第九話

「お父さんが話してた〝赤仮面〟って、反体制派の宇宙人だよね?」

 朝食を終えて家を出るなり早速、モミジは妄想を繰り出してきた。実にハツラツとしている。非常にヤバい。新鮮なネタは久々なので食いつきが違う。

「だってみんなが地球人のマネして生活してる中でそのルールを無視してるんだから、絶対に反体制主義者だよ!」

 確かに赤仮面(俺)は宇宙人の支配(おじさん)に反逆するつもりでいる。「パパは宇宙人」と一緒でまた妄想の中に正解が出た。

「つまりタカくんの仲間! 知ってるひと?」

 加熱するテンションがこっちを向いた。

「町長さんに見つかるくらい目立つ行動をしてるってことは、もう計画は最終局面まで来てるんだよ。地球解放の日は近い!」

 モミジが設定を構築するこのスピードで話を合わせるなんて無理な話だ。ストレスでミステリーサークル型の円形脱毛になる。

 なのでいつもなら意味ありげに沈黙してなるがままに任せるところだが、今回ばかりはどうだろう。

(俺だ! って名乗り出れば爆死するから、それはナシで……。知り合いって言ったらどうなる? 期待を持たせたら追及が厳しくなりそうなんだけどな)

 こうした悩みで一番辛いところは、モミジを安心させることではなく保身が目的になることだ。期待を持たせてあとあと辛くなるのを避けるため、なんて言い訳に過ぎない。

(自分の命がかかっていることはわかったうえで、それでもモミジを一番に優先する気持ちは嘘じゃない。嘘じゃないはずなのに。ちくしょう!)

 思い悩んでいたら、沈痛の沈黙をモミジに誤った形で拾われた。

「タカくん、怒ってる……? 私、困らせること聞いちゃったんだね。ゴメン、気にしないでいいよ」

 心の内が顔に出てしまっていたらしい。モミジはしょんぼりした。こんな風に傷つけたいんじゃないと尚更自分を責める。

 しかし、その間にもモミジの設定は貪欲に成長を続けていた。

「そんなにイヤそうにするなんて……タカくんは赤仮面と敵対してるんだね」

「え、あの……モミジさん?」

「そっか、抵抗組織はひとつとは限らないんだ。考えてなかったなあ……。宇宙人の事情って複雑なんだね」

 まるで聞こえていない。真剣な面持ちで細かく頷きを混ぜながら呟きは続く。

「けど反体制主義者が人助けなんてするかな。だって助けてるのは体制に恭順する敵対思想の宇宙人になるワケでしょ? あれ……でも待って、敵対するつもりはなくて、ルールを破ること自体が目的だとしたら――? うん、そうだよ。赤仮面は政府転覆が狙いじゃないんだ」

 今後も妄想に合わせた反応をする為に設定が追加されたらしっかり聞いておかなくてはならない。だがこうもワケのわからないことをポンポンとぶつけられては全然マトモに頭に入ってこなかった。正解を知っている分余計に辛い。

「だってお父さんが聞いた話だと赤仮面は『宇宙ヒーロー』って名乗ってるんだよ。それにしては……大したことしてないのに」

 不意にダメ出しをされて奥歯を噛む。

(昨日からテコ入れが入りましたので……。ご期待ください)

 口に出して反論できるわけもなく、ずっと黙っている横でモミジは熱を上げていく。

「そもそもこの町内で起きる問題なんて、彼らが本来持ってる超テクノロジーにかかれば簡単に解決できることばっかりなんだよ。なのに地球人のマネをして暮らしてるせいで難しかったりできなくなってるの。そう、そうよね! 不満に感じないひとがいないほうが不自然なんだもん!」

 考え込むモミジがとうとう足を止めた。手を引いて前へ進んでもいいが、ここから先は道が合流するので同じように通学する他の生徒に話を聞かれかねない。

「つまり赤仮面は他のみんなと元の宇宙人ライフに戻りたくて『地球人のマネをする』というルールを破ってるんだよ。そう、これは文明回帰! 親が田舎暮らしを望んで都会を離れたあとで子供に反抗期が来た――みたいな感じ!」

「わあ、これはまたグっとわかりやすくなった」

 モミジにとって宇宙人はスローライフに憧れる都会っ子らしい。生憎おじさんは仕事の都合と言っていたが。

「ハッ――! 待って、地球文化への愛着が薄いなら、地球人の保護には積極的じゃない可能性がある? 同胞を堕落させた憎い相手だもの、嫌うのが普通。もしそうなら――」

 テンションはまだまだ下がりそうにない。口を塞ごうにも目一杯手を伸ばさなくては届かないのでムリヤリ黙らせるのは厳しい。

(そもそも邪魔したら変な風に勘繰られてしまう。どうすればいいんだ……? どうすればいいかわからないことばっかりだな、俺の人生)

