第十一話

 渡り廊下は2階。さほど高くはなく下は校舎の狭間にある中庭のような部分で、土がむき出しになっているおかげで大きなケガになる心配はほとんどない。

 ということを体験で確かめた。

 あのときモミジを追いかけて飛び降り、そのあとのことは憶えていない。とにかく夢中だった。

「モミジ――どこだ? どこにいる!」

 一緒になって落ちたのに周りにいない。

(ケガしてたらすぐ隠さないといけないんだ。すぐ見つけてやるぞ!)

 錯乱が極まっていく。どこにも行くはずがないのに、どこにもいない。

「タカくん、タカくん!」

 声だけが聞こえた。助けを呼ぶ切羽詰まったときの声だ。これでひとまず安心できる――とはならなかった。声が聞こえるのは、上からだ。モミジは上にいる。

(落ちたけど、壁にしがみ付いて2階に戻ったとか……。いやいや、掴まるような所なんてない。まさか飛――? いやいや、考えたくない。それはそれはエラいことになる)

 もしそうなら頭の上には衝撃の光景が待っている。これだけ注目が集まっている状態でそんなことになったら、もうごまかしようがない。焼け野原か全校一斉脳改造だ。胃がぎゅっと縮む。

(翼かジェットか無重力か……どれかによっても周りの反応は変わってくるよな。一番ひどそうなジェットを想定しとこう)

 モミジの背中にまたがって逃げる覚悟を先に済ませてから、薄目でそうっと空を見上げる。そして、度肝を抜かれた。


 三択の解答は、無重力が正解だ。ただしモミジは浮いていない。そこには安心できる。しかしそれする以上に混乱する。なにしろモミジは空中で、抱えられていた。

(……コイツはなんだなんて、知っている。ああ、わかるとも)

 平然と宙に構えこちらを見下ろす赤い姿。彼が何者かを問うまでもない。ヒーローだ。

 長いマフラーをたなびかせ、頭部を中心に突起が波打つ他は目に馴染なじむ赤の全身タイツ。モミジを両腕に寝かせたその姿はまさしくヒーロー。呆然と見上げる俺を泥と見下みくだす堂々とした貫禄がある。

(そうかコレ、おじさんの〝テコ入れ〟か)

 赤仮面に似たスーツといい、空中に静止する謎の技術は椅子で見た。そもそも宇宙関係でなければこんなことは不可能だ。だとすれば事情を知る身内、ということになる。おじさんの娘であるモミジを助けたのはその証明かもしれない。

(モミジがいる手前気軽に話しかけるわけにもいかないよな……。この新キャラがどういう配役かわからないし)

 とりあえず歯が疼いて変身を強制されないからには、ここでの対決をおじさんは望んでいないようだ。

 なら俺としては、今の立場で然るべき対応をする。ヒーローに救われた、いたいけな一中学生として笑顔と言葉で謝意を表す。

「ありが――」

「たすけてくれてありがとう!」

 俺の呼びかけを遮って、愕然から覚めたモミジは興奮した様子で新キャラを見つめた。猛烈に嫌な予感がする。

 そして続いたモミジの言葉で思考は完全に固まる。

「ありがとう赤仮面!」

 おじさんがどういう展開を予定してこの新キャラを用意したかは知らないが、俺にとってコイツは敵だ。偽ヒーローだ。

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