第十六話
現実は無情で、決意したからといって急に強くなったりはしない。
殴られ蹴られで地面を転がるのはこれで何度目か、もう数えてはいられないほど繰り返した。視界はグラグラ、足元はフラフラ、まっすぐ立つこともできない。
「フフフ……。だが俺には心の支えがある。モミジの応援がある限り、無限の力で何度でも立ち上がれるのだ」
「ほざけ! 果てない宇宙で貴様のような半端者に届く声があるものか」
花仮面は冷たく言い放つが、それこそ俺には響かない。
「なに言ってんだ。ホラ、そこで応援してくれてるだろ?」
散々痛めつけられ、目に映る何もかもがボヤけていたってちゃんと見える。聞こえる声援も幻聴なんかじゃない。今もこうして俺を呼ぶ声が。
「赤仮面がんばれ! 負けないでー!」
俺へ向かって懸命にエールを送るモミジの姿。どうしてこんな所にいるのかという疑問よりは嬉しさのほうが勝つ。
(うん? モミジにしては、なんかやけに縁っぽいような……)
不思議に思ってマスク越しに目をこすると視界がハッキリした。改めて確認する。
「ゲっ……なんてこった。俺がモミジを見間違うとは」
モミジではなかった。ミドリだ。茨の薔薇仮面が――さっき俺を踏みつけにした女が飛び跳ねて声援を送ってくる。
「勝てるよ赤仮面、そんなヒーローなんかやっつけちゃえ!」
スーツはそのままに中身だけ入れ替わった、そう受け止めたほうが納得できる別人ぶりだ。そういえばずっと襲いかかってきていたのは花のほうだけだった気もする。その間なにをしていたのかと言えば、観戦していたらしい。
「え、なに。どういうコト?」
事態を把握できずに混乱していると、花仮面がツカツカと相棒に詰め寄り肩を揺さぶった。
「目を覚ませ! アレは赤仮面ではない。ヒーローのニセモノ、即ち我々の敵だ!」
正気に戻そうと呼びかけているからには、やはり中身もそのままトゲ仮面であるらしい。つまり純粋に血迷っている。
「なによ、自分だってポッと出のくせに。あ、赤仮面様! コイツ変形するから気を付けて!」
「ポッと出などと言うな! 情報を渡すな! 貴様も同じ〝薔薇仮面〟だろうが! いつか必ず大ヒーローに並ぶ存在になると、そう誓い合った日を忘れたか?」
あまりにも懸命な呼びかけで聞いていて気まずい。
しかしそれも不発で、茨の薔薇仮面は正気に戻らなかった。
「赤仮面様が敵なワケがないでしょう? さっきの口上を見れば誰にだって〝ホンモノ〟だってわかる。アンタだって小さい頃からずっと大ファンなくせに!」
「言うな! それに我が心酔するのは先代、第百二十二代赤仮面だ! このような不出来者では断じてない!」
揉め始めたコンビの言い争いを聞きながら、学校で朝露先輩が「赤仮面の大ファン」と自称していたことを思い出した。
「あれは本当のことだったのか。それじゃ『赤仮面』っていうのは撮影のための設定だけじゃなくて、実在する宇宙ヒーローだったんだな。しかも百二十二代って、めちゃくちゃ歴史あるじゃないか」
その数だけおじさんの犠牲者がいる、ということだろうか。悲しい歴史だ。
「そうなんス! つまりあなたは百二十三代目!」
感心して漏らした呟きにトゲ仮面が食いついた。
「うお、こっち来た。なんだよ、またキャラが変わってんじゃねーか!」
「変身すれば誰だってちょっとノリが変わるもんなんス! ヒーローあるあるっスよ!」
それはちょっとわかる。というより、普段と同じ調子ではとてもできない。
「それにしても変わりすぎだろ」
「だって赤仮面スよ! 赤仮面が目の前にいるんスよ? コーフンせずにいらいでか! どっちかって言うとさっきまでが作ってたっス。赤仮面様と戦うって言うんで! 普通のテンションじゃいられないんで!」
これはダメだ。とても話を聞ける精神状態にあるとは思えない。それも増々ヒートアップしていく。
「特に百二十二代――先代は凄かったんス。なんてったって瞬間最大正義力ランカー! 星喰いの大船団を一瞬で壊滅させたアレはもう伝説っス!」
「待て待て! いっぺんに色々言われても頭に入らないから、一旦落ち着け!」
ぐいぐい迫って来るので合わせて後ろに下がっていたら、背中が木の幹に当たって退路を失った。それでもトゲ仮面の興奮は収まらない。
「配信されてる動画を観たときは『イマイチかなー』って思ったのはホントっスけど」
「その話を蒸し返すのはやめてくれ」