 いつも通り密かに困っていると、急にモミジが話を止めた。

 見ればモミジの顔が引き攣ってびっしり冷や汗が噴き出している。視線は俺の頭の上を通り抜けた後ろだ。

 振り返ると、女生徒がひとり立っていた。

 強いクセで拡がる黒髪と褐色の肌、更には鼻筋と目元がくっきりしていて全体に南国の雰囲気がある。身長こそモミジのほうが高いもののずっと大人びている。美人、という年齢には不似合いな褒め言葉も似合う。モミジと同じ制服を着ているが見覚えはない。上級生だろうか。

 接近にまったく気がつかなかった。いつもこの先にある分岐に差し掛かるまで誰も通りかからないので気が緩んでいたようだ。

「悪いけど聞こえてしまったわ。あなたたちの話」

 薬指で唇をなぞり、腰を揺らしてしなを作りながら近づいてくる。薄い笑みに滲み出る色香は中学生とは思えない。

「タカくんどうしよう……。地球人狩りに遭っちゃうよぅ」

 モミジが俺の後ろへ回って震える。その深刻さはモミジだけのもので、俺にはない。

(そんなに怯えなくても、会話じゃ正体はバレないんだけどな……)

 モミジの妄想を聞かれたところで「コイツ何言ってんの?」以外の感想は聞けない。せいぜい「電波」「イタイ奴」のレッテルを張られる程度だ。

 なので緊迫には付き合わず、返事は気楽に用意する。

「ああそう。それで、なにか用か?」

 学校の人付き合いにわずらわされている余裕はない。モミジが陰口を叩かれるのも不愉快だ。そのために突き放したくてつっけんどんな物言いを選んだというのに、その女は手を打ち合わせて嬉しそうに目を輝かせた。

「やっぱり評判よね、ヒーローの噂! 昼夜を問わず人々を助けるため飛び回って人々を助けるヒーロー、赤仮面様よ!」

 いきなりテンションが上がって詰め寄ってくる。

 これには面食らった。整った鼻から荒い息が降り注いで、いつの間にか手を握られる。なぜ俺の方に来るのか。

「あ、ごめんなさい……。つい興奮してしまったわ」

 反応できないでいるうちに今度は勝手に落ち込み始めた。頬に手を当て憂鬱そうにふうと吹く。動きがいちいち芝居くさい。

「赤仮面様について話したいのに相手をしてくれるひとがいないのよ。『ホンモノのヒーローなワケない』『馬鹿馬鹿しいごっこ遊び』なんてつれないことを言われちゃうわ。でも、アタシは疑わないわ! 彼は本物のヒーロー、宇宙ヒーロー赤仮面様なのよ!」

 眼を輝かせ、うっとりとした顔で宙を見つめている。苦笑しか出てこない。

「赤仮面ねえ……。ああ……うん。ソーデスカ」

 電波だ。イタイ奴だ。思い込みで自分を洗脳しているモミジよりもむしろ深刻、純粋培養の現実離れした思想の持ち主だ。

「あなたたちの話が聞こえて『同じ赤仮面様のファン』だと思ったら嬉しくなって、つい話しかけてしまったの。迷惑だったわね」

「いや悪いけど、俺たちもその『つれないひと』と同意見だよ。噂をマトモに信じてるわけじゃないし、ヒーローとも思ってない」

 確かに赤仮面は時に人間離れしたことをすることもあるが、現時点で語られる町の噂では変質者の域を出ないのは事実だ。

 それが自然な反応だと思う。どこか遠くで起きている不思議なことはぼんやり理解できても、身近で同じことがとなると認められない。自分ではなく他人を異質な宇宙人にしたモミジの思想がそんなようなものだ。

 女はあからさまにガッカリして背中を向けた。

「そう、とても残念。それじゃ、他を当たることにするわ。聞いてくれてありがとう。楽しかったわ」

 悪いことをした気になって声をかけたくなる寂しい後ろ姿をしている。よほど話相手を求めているらしい。

(変な奴がいるもんだなあ。悪いけど妄想なら間に合ってるんだよ。これ以上負担を増やさないでくれ)

 立ち去る背中を見送っていたそのとき、思っても見ないことが起こった。

「私――信じます! 赤仮面はヒーローだって、信じます!」

 モミジが俺の前へ出て、それも知らない奴に話しかける。そんな積極的な姿勢はずっとなかったことだったが、よりにもよってこのタイミングになるとは。

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