第十二話

 間違いなくモミジを助けてくれた。出血から正体がバレる危機を回避できた。感謝するしかない。それ以外の気持ちなんて湧くはずがない。

 そういう相手を、憎悪を込め射殺すつもりで睨む。

 突然現れた正体不明に自分が2年近くつとめたヒーローの名声を奪われた。

 だが、それがどうした。

 そんなことに頓着するほどヒーロー活動に情熱はない。もし代わってもらえたら、これからは睡眠不足で成長ホルモンを逃さずに済むと重ねて感謝したいくらいだ。

 だが今ここで湧き上がる怒りはあらゆる感謝を凌駕する。

 モミジを腕に抱き、爛々と輝く瞳で見つめられている。どうしてそれが許せるか。

(それは俺の役だろ? ポッと出が登場ついでに救った気になってんじゃねえぞ!)

 こうなるともう憎悪でしかなかった。いたいけな一般人の行動としては相応しくないが、増々敵意を持って偽ヒーローを睨む。

「モミジに触るな! さっさと俺に返せ」

 意識して高圧的に言うと、偽ヒーローはモミジをこっちへ放り投げた。

「うおっ、大丈夫か? どこにもケガはないか?」

 とっさに受け止め、青ざめたモミジが気後れ気味に頷くのを確認する。

「てめえ! こっちは擦り傷ひとつで一大事なんだよ! それを――うわっ! もういねえ……。クソがどこ行きやがった!」

 偽ヒーローの姿が消えていた。宙に立つくらいなら飛ぶくらい余裕だろう。どこへでも移動できる。

(あの野郎! 名前くらい言っていけよ。『ヒーローは登場で名乗るのが鉄則』っておじさんは言ってたぞ。だから俺は今までバカみたいなことやってきたってのに)

 まだ空を見渡せばどこかにいるんじゃないかと思って首を巡らせたが、残念ながら期待は外れた。

「タカくん、すごく恐い顔してる。……やっぱり赤仮面はタカくんの敵なんだね」

 モミジが勘違いを確信に変えている。いつもなら聞き流す新設定にも今回ばかりはイラっときた。

(噂話しか聞いてないんだから違いなんてわからないのはしょうがないけど、それでもお前にだけはわかってほしかった)

 我ながら愚劣極まりない。逆恨みの憤りで体がねじ切れそうだ。

「えっと……タカくん……? さっき落ちたけど平気とかって、心配しちゃ……ダメかな」

 モミジはひたすら不安げに俺を見つめた。

 いつもなら折角上等な素材が出たのだからモミジは存分に妄想を膨らまし、俺は含み笑いなり澄まし顔を気取ってそれを見守っているところだ。今ばかりは互いにその余裕がない。

 さっきの偽ヒーローの姿が目に焼きついて、腹の底が焼ける。

(アイツ……助けたモミジじゃなくて、俺のコトずっと見てたな。何者なんだ?)

 自分で考えても解けない疑問。誰に問えばいいかはとっくに知っている。

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