「でも直接見るとやっぱり臨場感が違うっスね! さっきの口上でわかったっス! お待たせしたっス! あなたは本物の赤仮面様っス!」
「いやもう、なんなんだよお前」
熱がこもるごとにどんどんと距離が埋まって顔と顔がぶつかる――となるところが、こっちの身長と向こうの出っ張りの都合で顔面が乳に埋もれてしまった。間にスーツなんて挟んでいないかのような柔らかさ、に浸る余裕はない。
「あの! もし差し支えなかったら握手してもらっていいっスか?」
「もう既に握手以上の接触をしてるっつーの。それに差し支えって言うか、お前に支えられてる状態なんだが」
樹との間に挟まれ、乳に首をがっちりホールドされる形で足が地面から離れている。こうしてみるとモミジよりデカい。スーツのせいだろうか、変身前はこれほどではなかった気がする。
「そんなそんな! アタシらなんてまだ駆け出しで、赤仮面様を支えるだなんてとんでもないっスよ!」
俺が宙ぶらりんで死に体になっている一方、トゲ仮面は未だ「赤仮面の大ファン」を続けている。
(どう考えてもお前のほうがスゲーんだろうに)
花仮面にはてんで手も足も出なかった。その相棒なのだから同等の実力を持っているはずだ。
(本物のヒーローか。勝てるワケねーなあ……)
(でもおじさんが逮捕されたら、いつかモミジに説明する真実が余計にややこしくなるんだよ。どうにかしねーと……。ん?)
乳で吊られたまま首を振ると、
「必ず『赤仮面に並ぶヒーローになろう』って、約束……したではないか……ひぐっ」
覆面で表情は見えなくても、丸まった背中だけで心境が悲しいほど伝わってくる。
(このふたりのテンションの差……これは使える)
思いつくまま、早速トゲ仮面に話しかけることにした。既にコイツはこっちの味方だ。口先で分断できるかもしれない。
「なあ、宇宙ヒーロー赤仮面から君にお願いがあるんだ」
「ホントですか? 光栄です! 赤仮面様の命令ならなんだってやるっス!」
「頼みを聞いてくれたら握手してやるし、サインとか一緒の画像だって撮ってやる」
「マジっスか、もう殉職してもいい!」
ホイホイと誘いに乗ってきた。
(ムリ筋な作戦かと思ったが、これならイケるか? よし、俺ももっとノっていこう!)
手応えを感じながら腕を上げ、差した指で花仮面を捉える。
「ならば頼む。アイツをやっつけてくれ!」
1対2の構図を逆転させる。つまり同士討ち狙いだ。ヒーローが掲げる作戦としては最低と呼ぶ他ないが、なにしろ実力では敵わないので他にどうしようもない。
「赤仮面からのお願いだ! 共に戦おう、若き宇宙ヒーロ――うおっと!」
急に首の圧迫が緩んで解放されたかと思うと、顔面目掛けて靴底が飛んできた。当たれば刺さる尖ったピンヒール。
「あ、やっぱダメですか」
とっさに身をかわし仰け反った視界で背にしていた樹が無残に砕け散る。蹴り足の当たった部分から上がバラバラだ。どんな力を加えたらこうなるかの不思議はともかく、殺すつもりで蹴ってきた。ゾッとする。
「コエーな! こっちは穴が空いて筒抜けになったら困る秘密が色々あるんだよ」
視線を上げるとトゲ仮面は腕を下へ交差させて身構えていた。
「アイツを倒すですって? それは聞けないお願いだわね。そんな命令、誰もアタシにやらせることはできない」
口調と雰囲気が元に戻っている。いや、引き結んだ唇に宿るのは前以上の迫真の戦意だ。
「たとえそれが赤仮面であろうと、絶対にね」
勢いよく腕が水平に振られると、その手の甲についた突起が瞬時に伸びた。長大ではあるが遠目にはムチに似て、視界の左右へと広がる。
とっさに後ろへ跳んだもののムチの動きが速い。自在に動いて手足に絡みそれぞれ木々と結んで空中に磔になる。
「そうかそういう仕組みか! 一本だけじゃないんだな」
スピードと正確性だけでなく力もかなりのもので体が千切れそうだ。そのうえ更に脅威が迫る。花仮面の突進だ。
「我らの絆を
勢いの乗った突きが刺さって体が折れ、中心から吹き飛んだように錯覚する。まだ体が繋がっていることが信じられず、かろうじて吐き気があることで胃の存在を信じられる。口から爪先が出そうだ。
(ああ……でも捕まってたおかげで助かったな。今ので吹っ飛ばれてたら確実に町の外に出て爆死だった)
これからサンドバックにされることまで考えたら幸いとも言い切れないが。
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