそれをやっていない」

「えっ……それはもしかして密入国みたいなこと?」

 なにかとんでもないことを言われていることは確かだが、すぐには理解が追いつかない。

「宇宙政府のアカシック住民登記の記録上、あの子は僕が地球で迎え入れた養子、ということになっている。つまり普通の地球人、ということだね」

「待って、ちょっと待って。明石――なに?」

「別の星へ移住する場合そうすることってよくあるんだよ。そのほうが馴染みやすいから」

 知らない言葉もあって理解が追いつかずにパニックになっている間もおじさんは止まらなかった。普段だんまりのくせにたまに喋るとコレだ。

(モミジの妄想を聞いてる時とちょっと似てるかも。……やっぱり親子だな)

 そう思うと怒りも湧かない。

「そういうわけで、そうじゃあないと知られると非常にマズいんだ。君の希望通りあの子は宇宙へ行くことになるが、その内容までは希望通りとはいかない」

 なんとなく、山菜を採りの帰りで山から下りてきた爺ちゃんが野犬と間違えられ保健所の職員に投げ網をかけられたときのことを思い出した。

「モミジがそんな目に遭ったら……『地球人ってバレた』とか勘違いするに決まってる」

 そうなれば驚きだけでショック死しかねない。

「わかってもらえたようだね。安心したよ」

 芝居がかった動きで「ホッ」として見せるおじさんに、「アンタがモノグサしたから」と胸倉を掴みかかりたい気持ちを堪える。怒りが湧かないなんて嘘だった。

「……どうせ元ヒーローはその検査もスル―なんだろ。アンタひとりだけ菌まみれでプレパラートに挟まれとけば色々捗ったのに……!」

「僕がそうなっていたならあの子もここにはいないよ。矛盾を孕むイビツな願望は捨て給え。でないといつか誰かを傷つける」

「俺はアンタを傷つけたい」

 人格にダメージを受けている程度では宇宙の保健所は動いてくれないらしい。心から残念でならない。

「それに、ヒーロースーツは病原菌を通さないから、ヒーロー活動をする以上はウィルスキャリアになりえない――っていう一応の根拠もあるんだよ。宇宙服も兼ねているから、基本脱がないのでね」

 薔薇仮面のふたりに協力してもらい宇宙へ渡る道が閉ざされた。そうなったからには、ヒーローの知識なんてもうどうでもいい。

「と、いうわけで他の地球人に対してと同じように、『照山モミジは一般の地球人』ということで通してくれ給え。これは司令官命令である」

「……はい」

 完全におじさんの掌の上に戻ってしまった。

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