第八話

 改造人間の目覚めは実に健やかである。どんなに夜間の出動が重なり睡眠時間を削られても翌朝の目覚めは爽快だ。自分でも不気味なくらいあまりにも好調なので命を削っているように思えて気分は冴えない。だが体はすごく元気だ。

 自爆と呼び出し機能以外では具体的にどういう〝改造〟をしたのか、もちろんおじさんは教えてくれなかった。

 一番気になるのは2年前に赤仮面を始める際受けた再改造、あれ以来身長がまったく伸びていないことだ。その頃から既に同級生に比べてかなり低かったというのに、俺にだけ成長期というものが訪れる気配がない。きっと改造のせいに違いない。

(立場が逆転したらまず身長を2メートルにしてもらおう。うん、そうしよう)

 おじさんへの恨み節は一旦忘れ、制服に着替えて朝食目当てに居間へ向かう。


 我が家、八十八家は総勢5名――母方の祖父母・両親・俺という構成の2世帯家族だ。大家族というほどではなくても朝の食卓はそれなりに賑やかなものになる。

「味噌汁と卵と……そうだ、頂き物のヨーグルトが冷蔵庫の奥にあったような。モミジちゃん、出してもらえる?」

「あ、ハーイ」

 朝食の支度をする母を手伝い、モミジが台所でテキパキ動き回っている。俺より先に起きて庭から自分の部屋へ戻り、着替えて改めてうちへ来る。いつもの流れだ。

(制服にエプロンって、なんでこんなに合うんだろうな)

 毎朝見ていてもまったく飽きない。毎朝元気なのはこれがあるからじゃないだろうか。

 見とれていたら母に牛乳瓶で小突かれた。

「ニヤケてないでさっさとお食べ。ホラ、いつもの涙ぐましい努力を飲むんだよ、第二次成長未遂」

「クソっ、見てろよ? そのうち成長痛でショック死してやるからな!」

「長い棺桶は金かかりそうだからやめとくれ。それよりホラ、おじいちゃんたち、もうだいぶ食べてるよ」

 我が家の朝食は祖父母→俺とモミジ→両親という順に用意され次第食べ始める習慣がある。食べるペースの違いからそれで同時に食べ終わるという寸法だ。そのほうが楽だと片付けをする母が言うのでそうなっている。

「ホラ、モミジちゃんも手伝いはもういいから食べな。いつもありがとうね」

 母に背中を押されたモミジも食卓に着く。

「それじゃ、いただきます……。あ、おじいちゃんお醤油取ってくれる?」

「フン、せち辛い減塩で良ければの」

「文句言っちゃダメだよ、お母さんは家族の健康を考えて選んでるんだから」

 八十八家も(モミジにとっては)全員宇宙人だが、実のところあまり警戒心をほとんど持たれていない。秘密は秘密なので信用というわけではなく「つい気が緩んでしまう」と言ったほうが近い。それほどこの家に馴染んでいる。

 なにしろ今でこそ生活の基盤を照山家に移しているモミジだが、2年前堂々と一緒に寝ていた頃までは八十八家で俺とキョウダイ同然に育てられていた。分け隔てなく、というか俺よりも愛されている節があるので少し切ない。

 ただし朝食だけはこうして一緒に食べる。それは母が支度を手伝ってもらいたい都合ということになっているが、本心としては毎日様子を見たいのだと思う。俺が代わりに手伝おうとすると蹴り出されるので少し寂しい。

 今更説明するまでもなく、モミジは食事もするし睡眠も取る。だというのにおじさんはそういう人間らしい部分を見せたことがない。きっと宇宙人らしく銀色の錠剤で栄養を摂り、緑の液体が詰まったカプセルで休むのだろう。

 家族について考えるとき、どうしても気になるのはモミジの実の母親のことだ。

 聞けば大人が困ることを察して小さい頃から〝禁句〟と意識していたから話題に上る機会はまったくなかった。モミジが赤ん坊の頃からここにいることを考慮すると、産みの親はすぐに死んでしまったと推測するのが自然だろう。それは多分宇宙人にも辛い出来事のはずなので、おじさんに問い質したこともしなかった。

 たが今となってはその禁を破ってしまいたい。新たに浮上したもう一つの可能性が気になって仕方がないからだ。

 宇宙人の誕生、産まれ方は〝地球人と同じとは限らない〟ということに思い当たった。

(モミジは保健体育の授業で『自分には合わない』って思ったみたいだし、絶対に『母親』がいるとも言い切れないんだよな……アメーバやボルボックスみたいに分裂するとか)

