第二十話
ベッドに横になり膝枕の感触に浸っていると、勝手に口元へクラッカーが運ばれてくる。牛乳に浸してフニャニャに柔らかくしてある辺りまだケガ人扱いらしい。
「ハイ、あーん。あっ、こぼした。……ぱくっ、んふふ」
このままダラダラと過ごすのも至福ではある。しかし段々と「介護」よりも「育児」に近い気がしてきた。そう思ってしまうともう続けられない。
「いや、そもそもこんなことしてる場合じゃなかった」
すぐさま跳ね起きモミジに顔を向ける。我に返れば一分一秒が惜しい状況だ。早く状況を把握しなくては。
「こっちに俺を運んで手当てをして、そのあとはどうしたんだ?」
モミジは俺の部屋にいた→朝露先輩と知らない男が重症の俺を担いで侵入してきた→揃って照山家へ移動、というところまでは既に聞いている。
ハッキリいって何もわからないので何を聞いても役に立つ状態だ。なのに、モミジはキョトンとしている。
もどかしくて意味も無く手で空気をかき回す
「いやだから、薔薇――朝露先輩が俺を手当てしたあとはどうしてたんだよ」
「ずぅっと、タカくんのそばにいたけど?」
話が進まずに焦るところへ、思わぬ返事を聞かされて無防備に戸惑う。
「えぇっ? それじゃ、俺が起きたときの状態で待ってたの?」
「うん。タカくんが起きるのを待ってたよ」
心配してくれたことは嬉しいが、「もっと他に気にすることがあるだろ」と逆に心配になる。
「そういえば朝露先輩たち……どうしたんだろ。結構時間経ってるし、もう帰っちゃったかな?」
他人が家に上がり込む状況はモミジの立場でなくとも不安なはずだが、珍しく落ち着いている。
モミジがひとりでに安心感を得る方法はひとつしかない。妄想だ。新しい設定ができあがっているからこそ平静でいられる、ということになる。
「まだちゃんとお礼言ってないんだよね。折角だからタカくんの同志にはきちんとご挨拶しておきたいし」
どういう設定が組み上げられたか、「同志」という単語から推測できた。
テロ活動の作戦行動中に負傷した俺を回収して撤退した同じ部隊の仲間――そんな風に思われているようだ。
(ちげーよ! 俺はそいつらに殺されかけたの!)
声は心の内に留め、薄目微笑で秘密を守る。恩人だと思っているのに敵だと知れば、モミジの世界はひっくり返ってしまう。
「まだいるならご飯食べてってもらいたいな。守ってもらってる地球人としては、ごちそうで感謝の気持ちを伝えなくっちゃだよね? こうしちゃいられない、材料も買いに行かないとだわ。ああ、忙しくなってきた!」
急に盛り上がったモミジが腰を上げる。部屋を出て行って「コンニチワ地球人です」と挨拶しかねない勢いだ。あのふたりがまだこの家にいるとしたらだが、どんな反応をされるかわかったものじゃない。
・パターン1 「はぁ、そうですか」
信じられるパターン。
彼らは一介の地球人には用がないのでそのまま放っておいてもらえる。モミジがイタイ子のような空気を出すデメリットはあるが、それは事実なので仕方ない。
・パターン2 「嘘をつけ宇宙人」
おじさんの娘だと発覚済み、または宇宙人にはわかる宇宙人の特徴があって見抜かれるパターン。
これを言われるだけならむしろ都合が良い。きっとモミジは「完璧に偽装できている」と手応えを感じて安心することだろう。相手は俺と同じ反宇宙人政府主義者ということになっているので。地球人の振りしてトボケた返事をしないことにも納得するはずだ。
だが、それ以上にアレコレ言われてしまうと危険だ。なにしろモミジの設定とは違って実際の宇宙人は地球人の振りなんてしない。そんな奇特な奴はおじさんだけだ。ましてモミジは奴らと同じ宇宙人なのだからなんでも喋ってしまいかねない。
そのときモミジは一体どうなってしまうのか。しかも相手は敵だ。なにをするか、そしてされるかもまったく予測がつかない。とにかく安全を確認するまでは奴らと会わせるわけにはいかない。
「ちょっと待った! 今出ていくのはマズ――あ、ええと……いやそのなんだ」
とにかく止めなければと前に回り込んだものの、どうやって言いくるめたらいいのか何も思いつかない。
「え……私があのひとたちと話しちゃいけない理由があるの……? ……まさか彼らは宇宙人政府? タカくんが同志なのはタカくんがスパイ活動をしているから? そうなのね! それなら会えない!」
困って口ごもっている間でひとりでに言いくるめられていく。さすがモミジだ。
「じゃあ私、地球人排除主義の宇宙人を部屋に案内しちゃったんだ! ヒィ、怖い~」
モミジはベッドで布団をかぶり丸くなって怯え始めた。折角安心していたのに、わざと勘違いさせて恐怖のどん底に突き落としてしまっている。罪悪感で胸がズキズキ痛む。
(仕方ないんだモミジ! これはそう……ええと、仕方ないんだ!)
今秘密を秘密のままにしておきたいは「モミジに嫌われたくない」という保身でしかないので自分を騙す言い訳さえ思いつかない。
「と、とにかく俺が先に様子を見てくるから、モミジはこの部屋にいてくれ。眠ってたらいいよ。どうせ寝てないんだろ?」
モミジは俺が一緒にいないと不安で眠れない。昨夜も俺の帰りを待っていて、そのあと運ばれて戻ってきたといっても安心にはならなかったはずだ。きっと一睡もしていない。
「眠るまで一緒にいてやるから、寝ときなよ。な?」
丸まった布団を伸ばしてかけ直してやると、モミジは仰向けに転がって枕に頭を乗せた。顔を傾け、不安そうに見つめてくる。
「でもタカくんは大丈夫? ムリしてない?」
弱音を吐いて泣きついたあとに白々しいとわかったうえで、それでも強く胸を叩いて見せる。
「任せとけ。お前が起きたときには全部丸く収めとくから」
また口ばかりの嘘をついてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます