第十八話
夕方にモミジと話したとき、思い切ってモミジに相談していた。
正解を知っているおじさんは逃げた。しかし正体不明のニセ赤仮面は気になる。そこで、
モミジの妄想は本人が安心するために作り上げられたものだが、けっして希望的観測だけを材料にしているわけじゃあない。きちんと現状から把握できること材料として推察し、積み上げていった結果だ。実際にそうやって正解を拾うこともある。
浮いている宇宙人を見ただけでも何か掴んでいるかもしれない。そう期待した。
「学校で見たあの……赤仮面。アイツ、浮いてたろ? アレってどういう力だと思う?」
珍しい質問にモミジはしばらく硬直した。宇宙関係の話題を俺から持ち出すことはまずないので、ひどく驚いているようだった。紅茶を注ぐ手が止まっている。
紅茶ポットを奪ってもうひとつのカップへ注ぐと、モミジはそれに手をつけて口へ含む。動揺が収まったらしい。意味ありげな含み笑いは少し怖い。
「そう……私は試されている、そういうことなんだね」
大いに違うが、妄想を聞くノー・リアクションの姿勢を既に示してじっと話に聞き入った。
それが役に立つかどうかは、正直半分も信じていなかったが。
『赤仮面は力の流れを操れるんだよ。理科の授業で〝ベクトル〟って習ったでしょ? 上向きに重力と等しい力を働かせれば浮いていられるよ。すごいパワーも運動能力もそれで説明できるし』
学校で花仮面が浮いているのを見た体験、スピード違反の車を受け止めたという町の噂、などの情報からモミジはそういう結論を出していた。
赤仮面スーツは極端に重いということもないので走る車にぶつかれば普通なら跳ね飛ばされる。強度がどれだけ高くても関係ない。なので『普通じゃないエネルギーが働いている』というのがこの考えの根本だ。
赤仮面スーツは攻撃に対し自動的に反発するエネルギーを生み出し、ダメージを相殺する。そう考えれば非常識な頑丈さの辻褄は合う。当然だ。モミジは辻褄が合う風にしか考えない。
(さあモミジ、俺が生き残れるかは、お前の成績にかかってるぞ)
霞む視界にまったく無傷のヒーローふたりが映る。
あれだけ強力なパワーで肉弾戦をしたのだから拳や足を傷めてもよさそうなものだが、まるでダメージはなさそうだ。同じヒーロースーツなら仕組みは同じだろう。ベクトル相殺機能は共通していると考えられる。
「バカな! いかな赤色彗星と言えど、基礎防御であの攻撃に耐えられるものか!」
花仮面の慌てぶりがわかりやすくてありがたい。
『基礎』があるなら『応用』も必ずある。そして今、その〝応用防御〟に成功したと見ていいはずだ。自動に任せるのではなく意図してベクトルを操作し、見えない力の盾を作ってダメージを大きく殺いだ。だからこそ手足に絡んでいたツタが千切れるほどの攻撃を受けたというのに、それまでの攻撃に比べたら痛みは小さく済んでいる。もし全自動なら花仮面はずっと浮いていなくてはおかしい。
・赤仮面は力の流れを自由に操作できる。
「まずは一問正解」
つい口から実感がこぼれると、花仮面が怒りをきっかけに動揺から立ち直る。
「小技を憶えた程度で調子に乗るな! 石ころに星の輝きは宿らぬものと、その身砕いてわからせてくれる!」
拳を突き出し飛びかかってくるその勢いが途中で目に見えて加速した。
さっきの飛び蹴りもそうだった。明らかに空中でなにかしらの力が加わっている。だとすると『応用』は防御のみに制限されるわけではないらしい。反発エネルギーとしてぶつけるだけでなく、そのベクトルに自分を重ねれば加速装置に変わる。
(だったら俺にも――)
自分の
・操作は簡単、想像するだけで実現する。
『コントローラーを持ってるようには見えなかったから、操作は難しくないはずだよ。頭で考えるだけでできるんじゃないかな? 脳波をキャッチするくらいは今の地球にもある技術だし、ヒーローは戦うんだからそうじゃないと間に合わないよね』
またしてもモミジが推測した通りだった。『そうあるように』と念じただけで今は体が横へ動き、さっきは激突の衝撃が和らいだ。
「カッコよくは決まらなかったけど、続けて2問正解だ。どうよ、お前らと同じことができるようになったぞ!」
空振りで地面を削った花仮面はかなり驚いたようで、こっちに顔を向け硬直している。マスクの下でどんな顔をしているか知りたいところだ。
「バ……バカめが! わずかに力場を操った程度で、我らと並んだつもりか? そんなもの拾って貼り付けた薄い虚飾に過ぎん」
かわされたくせに、変わらない悪役口調がイラつく。
「薄っぺらさを笑うなよ。お前だって全身タイツだろうが」
「業赤華のことはともかく、赤色彗星をそんな物と一緒にするな!」
唐突に憤怒の怒号に身が竦む。スーツのセンサーがなにかを捉えたのか、怒りが具現化されたかのように目で見える気がする。
「図に乗るならば、その粗末な土台ごと圧殺してくれる」
飛び上がったかと思うと上空でピタリと止まった。突き出した掌は「よく戦った」という労いには見えない。こいつは最初からずっと容赦がなかった。脅しではなく必ず言葉通りのことをやってくる。
「ナメるなよ! こっちだって同じことはできるんだ!」
指を開いた両掌を掲げ、ベクトル生成に全神経を注ぐ。「圧殺」に真っ向から力比べを挑む。
|≪繰り返しになるが、今の君では彼らに敵わないよ。ヒーローとしての質が違う≫
余計な通信にほんの少し遅れて、衝撃が上から降ってきた。
「うぁ……! なんだコレ」
抵抗は一瞬も持たず仰向けに押し切られ地面に貼り付けになった。周囲の地面まで巻き込まれて
|≪タカシくん。もういい、降参したまえ。君がすり身になってもスーツは無事だ。彼らはそれで構わない≫
この期に及んでおじさんの通信はどこまでも邪魔だ。聞くだけ気が滅入る。
「冗談じゃない、まだ最後の答え合わせが……残ってるんだ!」
モミジが見つけた三つ目の回答。ヒーローの特殊なパワーのエネルギー源はなにか?
『そんなの、ヒーローは心の力で戦うに決まってるよ!』
満面の笑みで、実に爽やかな答えだった。仮に正義の味方なんてものが実在するならそうあってほしいと俺も思う。それにモミジは知らないが、その妄想を裏付ける体験がある。
昨日おじさんのロボットと戦ったとき、信じられないパワーが出た瞬間は決まってモミジのことを考えていた。『モミジのために戦うときが一番力を出せる』と言い換えれば真実味は増す。答え合わせなんて不要に感じるほどだ。
ただし、これを本当の正解にするには何が相手だろうと負けるわけにはいかない。
「それで負けたら『俺の気持ちが負けた』ってことになる。そんなこと許せるわけない。うあぁぁ! モミジぃっ!」
息さえ重い圧の中、あらん限りの気力を振り絞る。拳で地面を叩いて体を起こし、膝を上げ、立ち上がる。一時は潰されそうに感じていた重圧が今は苦に感じない。これはもう結論を出してよさそうだ。
・ヒーローの力の源は心。
「これで三つ、全・疑問正解だ! どうだまいったかこの――あれっ」
達成感を誇示したくてガッツポーズを取ろうとしたら、腕が上がらない。
体の重みが増して膝を付く。突然抵抗できなくなった。
(あれ……変だな……。ふんばっても動か、ない)
更に強い圧が加えられたのなら周りの地面も深く沈むはずだが、そうした様子はない。かといってこっちのエネルギー不足は考えられない。モミジへの想いは無限大・無尽蔵だ。
ではなぜか。それを考えたとき、足に絡んでいるツタが気になった。
|≪それが彼らに勝てない理由のひとつ、茨の薔薇仮面の特有武芸だ。伸縮する鞭を使ってヒーロースーツの活性を奪う――アンチ・ヒーローとでも呼ぶべきスキルだね。君の力は奪われている≫
それがどうしたと言うのか。
「モミジのことを考えればいくらでも力が湧くのに、俺が負けるはずないんだよ!」
「アドバイスを聞くべきだったわね、素人さん。貴方にアタシたちは倒せない。でも恥じる必要はないのよ。アタシたちはヒーロー。貴方以上に負けは許されない存在なのだから」
バカを言っている。思わず笑いが出た。
「『ヒーローじゃないから負けていい』なんて理屈が、宇宙じゃまかり通ってるのかよ。この星じゃ聞いたことないな。ヒーローじゃない奴にも戦う理由はあるんだってこと、見せてやる」
抵抗を一切やめ、重圧をそのまま受け入れると想像した以上で体が軋んだ。喉が潰れて悲鳴すら出ない。
「勝負あったわね」
頭上の相棒に呼びかけようとしたトゲ仮面を、精一杯の気迫で睨む。「やめさせるな。諦めたわけじゃない。俺はまだお前たちの敵だ」そういう念を込めた。
重圧に逆らうために使っていた力を集中して、手足のツタを引き剥がす。たった一本ちぎり取ったところへ腕・腰・首に次々とツタがまとわりついて急速に力が抜けた。それこそ心を吸い上げられているようだ。
それでも諦めはしない。才能や努力を問われているわけではなく、心の綱引きでは絶対に負けるわけにいかない。
首のツタを掴んで引っ張ると喉が締まって意識が朦朧とした。それでもやめない。諦めと死なら死を選ぶ。
急に重圧が消えたかと思うと花仮面が目の前に降り立った。今なにかされたら、ツタでがんじがらめになっているのですぐには対応できない。
ところが降ってきたのは追撃ではなく質問だった。
「貴様……なぜそうまでして戦おうとする? 掲げる正義の正体はなんだ」
それは正義の味方に出すべき質問で、なぜこっちに向くのかわからない。
「守りたいやつがいるだけだよ」
「そんな事情は悪党にもある。問うているのは正義の答えだ」
お門違いに気付かないうえゴチャゴチャうるさい。
「俺の動機は全部たったひとりのためなんだよ。それ以上の理由はないし、それ以外の意味もない。……ああでも、最初は逆だったんだよな……」
忘れ難い、昔の記憶を振り返る。
『タカくんのこと、ナイショにする! 絶対モミジが守るからね!』
俺のことを宇宙人だと思い込んだ直後、そう宣言された。立場が逆と知るまでの短い誓約ではあったが。それでも「幼馴染の宇宙人を匿う」という決意をしたのはモミジが先だった。
俺はと言うと、モミジの血を見て「キレーだなー」と
「俺はアイツを騙してるし、なんの約束もしてやれない。でもアイツは〝赤仮面〟がなんとかしてくれると思ってる……。その期待まで妄想にするわけにはいかないんだよ。だから俺はアイツの――希望の星にならなくちゃいけないんだ!」
背筋も使ってようやく、ツタが避けて喉が緩んだ。体を反らした勢いで尻餅をつく。
「良い、答えだ」
花仮面がなにか言った気がした。どうせ悪口だ。いちいち反応してはいられない。
(止まれば狙われる! 動け!)
もう足に力が入らない。体重を支えることもできなくなっていた。意思を無視して膝が曲がる。
よろめいてとっさに横へ広げた手が何かに触れて支えにする。冷たく固い、鉄の感触。
なにかと思って目をやれば金属の柱だった。高く伸び組み、組み合わさって電線を支える鉄塔。
「あ――これって……?」
町のどこからでも見えるのでよく知っている。町外れの山中に建つ鉄塔だ。ただし町外れと言っても、本当に町の外れ――町外だ。
つまりここは隣町に位置することになる。
おじさんからヒーロースーツを渡された、そのとき聞いた言葉を思い出す。
・一つ、赤仮面の担当区域は町内のみである。この区域外で赤仮面スーツを着用した場合、たちどころに爆発する。
この赤仮面爆死の原則に照らし合わせるなら俺は既に爆死しているはずだ。
|≪あー……えぇーっとだね≫
おじさんの無感情な声が今は心なしか気まずそうに聞こえる。
わけがわからず鉄塔に見入っていると、横から茨の薔薇仮面が飛びかかってきた。
「退けぬ理由があるならば、せめて華々しく散るがいい! 死ねぇ!」
「うるさい」
掌をかざし下向きにベクトルを発生させる。今までにない手応えがあって、花仮面は地面に貼り付けになった。丁度さっきのお返しになった格好だ。
「ぐぅっ、貴様いつの間にこれほどの力を!」
「そんなの知らないよ。俺はホント、なんにも知らない。でもそうだな……。うん、スッキリした気分だ」
さっきまで追い詰められ憔悴していたことが嘘のように、心が晴れ晴れとして不安も恐怖もない。
|≪あー……そうだな、町の平和維持と違って今回の相手は本物の宇宙ヒーローだから、広域での戦闘を想定して『事前に自爆機能をオフにしておいた』、というのはどうだろうか≫
おじさんが後付け設定を繰り出して言いくるめようとしてくる。残念ながら娘ほど上手じゃない。
「まあ、元々そんな気はしてたんだよ。なるべく考えないようにしてたけど」
『赤仮面爆死の五則』は嘘だった。俺はおじさんの要求を無視しても・正体がバレても・赤仮面スーツを奪われても・私用で変身しても・変身して町の外へ出ても、爆死はしない。
|≪……どうして、バレたのかな≫
