第十九話

 目を覚ましてまず驚いたのは、自分が生きていることだ。

(いや……おかしいだろ。生きてるわけない)

 戦闘中に意識を失った。トドメを差されて死んでいるはずだ。

 なのに生きていて、おまけに治療までしてある。全身を包帯でグルグル巻きになっている。巻き過ぎて動きづらいくらいだ。

 次に今いる場所。

 目に映るのは見慣れた白い天井、そして水色の布の照明カバー。となればここはモミジの部屋、ということになる。山奥で殺されているはずが、実際のところはモミジの部屋のベッドで治療を受けて眠っていた。

(なんでだ……? まったくわからん)

 窓から明るい光が差し込んでいるので夜は明けたらしい。もっと状況を知ろうにも痛みで動けそうにない。

 なんとか首を横へ倒すと、鼻が擦れそうな距離にモミジの顔があった。

 これに驚きはない。当人の部屋なのだからいるのは当然――ということではなく、どんなに不自然な状況だろうと、モミジの存在は俺にとって自然だからだ。

 そしてモミジの顔を見た瞬間に〝状況の把握〟なんて一気にどうでもよくなった。

 泣いている。正確には泣くのを堪えている。目に涙をいっぱいに溜め、閉じた唇には力みがこもる。原因は多分俺だ。

(俺がモミジを守ってることになってるのに、そんなヤツが大ケガしてたら不安でしょうがないよな……)

 すぐに元気なところを見せなければと体を起こそうとした途端、上半身が裂けるような激痛に襲われた。背中が剥がれてシーツの上に置き去りになっていそうなくらいに痛む。

 それでも、耐える。呻き声も気弱な顔も今はダメだ。

「だ、大丈夫! 全然……平気だから」

 張れるだけの虚勢を張った。振り回す腕がもげ落ちそうだ。

 するとモミジの表情が緩み、涙がとうとうこぼれ落ちた。

「ひぐっ、私……タカくんが死んじゃ――死んじゃうと思ってぇぇ、びえぇぇぇ」

 すぐに声を出して泣き始めた。ホッとしたからだと思いたい。

「だってこんなに……ふぐぅ、大ケガして……ふぐぅ」

 頭にポンと手を置き、できるだけ気楽な声を意識して話しかける。

「いいよ、どんどん泣け。もうガマンしなくていいんだからな」

 どうしてここにいるのかは気になる。しかしモミジが落ち着くまで他のことに構うつもりはない。加えて言えば、想像で設定を足していくモミジが状況を正しく認識しているとは期待できない。

 なので落ち着くまで待つつもりでいたら、モミジは自分から「なにがあったか」を話し始めた。

「昨日の夜……タカくんの部屋で待ってたらいきなり――ひぐっ」

 そのときのことを思い出しているようで、キュっと握った手が震えている。

「朝露先輩と……知らない男のひとが来て、タカくんひどいケガしてて」

 頭を撫でる手を止めないよう意識しながら聞いた話をただただ呑み込む。気になっても確かめるのはあとだ。

「お母さんたちに見つかったら困ると思って、こっちに運んでもらったの。傷の手当てもしてもらったけど、タカくん全然起きないからぁ……怖かったよぅ」

 モミジは理解できないことが起こっても精一杯平静を装って最も騒ぎにならない行動を選ぶ。昔おじさんが地球人のフリをするために赤い血を流しているように見せかけたときがそうだ。気付かなかったことにして、その後も父娘として暮らし続けている。

 そして今は泣くのを堪えて俺が起きるのを待った。気になるはずなのに何も質問してこない。我慢させてばかりで、自分のふがいなさがつくづくイヤになる。

「ごめんな……ずっと寝てて。俺、朝弱いんだよ。知ってるだろ?」

「タカくんがなかなか朝苦手なのは夜遅くに出かけてるからだよ。だからこんなことに……うぅっ」

 余計に泣かせてしまった。慌てて頭を撫でる速度を倍に上げる。

「いやもう大丈夫だから! この通りピンピンしてるって――おっと」

 激しく動いた弾みで腕の包帯が緩んで垂れた。しかし露になった腕には傷が見当たらない。あれだけ散々にやられたというのに、痣のひとつさえもついていない。

「あんなに血が出てたのに……もう治っちゃってる」

 驚いたモミジが包帯を巻き取ると肩・胸も無傷だった。

「やっぱり宇宙人ってスゴイんだねえ」

 モミジは感心しているが、もちろんそうじゃない。俺は改造人間と言ってもたまに歯が疼く以外には地球人と変わらない……はずだ。

(『手当てしてくれた』って言ってたな……。そのせいか)

 包帯も挟めてあったガーゼもありふれた物のように見えて地球の救急用品とはワケが違うのだろう。

「ああ、宇宙人は……凄いよ」

 呟いて、気を失う前のことを思い出す。

 力強く素早いホンモノのヒーローの姿。本当に本当に凄まじかった。

(俺は……負けたんだな)

 改めて思い知る。宇宙ヒーローと戦って、負けた。

「……タカくん?」

 モミジが不思議そうに見つめてくる。その顔がすぐに滲んで見えなくなった。涙だ。不意に涙が溢れて視界が歪んでいる。頬も耳も熱い。

(ダメだ、俺が泣いたらモミジが不安になる。平気な顔しろ! 笑え!)

 必死に自分に言い聞かせる。それなのに、喉は嗚咽で震え始めた。言葉を胸の内に留めていられない。

「ゴメン、モミジ……。俺、負けたんだ。絶対勝たなくちゃいけなかったのに、守るって誓ったのに」

 奴らがここへ来た事情はなんであれ、モミジを守るため・モミジの生活を変えないために戦った。そういう勝負に、俺は負けた。

「口ばっかり偉そうにしといて肝心なときに役に立たなかった。俺はヒーローでもなんでもない。ただの負け犬だ!」

 こんなことはモミジに聞かせるべきじゃない。「自分を守っている奴が負けた」と知れば恐がるだけだ。敗北宣言をカバーできる設定なんてありっこない。

 だから黙るべきだ。第一、泣き言はカッコ悪い。

「モミジ、俺はお前のヒーローなんかじゃ――えっ」

 不意に柔らかい感触に包まれる。モミジに抱きしめられた。

「ありがとう。がんばってくれたんだね」

 優しい声が耳をくすぐる。それだけで穴だらけの心が満たされていく。

「タカくんは『偉そう』なんかじゃないよ。『偉い』んだよ。いつも守ってもらってるんだから、何が起きても私は『ありがとう』しか言うことないよ」

 俺なんかよりよっぽど状況が気になって仕方がないはずなのに、俺を労わろうとしている。これじゃあどっちが守られているかわからない。

(宇宙人は……スゲーなあ)

 気持ちはもう立ち直って空腹が気になる余裕まで出てきている。

 それでももうしばらく、この温もりに甘えていたかった。

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