第二十一話

 ひとりでは眠れない割に寝つきはいいモミジはコテンと夢の世界へと旅立った。その寝顔に見入り、時間が止まってしまえばいいと願う。

 だがそれはできない。

 モミジにはそうと気付かせず逃避をさせているのだから、モミジに代わり現実と立ち向かう役が必要だ。眠り姫が起きる前に茨を切り拓いて道を作る、そういうヒーローが。

(連中は赤仮面のスーツを取り返しに来たんだ。もう目的は果たしてる。それでもまだ残っているとしたら……)

 問題の原因は奴らが管理している貴重な備品の不当持ち出し。これにより予想される展開は以下の通りだ。


・パターン1 おじさんが宇宙へ行く

 スーツを持ち出したのはおじさんだ。どの程度の重罪かは知らないが、とりあえず宇宙に連行されることは間違いない。おじさんが遠いお宇宙のどこかで臭い宇宙食を食わされようとこの際仕方がない。瞑る目がふたつ以上欲しいくらいだ。しかしおじさんがいなくなることでモミジが孤独になる点は見過ごせない。

・パターン2 モミジも宇宙へ行く

 犯罪者の家族ということは事情聴取で最寄りの宇宙ポリスに出頭を求められることもありそうだ。おじさんがいなくなるとモミジはこの地球にひとりぼっちになるので、行政が保護に入ることだって考えられる。

 これは案外悪い展開じゃない。

 いっそ一緒に宇宙へ行ってしまえばモミジはたくさんの宇宙人仲間と合流できて、正体を隠す必要がなくなる。そのあと真実を知っても安心するだろう。

 ただし宇宙でどういう扱いを受けるか、というところは無視できない。ただでさえ犯罪者の家族になるのだから。

(あと、置き去りにされる俺が絶望的に寂しい)

 ただしこれについては解決策がある。

・パターン3 俺も宇宙へ行く

 実際にスーツを使ったのが自分である以上、まったくお咎めなしで事が納まるとは思えない。しかしながらこうして自由にされているからには重い罰が科せられるとも考えにくい。パターン2と同時発生なら歓迎するが、あくまで俺は犯罪者としてなのでできれば遠慮したい展開だ。


 可能なら全パターンの回避、それができないならいっそ全パターン実現することが望ましい。

(って言っても俺は負けたんだから交渉なんてできないよな……。まあ、あいつらがまだここに残ってるって決まったわけでもないし……)

 ついつい気持ちが弱気なほうへと傾いていく、ところを頬を叩いて持ち直した。

(いやいやいや! 帰ろうとしてたら引き止めてでも交渉するんだよ! また何もわからないままになるなんてイヤなんだから)

 決意を新たにモミジの部屋の前からリビングへ向かう。行儀よく待っているならここ、と軽い気持ちで選んだだけだったが、そこには予想だにしない光景があった。

 薔薇仮面襲撃前から姿を隠していたおじさんが中央のテーブルで椅子に座っている。

(あれ、戻ったのか。逃げたときより状況悪くなってるのに)

 意外にも助けに来てくれたのかと一瞬喜んだものの、「信用できない」「頼れない」なこのひとに限ってそんなことあるはずがなかった。

 おじさんの向かいにはテーブルを挟んでトゲ仮面――制服姿の朝露先輩がいる。ああも目の前で見張られていたら逃げられない。縛られていなくても捕まっているに等しい。

(ああ……ま、そりゃそうだよな。そのまま逃げといて、あとで助けに来てほしかったけど)

 今更驚きはない。それよりも茨仮面の隣にいる男が気になった。誰かは考えなくてもわかる。花仮面に違いない。

 キツい癖のついた髪に褐色、険しい目つき。昨夜変身中の彼が大きく見えたのは雰囲気に呑まれていただけではなかった。高さだけでなくブ厚さもある正に戦士らしい男だ。

(なんかラテンの香りがするヤツだな……。それにしても、顔コエーなあ!)

 薔薇仮面のふたりはどちらも無言で、表情固くおじさんを見下ろしている。張り詰めた空気は離れていても息苦しく手に冷や汗が滲んだ。

(コレ……どうすべきだ? 『ボクは騙されていただけなんです!』とか泣きついて、おじさんに石でもぶつけて見せればパターン1だけで済ませられるか?)

 正直なところ、わざわざケガを治療したくらいだからこれから厳罰を下されることはきっとないとタカを括っていた。しかしそんな楽観はこの緊迫した雰囲気を感じてとっくに吹き飛んでいる。パターン3のあとに死が待っていたとしてもまったく違和感はない。

(死刑囚だって刑の執行前にケガをしたら手当てくらいしてもらえるよな……。これもうモミジを連れて逃げたほうがよくないか? いやアッサリ見つかるに決まってるか。俺の口の中、爆弾は嘘でも発信器はついてるんだし。えーと、じゃあ、じゃあ……)

 実りの無い思案を巡らせている間に、ふと違和感に気付く。

 微動だにせず直立する薔薇仮面ふたり。共に顔つきは厳めしく、腿の横で揃った指先は震え、目が泳いでいる。凄みを出すにしてもムダに力が入り過ぎだ。

(この挙動不審、なんか見覚えあるな……。クラスメイトに話しかけられたときのモミジにソックリだ。『仲良くしたいけど怖い』ってモジモジしてるときの……イヤそんなまさか)

 事態を飲み込めずに体をねじってハテナマークになりながら様子を見守っていると、ふたりは互いに肘で突っつき合い始めた。

「ちょっと、アンタからなにか話しなさいよ」

「馬鹿な、先行撹乱は貴様の分担であろう」

「あのね、これは戦闘行動じゃないでしょう? 意気地なし!」

 いよいよ察した。

 これはただ単に緊張しているだけだ。彼らはおじさんを威圧しているわけでも監視しているわけでもない。

(そうか、コイツら赤仮面のファンだって言ってたな)

 つまりおじさんは本当に赤仮面らしい。昨夜の時点で我を忘れるほどだったトゲ仮面はともかく、花仮面のほうまでが動揺している。元々人相の悪い顔で極端に口角が上がっているからひどく不気味だ。

 ふたりがいつまでもモジモジしている間におじさんが動いた。ふたりに手をかざし、下げる。

「構わん。座り給え」

 まるで王様のような物言いだ。「自分のほうが偉い」という絶対的な確信がなければこんな態度は取れない。

(いくらファンでも、自分を捕まえに来た相手にそれはないだろ)

 これは手荒な逮捕劇になるに違いない。その予感は外れた。

「ハイ! わかりました!」

 薔薇仮面のふたりは揃って元気よく返事をし、その場の床に正座した。目の前に椅子があるのにも関わらず、だ。おじさんのほうにも改めさせようする素振りはない。

 そしてなんとそのまま話が始まる。

「ミッションだ、ヒーロー。君たちの行動を制限する。この星に滞在する間はこの星の人間として振る舞うこと。宇宙だのヒーローだのは片鱗も表に出してはならない。特に私の娘に対しては絶対だ。尚、本ミッションに関する質問は許可しない」

「ハイ! わかりました!」

「いやオイちょっと待て!」

 目の前で行われるやり取りが自分の常識と一致せずに呆然としていたが、さすがにもう黙っていられない。

「交渉どころか命令しちゃったよ! これでコイツらはモミジに余計なこと言わないってか。なんだよ完璧だね? 完璧アンタに都合がいいよ!」

 思ったままわめくと視線が集まった。おじさんは無表情、茨仮面は眼を輝かせ、花仮面は険悪。

 この期に及んで隠れていても意味はないので前に出る。

「立場と言えばお前らもだよ薔薇仮面。このひとはお前らの大切な物を盗んだ許しがたい極悪人なんだろ? なんでハイわかっちゃうの? いくらファンでもそこはぐっと気持ちを抑えろよ! いや、実際どっかに連行されるのは困るんだけど……ちょっと懲らしめるくらいなら全然いいし、むしろやってくれ! っていうか俺にやらせろ!」

 つい興奮が昂ぶって詰め寄るとトゲ仮面はあからさまに当惑した。

「あーっとですねー、基本的にスーツの所有権は直近の使用者にあるんで、引き継ぎのために持ち出すなら全然問題はないんス。今回は公式に告知されてなかったからアタシたちが来ちゃったんスけど。……まあありがちな行き違いってやつっス」

 説明するトゲ仮面は相変わらずキャラがブレまくりでどれが本性なのかわからない。しかし今はそんなことよりも語った内容を気にするべきだ。

「引き継ぎってのはなにか、相手は俺? 冗談じゃない! 俺は巻き込まれただけで、なにも教わっちゃいないんだ。勝手に任命すんな!」

 ヒーローにされるのが嫌でデタラメを言っているわけではなく、これは事実だ。唯一教わったことと言えば変身の手順くらいで、あとはすべて行き当たりばったりで乗り切ってきた。

「アンタらだって俺が素人だってことは知ってるだろ?」

「いやホラだって、スーツ着たじゃないですか」

「マジか。それだけで済むのかよ宇宙ルール」

 必要資材だけ渡して研修もなしに現場に放り込む。そんなフザケたブラック体質がヒーロー業界ではまかり通っているらしい。

(まずい……。この流れを受け入れたら、新ヒーローとして宇宙に連れて行かれる!)

 《パターン3・単独》が確定だ。絶対に避けなくてはならない。

「ええと……なんならおじさんをもう一度――」

 焦って次の言葉をぶつけるべく開いた口が、横からがっちり押さえられた。

 花仮面に顎を掴まれている。手が大きいせいでほとんどアイアンクローの形になり、指の隙間から苛立ちで歪んだ形相が見える。

「もし貴様が次代の赤仮面でないとほざくなら、ヒーロースーツを不正使用した罰を受けてもらわねばならんな……。我が自ら〝宇宙引き回しの刑〟にしてくれるわ」

「なんだそれ、『市中引き回し』みたいに言うな――ってぇーイタイ! イタイイタイ!」

 手に力が加わり、ギリギリと締め上げられる。頭蓋骨が折り畳まれる音が聞こえた。

「わ――わかったわかった! 俺は赤仮面! 赤仮面です!」

 途端に手を離されて床へ尻餅をつく。痛みよりも吐いた言葉のせいで脂汗が吹き出た。とんでもないことを言ってしまった。

 おじさんがわざとらしく肩をすくめて椅子から腰を上げる。

「君が今更立場を選べるとでも? 彼らに負けた君に拒否権なんてないんだよ。さあ、それでは君が望む通り、正式な研修期間に突入するとしよう」

「いやちょっと待って」

「偶然にも講師にうってつけの現役ヒーローがここにいる。生まれ変わってくるといい」

 なにもかも丸く収めるはずが、自ら崖下へ転落してしまった。モミジに影響が起こらなくてよかった――そんな風に喜ぶほどには、まだ達観していない。

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