 おじさんの一部が分かれてモミジになる様子を想像してゾっとする。

「じゃあ俺はおじさんをっ? そんなぁ」

「……タカくん、なに難しい顔してるの? はーい、もーぐもーぐ」

 じっと考え込んでいたらいつの間にか口の中に卵焼きが詰め込まれていた。モミジ好みの甘い味付けだ。

「うん、ウマイ! モミジの料理は最高だな!」

 誉めると嬉しそうに笑う。

「えへへー、細かく砕いた煮干しを入れてあるんだよ。骨の成長に欠かせないカルシウム」

「その気持ちに応えて明日には7メートルになるからな。三階からの高低差でまた会おう」

「やだ、怖い」

 この食卓はモミジにとって境遇を忘れ和むことのできる数少ない憩いの時間だ。この時ばかりは俺も宇宙人だの改造人間だのといった煩わしいことから開放されて心を落ち着かせることができる。

 だと言うのに、父の一言で心がかき乱された。

「ところで、誰か『赤仮面』って知らないか?」

 ここで聞くとは思いもしない単語が唐突に飛び出した。動揺して手が滑り、茶碗が祖父の顔面にすっ飛んでいく。

「ぐあっ! なにしやがる! 孫だと思って付け上がりおって、目に入れるぞ!」

「なんだよその脅し! いくら俺でも目に入るほど小さくねえよ!」

 祖父が怒り、そんな祖父を見て祖母がゲラゲラ笑う。祖母は祖父が、なんというべきか「ツボ」らしい。我が身内ながらちょっとおかしい。

「まあまあわざとじゃないんだから落ち着いておじいちゃん。それよりお父さんの話を聞こうよ!」

 間にモミジが入ってくれたことで祖父の怒りは収まり、なんとか目には入れられずに済んだ。モミジとしても話が気になるようだ。目が輝いている。

(これは……マズいかもしれん……)

 胸騒ぎのオーケストラが聞こえるかのようだ。だが遮るわけにもいかず、成すすべなく父の話が再開する。

「最近、町民のみなさんからよく聞くんだよ。赤い格好の不審者が出没するって」

 父は町役場に務めている公務員だ。仕事の性質上町での出来事に詳しい。

(一応人助けしてるのに、不審者呼ばわりは切ないな)

 なんとかもう少し傷つかない評判にしてはもらえないだろうか。

「真っ赤な全身タイツと覆面で……ヒーローごっこ? してるらしいんだ」

 紛れもない不審者だ。渇いた笑いしか出でない。

「なんだ、変態か? 消防団に言ってパトロールさせるか」

 祖父が息巻くのを見て内心慌てた。町内限定の地元密着型のヒーローとしては地元民に追い回されるようなことは避けたい。ただでさえおじさんが危険な「テコ入れ」を始めたところなので巻き込みかねない。

「それがさ、どうも普通じゃないんだ。車を持ち上げるくらい力が強くて、スピード違反の車を受け止めるくらい頑丈で、一瞬で遠くに飛び去ったりするくらい速いとか――とにかく常識離れしてるんだ。噂の通りならね」

 父自身信じられていなさそうな口調だ。魔法的科学オーバーサイエンスが相手では無理もない。

「酔っ払いの与太話じゃろ」

「いや、実は町長も会ってるんだ。『土砂崩れから助けてもらった』って」

 土砂崩れ、と言えば大雨の夜に山沿いの道で埋もれかかっていた車を掘り起こしたことがある。

(あれ、父さんの上司だったのか。弱ったな、助けなきゃよかった――っていうわけにはいかないんだよな。見捨てたら爆死なんだから)

 赤仮面の活動が人助けであり、助けた相手が目撃者として残る以上いつか噂が広まることはわかっていた。毎回わざわざ名乗っているのだから活動する度に自分の首が締まっていく宿命にある。

(どうすりゃいいんだ? まさかおじさん……俺が最終的に爆死することは『しょうがない』とか思ってるんじゃないだろうな)

 ひとりひっそりと冷汗をかく。

 気まずくなって隣を見ると、モミジが俯いて妙に真剣な顔をしていた。

「人間離れした運動能力……全身タイツみたいにつるんとした体形……間違いない……。〝グレイ〟じゃなくて〝レッド〟なんだ」

 ヤバい。なんというか、ヤバい。

「心配するなモミジちゃん! そんな変態はじーちゃんが捕まえて素顔を白日の下に晒してやっから!」

 じいさんがカッコつけて、俺に対しての死刑宣告をする。俺の味方をしてくれる誰かが広いらしい宇宙のどこかにいないものだろうか。

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