「だって俺が死んだらモミジが悲しむでしょ。おじさん、アンタはそういうことはしないヒトだよ。爺ちゃんの作った物置小屋くらい歪んではいるけど、アンタの『娘への愛情』は本物だと信じてる。だから理不尽でもギリギリのところで赦せるんだ」
『こんなに酷い奴がいる』という悪い意味で宇宙の広さを感じさせる自己中心性が『事情を知られて娘に嫌われたくない』という一心で炸裂した結果、これほどややこしい事態に陥った。もしモミジへの愛情が薄ければ今ここで窮地に陥っているのは俺じゃなくモミジになっていたことだろう。そうならなくてよかった。
大切なひとが共通しているという点で、おじさんは同志だ。
「積もる話は置いておいて、まずは……コイツらをぶっ飛ばさないと」
戦う相手を見やれば、足元に伏せていた華の薔薇仮面がズルズルと地面を這って移動していた。足に茨のツタが巻き付いて、離れた所にいる茨仮面による救出だ。
「ハイハーイ、勝手に動かないでねー。フォローするのも大変なんだから」
「おのれ……次はこうはいかんぞ!」
渾身の念を込めてベクトルをぶつけたつもりだったのにアッサリと立ち上がる。ダメージどころか影響は土汚れだけで、それさえ茨仮面にハンカチで拭われて消えてしまった。
「あのね、油断があるから思い切りカウンターをもらうのよ。気をつけなさい」
「油断ではない。力量差からして当然の余裕だ」
「相手は赤仮面、しかもさっきまでより力が増している。それなのに緩んでいていいものかどうか、もう一度考えて今この瞬間に態度を改めることね」
小言を聞かされ華の薔薇仮面がしゅんとなるのがわかる。
(なんかコイツら、妙に仲が良いな)
などと暢気なことを考えている場合じゃなかった。ふたりのヒーローは見るからに特別な準備に移っている。
「ならば我々の最強の攻撃で以って、決着としよう。今は脆弱な小虫でも、放っておけばヒーローに比肩する厄介な存在となるやもしれん」
「ええ、そうしましょう。華に虫は恐いものね」
ふたりが前後に重なり、両腕を前へ突き出して構えた。華が茨を包む形だ。相互に組み合わさった掌が並んだかと思うと、茨が伸びて腕全体を包み突撃槍のように鋭く尖った。
「これが我らの〝大華輪〟! 『棘のひと刺し』と侮るな!」
回る槍が唸り、風が渦を巻いた。体が引き付けられて前につんのめる。どうやらベクトルが引力として作用しているらしい。吸い寄せられた木の枝が一瞬で粉みじんになるのを見てゾッとする。
|≪かわせず、防げず――それが彼らの奥義決め技だ。タカシくん、君には何も無い。今こそ降伏すべきときだ≫
そんな段階はとっくに過ぎている。多分「まだ生きているから降伏できる」という意味で言っているのだろう。これを過ぎれば次は無いと。
しかしここはけっして退けない。
「いいからあとは任せて、もう黙っててくださいよ。……先代」
おじさんが宇宙規模でも貴重らしいヒーロースーツを持っていた理由は「元々の持ち主だった」と考えれば納得できる。「凄腕の大泥棒」より妥当な推論だ。
返事は沈黙。だがそれだけで充分だ。どのみち満足いくまでおじさんの反応を窺ってはいられない。薔薇の一撃が来る。
幻覚かと疑いたくなるほど肥大化した棘の槍は轟音を上げ、周囲に閃光を放った。花びらが舞っているかのような輝きに見惚れている余裕はない。
胸の前で拳を打ち合わせると、間に突進してきた槍先が滑り込んだ。全力でベクトルを発生させて逆回転で抑え込む。
衝撃に全身を叩かれて何が起きているかもわからない。それでもただひとつの想いは手じっと放せない。
(モミジ――!)
ここで俺が死んだら孤独になる。じっと黙って救済を夢見てきた幼馴染みを、そんな目に遭わせるわけにはいかない。
「絶対……モミジは俺が……」
気が付けば槍は消えて視界は広がり、すぐそこにふたりのヒーローがいる。
「こいつらブッ飛ばして……やるからな」
最早感覚が失せた足はうまく動かなかった。膝が地面を打つ。
しかし倒れ込んだのは地面の固い感触ではなく、なにやら柔らかい感触だった。
「お疲れさま、ヒーロー」
薄れゆく意識の中で、最後に見たのは朝露先輩の素顔だったように思う。
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